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高校を閉じてまで黙らせようとした国に、生徒たちは何を問うたのか
教育

高校を閉じてまで黙らせようとした国に、生徒たちは何を問うたのか

水が止まるトイレ、鍵のかからない個室、トイレットペーパーもない。グアドループのバンブリッジ高校に通う最終学年の生徒ノエマ・ガヌは、冷房のない教室と、炎天下で1時間半も並ばされる食堂の列について、そう証言した。彼女が通う高校は、パレットで出入り口を塞がれ、「私たちの未来は交渉の対象ではない」というスローガンを掲げた生徒たちの拠点になっている。この一言に、今フランス中の高校で起きていることの核心が詰まっている気がする。これは単なる「学校がうるさい」という話ではなく、生徒たちが自分たちの学ぶ環境を、自分たちの手で変えようとしている話だ。

10月6日火曜日、フランスにある約3,700校の高校のうち891校で、授業が全面的または一部停止された。教育省自身がそう認めている。内務省の集計ではパリを除く地域で約8万6,000人がデモに参加し、労働総同盟(CGT)はその3倍にあたる26万人という数字を出した。ナント、マルセイユ、リヨン、リールといった大都市で行進が起き、高校生団体と学生団体は、今後も高校の封鎖を続けると公言している。彼らが運動の「第3幕」と呼ぶこの局面は、単発のデモではなく、連続する交渉の一部として設計されている。

そして興味深いのは、国側の対応だ。複数の高校が、封鎖される前に行政側の判断で閉鎖され、授業はオンラインに切り替えられた。これは大学の学生運動では見慣れた手法だが、高校生の運動に対して使われたのは今回が初めてだという。高校教師のソフィーは「新型コロナウイルスの流行時を除けば、オンライン授業に切り替えたことがあったとは思いません」と驚きを語り、この閉鎖が集会の禁止と一体になっていると指摘した。閉鎖された学校の周辺には大規模な警察の警備態勢が敷かれていたという。つまり国家は、生徒たちを「守る」ためとも、「抑え込む」ためとも取れる措置を、同時に行使したことになる。この二重性こそが、この運動の政治的な緊張を物語っている。

背景を広げてみると、この動きはフランス本土だけの現象ではない。レユニオンでは県全体で約1,500人がデモに参加し、南部サンピエールでは平穏な集会が開かれた一方、サンポールとサンルイでは短時間の衝突が起き、未成年21人を含む22人が拘束された。県都サンドニではすでに緊張が高まっており、投石やごみ箱への放火で治安要員7人が負傷、18人が逮捕されたという。島東部サンブノワでは、高校の校舎入口が火炎瓶で焼かれた。マルティニークとグアドループを合わせたアンティル諸島では約20校が影響を受け、マルティニークの2校はインターネットを使った遠隔授業への切り替えを余儀なくされた。

ここで見過ごされがちなのは、各地域で要求の中身が微妙に異なっているということだ。レユニオンの生徒たちが求めているのは「教師を増やすこと」「予算や人的資源の拡充」「授業時間のより良い編成」であり、これは教員不足という構造的な問題への訴えだ。一方アンティル諸島では、学校施設の老朽化に加えて、大学進学選抜制度「Parcoursup」のアルゴリズムが、フランス本土への進学を希望する志願者に不利に働いているという不満が核心にある。つまり生徒たちは、単に「環境を改善してほしい」と訴えているのではなく、予算配分や選抜制度という、国全体の資源分配の仕組みそのものに疑問を投げかけているのだ。グアドループの教育区長ガブリエレ・フィオニが、教師の代替要員の手配について「改善しなければならない」と認めた一方、地域圏議会議長アリ・シャリュスは校舎改修に「数百万ユーロ」を投資していると説明した。生徒の訴えが、行政側に具体的な数字での応答を引き出している点は見逃せない。

この運動を支えているのが生徒たちだけではない、という点もフランスらしい光景だ。マルセイユでは10月6日、5,000人がデモ行進し、その中には白い腕章を着けた保護者たちが加わっていた。生徒保護者会連盟(FCPE)は会員に動員への参加を呼びかけ、ブーシュ=デュ=ローヌ県の会長クリストフ・メルリノは「子どもたちのことを考えると私たちも安心します」と語った。娘のリュシルとともに行進したセシル・ルヌーは、「難しいことですが、彼女がここにいることも大切です。付き添って、全体を見守ることで、うまくいくようになります」と話している。別の保護者ナヌーク・マルティは、ここ数日の暴力的な場面に衝撃を受けたとしつつ、「高校生たちの要求に納得しているからこそ、デモに参加している」と明言した。労働組合の警備担当者も行進の先頭に立ち、ある高校生は「支えられていると感じるのは、やはり励みになる」と安堵を口にしている。生徒の政治的主張に、保護者と労組が「安全確保」という形で合流する。この連携の厚みが、フランスの学校運動を単なる若者の反抗ではなく、社会全体が受け止める交渉の場に押し上げているように見える。

政府側の反応からも、この運動が軽視できない規模であることがうかがえる。Renaissance所属の議員アグネス・パンニエ=ルナシェは、高校生デモに対する警察の暴力への懸念を受けて「高校生を安全に確保することが不可欠」だと述べ、「このような暴力に高校生をさらすべきではない」と語った。元大臣でもある彼女は「誰も法の上にはいられない」と認めつつ、警察の暴力は調査の対象になるとした。そのうえで彼女は、教員不足や学校間の格差、AIと気候変動への対応という課題を挙げ、2027年からの「教育国家計画法」と公正な予算配分を訴えている。つまり政府は、デモを単なる治安問題として片付けるのではなく、教育財政の長期計画という政策課題として引き取らざるを得ない状況に置かれている。これは生徒たちの街頭行動が、閣僚レベルの政策言語にまで翻訳された瞬間だと言えるだろう。

こうした光景を、日本の読者はどう受け止めるだろうか。日本では、生徒の意見表明は校内の生徒会や保護者面談といった制度化された場に置かれやすく、学校を封鎖するという行為そのものが、正統な政治参加として広く受け止められる土壌は薄いように思われる。これはどちらが正しいという話ではなく、「学校」という空間を何のための場所だと考えるかの違いなのかもしれない。フランスでは学校が知識を伝達するだけでなく、異議申し立てと民主主義を実践する公共空間として扱われる場面が多い、と言われることがある。アメリカでは生徒運動が権利の言説と結びつきやすい一方、学区ごとに権限が分かれているため、要求を届ける先が分散しがちだとされる。今回のフランスの運動が興味深いのは、生徒・保護者・労組・国会議員という異なる立場の人々が、それぞれ異なる理由から同じ街頭に集まり、同じ論点――教員の数、予算の配分、選抜制度の公正さ――をめぐって対話せざるを得なくなっている点だ。

この運動がどこへ向かうかは、まだ見えない。2027年からの教育国家計画法が、生徒たちの訴えをどこまで具体的な予算配分に落とし込めるかが一つの分水嶺になるだろう。だが、より本質的な問いは別のところにある。教育を受ける立場にある若者が、その制度の設計そのものに手を突っ込もうとするとき、私たちはそれをどこまで正当な政治参加として受け入れられるのか。学校を閉じて黙らせるのか、それとも学校を開いて交渉の場にするのか。あなたの身の回りにある「学校」は、どちらの顔をしているだろうか。

出典

  • RFI France:«Il est essentiel de sécuriser les lycéens», pour Agnès Pannier-Runacher, députée Renaissance (2026/10/7)
  • franceinfo (titres):Des Antilles à La Réunion, les lycéens également mobilisés pour de meilleures conditions de scolarité - Outre-mer La 1ère (2026/10/7)
  • franceinfo (titres):"Je n'ai jamais vu ça" : les doutes des professeurs face aux cours en distanciel mis en place en raison de la mobilisation des lycéens (2026/10/7)
  • franceinfo (titres):Les cours suspendus totalement ou partiellement dans près de 900 établissements mardi, dans le cadre du mouvement des lycéens (2026/10/6)
  • franceinfo (titres):VIDEO. "Ça permet que ça se passe bien" : à Marseille, des parents accompagnent les lycéens pour sécuriser la mobilisation (2026/10/6)

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