
「フラット3」を食卓へ――トルシエ氏、ワインでつなぐ日仏の新たな関係
サッカー日本代表を率いたフィリップ・トルシエ氏が、今度はワインを通じて日本とフランスをつなぐ。静岡県内で「しずてつストア」を展開する株式会社静鉄ストアは11月2日、同氏のフランスワインアンバサダー就任を発表した。自身がフランス・ボルドーで手がける赤ワイン「FLAT3」を入口に、造り手の思いや料理と楽しむ文化を、静岡から全国へ届ける。
記者発表会には、トルシエ氏とともに、かつて日本代表で通訳を務めたフローラン・ダバディ氏、元日本代表の森岡隆三氏が登壇した。日本サッカーで同じ時間を過ごした顔ぶれが、ワインを囲む新たなプロジェクトで再び集まった。
トルシエ氏が会見で繰り返し語ったのは、フランスの文化を伝える役割だった。職人の家で育った自身の背景に触れ、ワイン造りに注ぐ思いと、日本とフランスの架け橋となる喜びを説明。アンバサダーへの就任は光栄であると同時に、大きな責任でもあるとした。
伝えたいのは、ボトルの中のおいしさに加え、その背後にある土地、造り手、受け継がれてきた仕事である。
「FLAT3」の名は、日本代表監督時代の守備戦術「フラット3」に由来する。トルシエ氏は、このワインにも当時と同じ精神を込めたと語った。会見では、日本のサポーターに何を還元できるかを考えてきたと明かし、このワインを彼らに捧げたいという思いも示した。
配布資料で紹介された「FLAT3 by KANTOKU 2023」は、ボルドー地方サンテミリオン産の赤ワイン。原産地呼称はサンテミリオン・グラン・クリュで、メルロ90%にカベルネ・フラン10%を合わせる。資料では、チェリーやラズベリーを思わせる果実香、きめ細かなタンニン、しなやかな口当たりが特徴とされている。
質疑応答では、ワインの個性を説明する言葉にもサッカーが登場した。トルシエ氏は、メルロが丸みや厚みを、カベルネ・フランが輪郭を与えると説明。その姿を、躍動感やフレッシュさを備えたサイドバックやウイングバックになぞらえた。品種の役割や味わいを選手の特徴に置き換える語り口に、監督としての経験が重なる。
一方、今回の取り組みには、地方のスーパーマーケットがワインをどう届けるかという課題もある。
静鉄ストアの森下登志美社長は、会見でワイン市場の伸び悩みに触れ、普段ワインを飲まない人にも親しみを持ってもらう必要性を説明した。サッカーで広く知られるトルシエ氏の存在を、ワインに出会うきっかけにしたい考えだ。
同社は「FLAT3」の日本国内での独占輸入を担い、フランスの生産者と直接交渉している。森下氏が強調したのは、造り手の顔や考え方を確かめて商品を届ける姿勢と、ワインを料理と一緒に楽しむ「食中酒」として提案することだった。
日々の食材を買う場所で、その料理に合うワインにも出会う。スーパーの売り場は、産地や品種の知識に詳しくない人にとっても、フランスの食文化に触れる身近な接点になり得る。
トルシエ氏も、フランスワインには敷居が高いという先入観があることを踏まえ、仲間とスポーツを見ながら楽しく飲めることを伝えたいと話した。歴史ある産地のワインを、親しい人と過ごす時間の中で楽しんでほしいという呼びかけだ。
ダバディ氏は、トルシエ氏や森岡氏と再び仕事ができる喜びを語るとともに、「FLAT3」の飲みやすさに言及。森岡氏は、実際にワイナリーを訪れた経験から、日本代表を指揮していた頃と同じように、細部にこだわるトルシエ氏の姿があったと振り返った。
森岡氏が重ね合わせたのは、サッカーとワインが持つ、人と人をつなぐ力でもある。ボールがあれば会話が生まれるように、ワインを囲むことで国や時間を越えて思い出を共有できる。
トルシエ氏は、自身の活力の源を新しい挑戦にあると語った。今回、その情熱が向かうのは、フランスの土地で育てたワインを日本の食卓へ届ける仕事だ。かつてピッチで共有した記憶が、一本のボトルを通じて、次の会話につながっていく。