
年収5万5000ユーロが5万4000ユーロに。フランスで「物価高のツケは誰が払うのか」が公の争点になっている
5万5000ユーロから、5万4000ユーロへ。フランスの民間企業で働く管理職(カードル)の賃金中央値(税・社会保険料控除前の年額)が、この12か月で1000ユーロ下がりました。管理職の雇用支援団体Apecの年次バロメーターによれば、中央値が後退したのは16年ぶりです。管理職の半数はこの額を下回って働いていることになります。
「管理職の給料が少し下がっただけ」と読み流すこともできます。けれども同じ週のフランスのメディアには、電気料金、最低賃金、住宅をめぐる話題が並んでいました。それらを重ねると、ひとつの問いが見えてきます。生活費が上がり賃金が追いつかないとき、その差額は誰が負担するのか。フランスではこの問いが、家計簿のなかではなく公共の場で争われているように見えます。
賃上げを受けた管理職は46%。削られたのは基本給ではなくボーナスだった
まずはApecの数字を確認します。賃上げを受けた管理職の割合は46%で、前年の53%、2年前の60%から下がり続けています。ただし基本給はおおむね安定しており、雇用主が手を入れたのは賞与や業績連動の報酬といった変動部分でした。Apecは、企業が厳しく不確実な経済環境のなかで賃上げに慎重になったと説明しています。影響をもっとも強く受けているのは30代と40代だといいます。
この「基本給は守り、変動部分で調整する」というやり方は、示唆的だと思います。ここからは私の解釈ですが、企業は固定費を増やさずに、景気の不確実性を賃金の柔軟な部分で吸収したのでしょう。つまり負担の一部は、すでに働き手の側に静かに移っています。
長い目で見ると、この傾向はさらに重くなります。Apecによれば、2007年以来、管理職の賃金の伸びはインフレに追いついていません。期間全体で購買力を約11%失い、直近4年間の落ち込みは特に大きいとされます。購買力の低下を感じている管理職は60%で、1年で5ポイント増えました。
「給料を上げたいなら転職を」という通念に対しても、データは別の答えを示しています。同じ企業内でポジションを移った管理職の68%が今年賃上げを得たのに対し、他社へ移った人では54%でした。男女差も残っています。男性の賃金中央値は女性より約15%高く、同等の職位とプロフィールで比べても格差は6.8%で、昨年から縮まっていません。女性は変動報酬を受け取る割合も、その平均額も男性より低いとされます。変動部分が調整の対象になったという先の事実と合わせると、負担の分かれ方は性別によっても均等ではない、と読むこともできそうです。
10年で41%上がった電気料金と、「2月1日まで」の約束
賃金が伸び悩む一方で、支出の側では何が起きているのでしょうか。France Interの経済番組は、電気料金が契約を含めて10年間で41%上昇したと伝えました。同じ期間の一般的なインフレは約24%とされます。番組が投げかけた疑問は率直なものでした。原子力と水力の発電設備は変わっておらず、むしろより長く使われているのに、なぜこれほど上がるのか。
この番組に出演したフランス電力(EDF)のCEO、ベルナール・フォンタナ氏は、個人向けのほぼすべての契約について、電気料金は少なくとも2月1日まで安定しており、冬の終わりまで安定が続く可能性があると述べました。政府もこの発表に沿って「価格の安定」を望んでいるとされます。ただし同氏は、2月には規制料金(tarif réglementé)の見直し条項「clause de revoyure」が適用されるため、技術的には料金の見直しが必要になるとも認めています。企業向けには1年以上前から複数年契約を提案しており、それによって企業はこのインフレのなかでも価格変動からヘッジされている、という説明でした。
ここで見過ごされがちなのは、この約束が誰の口から、どこで語られたかという点です。電力会社のトップが公共ラジオに出て料金の先行きを説明し、政府がそれに同調する。私の見立てでは、電気料金は市場が決める数字であると同時に、政府と公的色彩の強い企業が社会に向けて保証する「約束」としても扱われています。そして「2月1日まで」という期限は、その保証に限りがあることも示しています。冬のあいだの安定は、春以降の負担がなくなることを意味するわけではありません。
「毒入りの贈り物」という言葉が映す、最低賃金をめぐる対立
賃金と物価の差を埋める方法として、もっとも直接的なのは最低賃金の引き上げでしょう。しかしフランスでは、まさにこの点が政治の対立軸になっています。
ノルマンディー地方カルヴァドス県選出で、中道右派政党オリゾン(Horizons)に属するジェレミー・パトリエ=ルイタス議員は、2027年大統領選でエドゥアール・フィリップ元首相を支持しています。同議員はfranceinfoの番組で、最低賃金の引き上げを「毒入りの贈り物(un cadeau empoisonné)」と呼びました。フィリップ氏は最低賃金の引き上げに反対しており、労働の組織の改善や追加的な労働時間の活用によって働き手の生活を良くすべきだと考えている、と同議員は説明しています。さらに「月曜日に賃上げを告知し、火曜日にそれを実行すれば、いま経済的に苦しい商工業者や中小企業を閉鎖に追い込む」と述べ、賃上げを法で推し進めるよりも企業を守ることが重要だと主張しました。
この発言は、負担の配分をめぐるひとつの立場をはっきり示しています。法定の賃上げは、結局は企業、特に体力の弱い中小事業者に負担を押しつける。だから所得を増やすなら「より多く、より効率よく働く」道を選ぶべきだ、という考え方です。これと逆の立場、つまり最低賃金の引き上げを求める側の主張は今回のニュースには具体的に出てきません。それでも、大統領選を控えた政党の議員がわざわざ反対を表明していること自体が、最低賃金がフランスで選挙の争点になっていることを物語っていると私は考えます。
ベルリンの16万戸とマドリードの74%。住宅をめぐる闘いは国境を越えた
同じ週、France Interの番組は視野を欧州全体に広げていました。焦点は住宅です。
ベルリンでは左派政党ディー・リンケ(Die Linke)が市政の実権を握ったばかりです。連邦議会議員のイネス・シュヴェルトナー氏は「16万戸の住宅を公営化するつもりだ」と語りました。もともと社会住宅だったものを公的な管理に戻し、家賃を長期的に抑えるという構想です。番組によれば、ベルリンでは近年、かつての公営住宅が民間投資家の手に渡り、手の届かない住まいになりつつあります。接収の可能性に直面した不動産大手フォノヴィア(Vonovia)は、補償額が120億ユーロでは足りず、少なくとも200億ユーロが必要だと主張しており、激しい法廷闘争が予想されています。
南欧ではこの問題が路上に出ています。スペインで9月以降、高齢女性マリカルメン・アバスカルさんが住まいを追われた出来事が象徴として語られるようになり、リスボン、マドリード、ローマなどでデモが行われ、テントが張られました。番組が引用したドイツ銀行の最近の研究によると、マドリード中心部の2部屋のアパートの家賃は地元の平均純所得の74%に達し、ロンドンでは75%、リスボンでは116%です。収入を上回る家賃とは、どういう暮らしを意味するのでしょうか。
そして今週、従来型の労働組合、借家人団体、住まいを失った人々の団体、市民グループが、11月20日を欧州規模の統一行動日とすることで合意しました。名前が挙がっているのはフランス、ドイツ、ポルトガル、スペイン、ベルギー、ギリシャ、イタリア、英国です。番組は「社会的な秋はフランスだけの現象ではない」と強調しています。
ベルリンの論争の構図は、電気料金や最低賃金の話とよく似ています。公共が介入して家賃を抑えるなら、補償という形で誰かがその費用を払うことになる。120億か200億かという金額の差は、結局「負担の境界線をどこに引くか」をめぐる争いだと読めます。
分配を「公開の場」で争う社会と、そうではない社会
ここまでのニュースに共通しているのは、生活費の問題が政府、公的企業、政党、労組、市民団体といった複数の主体によって、公開の場で論じられているという点です。電気料金は国営色の強い企業のトップがラジオで説明します。最低賃金は大統領選の陣営が論じます。住宅は議会政党が公営化を掲げ、企業は補償額で反論し、市民は国境を越えて同じ日に集まろうとしています。この番組がストライキや封鎖のときの在宅勤務という話題まで取り上げていたことも、社会運動が日常の一部として前提になっている空気を感じさせます。
日本ではどうでしょうか。ここからは一般論として言われることにとどめますが、日本の賃上げは企業ごとの労使交渉や春闘に重心があるとされることが多く、最低賃金が国政選挙の中心的な争点として前面に出る度合いは、フランスほど大きくないとも言われます。物価高への対応も、家計の工夫や企業内の調整に委ねられやすい、という見方は珍しくありません。米国については、景気指標と生活実感のずれがしばしば指摘されますが、今回の素材からそれ以上を語ることは控えます。
筆者の見方を言えば、フランスの特徴は「負担は誰かが必ず引き受けている」という前提を隠さないことにあります。管理職のボーナスが削られれば、働き手が負担しています。電気料金を据え置けば、その費用は電力会社か国が抱えます。最低賃金を上げれば中小企業が、上げなければ低賃金の働き手が負担を負う。それぞれの立場が自分の側の負担を声に出して主張するので、議論は騒がしくなります。そのかわり、負担の行き先は見えやすくなります。
2月の見直し条項、11月20日、そして2027年
これから注目すべき日付は、ニュースのなかにすでに出ています。11月20日の欧州統一行動が、どれほどの規模と連帯を示せるか。2月に規制料金の見直し条項が適用されたとき、「冬のあいだの安定」がどのような形で清算されるのか。ベルリンの補償額をめぐる争いは、長い法廷闘争になると見られています。その先には2027年の大統領選があり、最低賃金をどう扱うかは候補者の立場を分ける線の一つになりそうです。
これは推測ですが、財政に余裕がないなかで、国が補助で負担を肩代わりできる範囲は限られてくるでしょう。そうなれば、賃金、税、企業の利益のどこで負担を分け合うかという問いは、ますます避けにくくなります。フランスはその問いを正面から争う道を選んでいるように見えます。
あなたは、物価高の負担を賃金、税、企業利益のどこで分け合うのが公平だと思いますか。そしてその答えは、職場の会議室で決まるべきものでしょうか。それとも、選挙や街頭で問われるべきものでしょうか。
出典
- Radio France Économie:Avec Bernard Fontana, PDG d'EDF (2026/11/7)
- Radio France Économie:Bernard Fontana, PDG d'EDF (2026/11/7)
- franceinfo (titres):Les prix de l'électricité "sont et seront stables pour la quasi-totalité de nos offres jusqu'au 1er février au moins", promet le PDG d'EDF (2026/11/7)
- Radio France Économie:Nouveau coup de froid sur la rémunération des cadres du privé (2026/11/7)
- Radio France Économie:Augmentation du Smic, primaire de la droite et du centre, propos d'Edouard Philippe sur les pillards du 17 octobre... Le "8h30 franceinfo" de Jérémie Patrier-Leitus (2026/11/7)