フランス映画『幻滅』オノレ・ド・バルザック原作

昨年のフランス映画祭にて主演のバンジャマン・ヴォワザンと共に上陸し日本で初お披露目されたオノレ・ド・バルザック原作『幻滅』

200年も前の物語とは思えないほど現代と酷似したメディアの状況を鋭利に描き、「セザール賞受賞納得の見ごたえ」「豪華なキャスト!」「2時間半あっという間で面白かった」と絶賛の声が溢れました。

恐怖政治の後の物語

本作品の舞台は19世紀前半のフランス。フランス革命後の恐怖政治が終わり、貴族が復活した時代です。

詩人として成功を夢見る青年が、パリで活躍し成功していく物語ですが、ウソやインチキと新聞という当時最先端のマスメディアを使い、欲望を満たしていきます。これを映画の宣伝では、フェイクニュースとステルスマーケティングを言い表しています。

ストーリーはよくある展開で結末は読めます。しかし、テンポ良い展開と美しい映像でさすがセザール賞最多受賞と言うだけある作品です。俳優陣もフランス映画祭でも人気のある人が多く出演しています。主演はバンジャマン・ボワザン、女優で恋人役はサロメ・ドゥワルス、先輩ジャーナリスト役はバンサン・ラコスト、同世代の作家役はグザビエ・ドラン、出版社の元締め訳はジェラール・ドパルデュー、貴族の人妻役はセシル・ドゥ・フランス、パリ社交界のドンの伯爵夫人役は、ジャンヌ・バリバールと名優揃いです。

原作を読んだ人への見所

映画と原作では、多少の差異や描かれていない部分は有ります。特に大きな違いは、原作は3部作に分かれています。そのうち本作品は第2部までを描いて終了しています。この映画が行った映像化で特に面白いと思ったのは、この時代の貴族文化と平民の身分差別です。また、それに憧れる人たちの顛末は、今まで聞いてきたフランスの歴史をまざまざと見えてくれる感じです。

19世紀初頭の立身出世術

主人公のリュシアンは、田舎で印刷所で働きながら詩人として注目される存在です。当時識字率は高くない時代、文学で日の目を浴びるには貴族社会で認められるのが最適と考えています。その地の有力貴族の婦人の懇意となりパリに進出することになります。

リシュアンは母方の貴族の苗字と名乗り、貴族っぽく振る舞います。しかし、母方の苗字を名乗ることは認められていません。このあたりのやりとりが印象派の作曲家のドビュッシーが貴族っぽくde Bussyとサインしたことで、当時の仲間から反感を買ったというエピソードもあります。このようなことが沢山あったのだなと思いました。

女優の地位はまだ低く、下級身分の人の仕事で、金持ちのパトロンを見つけ愛人関係になることで、チャンスをつかむことが横行していたそうです。そして、格式の高いサロンに出入りすることを拒否されたり、出席しても差別するような態度は、さすがフランスのいやらしさをうまく描いています。

この演劇の商業的成功が新聞記事の評で大きく変わることに目をつけて、金で評価を操作する元締めなども暗躍します。現作家のバルザック自身が自分の作品をパリの貴族が集う文芸サロンや新聞各紙に根回しして大ヒットさせたりしています。

この時代、王党派と自由派の激しい勢力争いが至るところで起きていました。ジャーナリズムはその主戦場で主人公のリュシアンもこの荒波と罠にはめられ、どん底に落ちていくのです。

Gaumont -Depuis que le cinéma existe

ところで、この作品はフランスのGaumontの作品です。1985年に設立された世界最古の映画制作会社で、作品の初頭に表示されるロゴにも、Depuis que le cinéma existe(映画が存在して以来)と表記されています。

 

オノレ・ド・バルザック原作『幻滅』

このパリでは、悪質な人間ほど 高い席に座る

嘘と詐欺にまみれた
パリの都とマスメディアの世界を鋭く描く!

9世紀フランスを代表する文豪、オノレ・ド・バルザックが書き上げた『幻滅——メディア戦記』を、『偉大なるマルグリット』(2015)のグザヴィエ・ジャノリ監督が映画化。念願のセザール賞において史上最多ノミネートされ、作品賞他、最優秀助演男優賞(ヴァンサン・ラコスト)、有望新人男優賞(バンジャマン・ヴォワザン)を含む最多7冠を受賞しフランス映画界を席巻した『幻滅』の公開初日が2023年4月14日に決定!豪華キャストが集結し、200年も前の物語とは思えないほど現代と酷似したメディアの状況を鋭利に描く、社会派人間ドラマ。

オノレ・ド・バルザックが冷徹に描いたのは、社会を俯瞰し、そのなかで翻弄されるさまざまな人間像。44歳で書き上げた「人間喜劇」の一編、『幻滅——メディア戦記』を映画化した本作。主演のリュシアンを演じたのは、フランソワ・オゾンの『Summer of 85』で日本でも大きな注目を浴びたバンジャマン・ヴォワザン。オゾン作品とは打って変わり、初のコスチューム劇で、純粋な青年が野心と欲望に惑わされ堕落していく過程を見事に演じきった。また、リュシアンの先輩格として彼を教育していく、ジャーナリストを演じるのは、『アマンダと僕』のヴァンサン・ラコスト。私欲にまみれた人々のなかで唯一、誠実にリュシアンを見守る作家のナタン役は、監督としても世界的な人気を誇るグザヴィエ・ドラン。他、セシルド・フランス、新星サロメ・ドゥヴェル、彼らを固める脇役にフランスの国民的スター、ジェラール・ドパルデュー、ジャンヌ・バリバー。そして、本作が遺作となったジャン=フランソワ・ステヴナンらフランス国内外の実力派俳優を集めた魅力的なキャストが勢揃いした。

 

フォトギャラリー

バンジャマン・ボワザン
主演:バンジャマン・ボワザン
バンジャマン・ボワザン
バンジャマン・ボワザン
フランス映画『幻滅』
貴族の人妻役はセシル・ドゥ・フランス
貴族の人妻役はセシル・ドゥ・フランス
フランス映画『幻滅』
セシル・ドゥ・フランス
バンジャマン・ボワザン
セシル・ドゥ・フランス

 

女優で恋人役はサロメ・ドゥワルス
女優で恋人役 サロメ・ドゥワルス
先輩ジャーナリスト役はバンサン・ラコスト
先輩ジャーナリスト バンサン・ラコスト
バンサン・ラコスト
バンサン・ラコスト
新聞社
新聞社

グザヴィエ・ジャノリ監督コメント

ストーリーの舞台となる19世紀についてグザヴィエ・ジャノリ監督が語る!

「幻滅」は文学を愛し、詩人として成功を夢見る田舎の純朴な青年リュシアン(バンジャマン・ヴォワザン)が、あこがれのパリで暮らす中で、当初の目的を忘れ欲と虚飾と快楽にまみれた世界に身を投じていくというストーリー。時代は1820年。フランスで宮廷貴族が復活し、自由と享楽的な空気をまとい始めた時代だ。

本作の監督グザヴィエ・ジャノリは、19世紀という時代について、「リュシアンが“生きて“いくためには、過酷なルールを受け入れなければいけなかった」と語る。

アングレーム(フランス中西部の都市)の城壁の下にはフランスの「下層」があり、丘の上には貴族たちの「上層」がありました。リュシアンはこの地方都市の出身です。その地形は社会的格差を表しており、野心的なリュシアンはこの格差を埋めようとするのです。

ところがパリでは、どこにいるかではなく、どこの出身であるかが重要視されます。パリの裕福な貴族もまた殻に閉じこもっていて、自分たちの特権に執着しています。その中に自分の居場所を見つけるには、価値観を捨ててでも利益への執着が課す新しい「ルール」を受け入れなくてはなりません。スペクタクルと化した社会では、自分の意思に反するとしても喜劇を演じる以外に選択肢がないのです。

打算的な人々が集まり、生き馬の目を抜くようなパリの都とマスメディアの世界。今で言うフェイクニュースやステルスマーケティングがこの時代から横行していたことがつまびらかに描かれる。ジャノリ監督は、そんな現代的とも言える要素を強調しながら、風刺に富んだ、極上のエンターテインメントを織り成した。

幻想に胸をふくらませてアングレームからやって来たリュシアンは、ひどいまやかしを覚え、美しい望みを浪費していきます。失われた純真さ、「自分の浪費」、自分の中の美しく貴かったものを「浪費」するというテーマは、特に私の心に響きました。環境によって自分の理想や最も美しい「価値観」を否定せざるをえなくなる、そんな時代の陰湿な手口により、アングレームからパリにやって来た理想家肌の若き詩人は、文学作品を著したかったはずが広告ライターに落ちぶれていくのです。」と語る。「バルザックは才能ある若者たちがこうした罠にはまり、自分を見失い、自らを浪費していくのを見ていたのです。

最後に「バルザックは、この「新しい世界」が息をのむほど魅力的だったことにも目を向けています。残酷さと哀愁、この2つの音を喧騒が渦巻く中に響かせたいと思いました。」と締めくくる。監督が「幻滅」に出会ったのはソルボンヌ大学で文学を学んでいた20代の頃だったという。あらゆる流派の批評家から研究対象にされていたバルザックの「幻滅」をいつの日か映画化したいと思い描いた当時の夢が昇華した本作。

予告編

 

 

時代背景(フランス中世〜近代の歴史のおさらい)

19世紀のフランスを簡単におさらいしましょう
ヨーロッパの中世は、学問や技術が発達しましたが、気温が低く飢饉も多かったため全体的に不安定な時代でした。

フランス革命(1789-99)

  • アフリカやアメリカの植民地への支援で財政難が顕著になります
  • 国民の九割を占める第三身分は苦しい生活を強いられているのに対し、一部の貴族や聖職者には特権が与えられ裕福ことに対する不満が高まります
  • アメリカ独立革命を目のあたりにして、フランスに革命の気運が高まります
  • バスティーユ牢獄を襲撃を機にフランス革命が起きます
  • 国民議会が開催されます。憲法を作り国王の権限を制限した国家を目指す立憲君主派が主導しました
  • ルイ16世が国外に逃亡を企てたことで、処刑されます
  • これをきっかけに立憲君主派から穏健共和派が台頭し、国王なしの国家を目指す立法議会が作られました
  • 憲法が制定されると立法議会に変わり国民公会が制定されました
  • 急進共和派が対応し、ロベス=ピエールによる恐怖政治が行われました
  • 恐怖政治に反発が起き独裁を防ぐために、複数のリーダーによる総裁政府が誕生しました
  • 多くのリーダーがいるために、意思決定が遅くなり、ますます混乱していきます

ナポレオン登場(1799-1815)

  • 人々の不満を背景に、フランスの軍人であるナポレオンが総裁政府を倒して、総領政府を作ります
  • ナポレオンはフランスの秩序を回復した功績で皇帝に即位し、第一帝政を始めました
  • 皇帝になったナポレオンは、フランスの自由平等という価値観を広めるためにヨーロッパの王国を征服し始めます
  • 周囲の王国は連携してナポレオンを倒します(ライプツィヒの戦いでプロイセン、ロシアに敗れエルバ島へ流刑されました)
  • プロイセン、オーストリア、スペインはフランス革命の前の絶対王政に戻す動きが起きます(ウイーン体制)

ブルボン復古王政(1814-30)

  • ルイ18世即位(ブルボン朝復活)
  • シャルル10世が即位し、反動政治が強化します
  • 自由平等を手にした市民は絶対王政へ復活させようとするウイーン体制に反発します
  • ナショナリズムという他民族の支配から独立を目指す運動が高まります(オスマントルコからギリシアが独立してロンドン会議で国際的に承認)
  • 言論・出版の統制を強化
  • アルジェリアに出兵(不満をかわすため)

七月王政(1830-48)

  • シャルル10世が国外逃亡し、ルイ=フィリップが即位
  • 七月革命の影響がヨーロッパに伝わり、ベルギーがオランダから独立
  • ヨーロッパ各地では自由主義運動が起きます(ドイツ学生同盟、炭焼党、スペイン立憲革命、デカプリストの乱が起きますがすべて鎮圧されます)
  • 産業革命が進展し、産業資本家や労働者が台頭
  • 大銀行家・ブルジョワジーの利益中心の政治を行い、金持ちのみ選挙がいける(全人口の1%)

二月革命(1848)

  • パリの労働者、資本家、学生が暴動(マルクスが影響)
  • ルイ=フィリップが亡命
  • ウイーン三月革命でメッテルニヒが失脚、ベルリン三月革命で国王に憲法制定を約束させるなど、ヨーロッパ各地に飛火する
  • ヨーロッパ各地で、民族統一や独立運動が盛んになります

第二共和政(1848-52)

  • ルイ=フィリップが亡命したことで臨時政府が発足
  • 社会史義者のルイ=ブランが労働者や失業者の救済を行う
  • 四月普通選挙(男性普通選挙)で、社会主義勢力が敗北(農民、資本家などが反発)
  • 国立作業所(失業者対策)が閉鎖
  • 六月蜂起、社会主義者・労働者が蜂起するが、陸軍により鎮圧される
  • 各勢力でまとまらず何も決まらない状態
  • ルイ=ナポレオンが大統領に当選
  • 1851年にクーデターで議会を解散し、独裁体制

第二帝政(1852-70)

  • 国民投票によって皇帝に就任、ナポレオン3世となる
  • ボナパルティズムで全国民の利害対立を調整
  • 各地の戦争に参加・支援
  • メキシコ出兵で失敗、普仏戦争でスダンの戦いで敗れ捕虜になる

第三共和政(1870−1940)

  • ナポレオン3世がとらわれたことにより、臨時政府が発足
  • 行政長官ティエールが選出され、ドイツとの休戦協定を丸呑み
  • パリの労働者による自治政府パリ=コミューンが成立(徹底的に弾圧される)
  • 初代大統領ティエールがが選出される
  • 少数政党が乱立
  • 反ドイツ感情が芽生える(ドイツとの講和条約で多額の賠償金とアルザス・ロレーヌ地方を失う)

この作品は、ちょうどブルボン王政復古あたりの時代で、政治的に共和制と王政を行ったり来たりしている最中の物語です。

フランス人でしたらほとんどの人がよく知っている時代です。時代背景を知っているとより楽しめるでしょう。

Antenne France
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