
57万5000人か、150万人か フランスの賃金危機で「誰が払うのか」が決まらない理由
同じデモ行進を数えたはずなのに、出てくる数字が倍以上違う。11月5日の木曜日、フランス全土で行われた賃金引き上げを求めるストライキとデモについて、内務省は参加者を57万5000人と発表した。一方、組合側の発表は150万人を超える。報道では「57万5000人から160万人」という幅のある表現も使われた。
日本の読者には、どちらが正しいのかという問いが先に浮かぶかもしれない。しかしフランスでは、この食い違いそのものが一つの政治的事実として扱われているように見える。数字は事実を記録するだけでなく、交渉の席で相手に突きつける武器にもなるからだ。そしてこの国では、賃金と購買力の問題は個人の家計の話にとどまらない。国家と労使と街頭が引っ張り合う、集団の課題として扱われる。今回の騒動は、その引っ張り合いがいまどこで行き詰まっているのかを映し出している。
高校生が火をつけ、組合が後から追いかけた
まず、報じられた事実を整理しておく。生活費の高騰に対する抗議は1カ月ほど続いている。3回の土曜日のデモと、労働組合の連合体による全国動員を経て、11月5日のストに至った。公務員と民間企業の労働者がそろって参加し、とりわけ高校生の怒りが目立ったという。公務部門ではスト参加率が10%近くに達した。
デモの大半は衝突なく進んだ。ただ、いくつかの県は行進ルートの一部を禁止した。トゥールーズでは警察がデモ隊の市中心部への進入を阻み、サン=シプリヤン地区で緊張した対立が起きている。同じ日の新聞には「公務員の給与が下がっている」という見出しも並んだ。食料支援団体のバンク・アリマンテールが年次募金を始めるというニュースもあった。賃上げを求める行進と、食料援助を呼びかける募金。この二つが同じ紙面に載っていたことは、生活の苦しさがどこまで広がっているかを静かに物語っている。
こうした動きを受け、セバスチャン・ルコルヌ首相は動員当日の木曜日、11月9日の月曜日に「社会会議」を開くと発表した。労働組合と雇用主団体を招き、賃金と購買力について話し合う場だ。調整役は労働大臣のジャン=ピエール・ファランドゥが担い、日曜日の夜までに交渉をまとめる責任を負っているとされる。
ここで注目したいのは、この運動の起点がどこにあったかだ。シアンス・ポ・パリの経済学者ピエール・カユック氏は、今回のストを「成功ではあるが、手放しでは喜べない成功」と評した。理由ははっきりしている。「ここ数年、動員の動きはしばしば労働組合が発端ではありません。今回もまた、高校生の運動に労働組合がある意味で後から加わりました」。同氏は、組合が労働者と国家をつなぐ「中間団体」の役割を本当に果たしているのか疑問だとも述べている。
制度の上では強く、職場ではほとんど見えない組合
では、なぜ組合は出遅れたのか。今回の報道でもっとも示唆に富むのは、フランスの労働組合が抱える構造的なねじれをめぐる議論だ。
カユック氏はこれを「一種の食い違い」と呼ぶ。フランスの組合は、労使同数で運営される機関を通じて公的資金を受け取っており、制度の上では非常に強い。ところが企業の現場には、ほとんど存在していない。IAEパリ・エストのレミ・ブルギニョン教授も同じ見方を示す。組織率は低く、組合員は公務部門と大企業に集中している。そのため、最も厳しい状況にある業種、たとえば労働条件の悪い下請けのネットワークには、組合があまりいないという。
このねじれを生んでいる仕組みの一つが、労働協約の「適用拡大」だ。カユック氏の説明によると、協約は本来、署名した団体に加盟する企業と労働者だけを縛る私法上の契約にすぎない。しかし大臣令によって、同じ業界のすべての企業に適用できる。その結果、組合が交渉で勝ち取った成果は、組合員かどうかに関係なく全員に及ぶ。ブルギニョン氏の言葉を借りれば、「個人が組合に加入する動機がない」のだ。加えて、組合に入るとキャリアに不利だと感じる職場もあり、加入は強い政治的・社会的な意思を伴う行為になっているという。
ここからは筆者の解釈になる。この仕組みは、フランスの「連帯」の理念をよく体現している。成果を組合員だけのものにせず、業界全体で分け合うという発想だ。しかし皮肉なことに、その連帯の設計が、連帯を担う組織の足腰を弱めてきた。誰もが恩恵を受けられるからこそ、誰も会費を払って組織を支えようとしない。全員を守ろうとする制度が、守り手を細らせているのである。
ブルギニョン氏は、政府の態度も問題にしている。歴代政府はここ何年か組合を迂回しようとしてきた。ときに組合運動の正当性を否定しながら、必要になると再び正当な交渉相手として扱う。そうなると状況は見通せなくなり、組合を通らない動員が生まれる。高校生が先に街に出たのも、この文脈で読むと腑に落ちる。
興味深いことに、組合を見直す声もある。社会・消費観測所(ObSoCo)のギュエナエル・ゴー事務局長は、11月5日の動員で組合が秩序の維持に重要な役割を果たしたと指摘する。政府は組合を議論の場に戻すだけでなく、危機の打開で重要な役割を担わせようとしている、というのが同氏の見立てだ。数では弱っていても、街頭の熱を受け止めて交渉の言葉に変える装置としては、まだ代わりがいない。社会会議の招集は、政府がそのことを認めた表れとも読める。
100ユーロと150ユーロ、そして財政という天井
それでは、月曜日の会議で何が決まりうるのか。報道を総合すると、見通しはかなり厳しい。
組合側は月額で約150ユーロの引き上げを求めている。CFDTのマリリーズ・レオン氏は100ユーロを求めている。最低賃金を一時的に引き上げるだけでは不十分だという見方が大勢を占める。一方、企業側は、低賃金労働者や若年雇用にかかる負担の軽減といった条件がなければ、賃上げは受け入れにくいと主張している。最低賃金の引き上げは、自動的な1%の上昇に限定的な上乗せをする程度にとどまるとの予想もある。低賃金雇用への税制優遇を残すかどうかが、交渉の取引材料になる可能性も指摘されている。
その上に、財政という天井がのしかかる。政府は財政赤字の削減と公共支出の抑制を迫られており、動かせる余地はほとんどないとされる。ゴー氏が「あらゆる対応が必ずしも国からの給付金を通じて行われるわけではない」点を今回の提案の利点として挙げたのも、財源に制約があることを前提にしている。だからこそ、決定の公正さと対話の質がいっそう重要になる、と同氏は言う。
同氏はさらに、給付金そのものの限界にも踏み込んだ。購買力を補う給付金は、インフレ危機や「黄色いベスト」運動の際にも繰り返し使われてきた。しかし同氏によれば、給付金は「その場を落ち着かせることはできても、状況を変えるものではない」。ObSoCoの調査では、フランス人のほぼ2人に1人が「自分の人生を選ぶのではなく、翻弄されている」と答えている。ほぼ60%は、子どもの世代は自分たちより恵まれない暮らしになると考えている。同氏はこれを「将来への行き詰まり」と呼び、フランス人全員が「巨大なParcoursup(大学進学の振り分けシステム)の中にいるようだ」とたとえた。
筆者の見方では、ここに今回の危機の核心がある。月末の100ユーロは切実な問題だ。しかし人々が求めているのは、それ以上に、自分の将来を自分の手に取り戻している感覚なのではないか。カユック氏によれば、社会会議では若者の境遇、とりわけ教育から労働市場への移行が議題になる。運動の発端が高校生だったことを考えると、これは偶然ではないだろう。
議会が弱く、会議に重荷が回ってくる
もう一つ見過ごせないのが、責任の宛先の問題だ。カユック氏は、社会的パートナーには「議会を動かす権限がない」と指摘する。議会で通すのが難しい政策を労使に委ねるのは、政権の長年の傾向だという。同氏はそこに「フランスでは議会が弱すぎる」という事実が表れていると見る。ブルギニョン氏も、2023年にも危機と対立のなかで同じような会議が招集されたと振り返る。そのうえで、社会的対話の時間軸を政治の時間軸に無理に合わせる難しさを挙げた。経済的な選択肢が限られ、政府の正統性が「もはやまったくない」という特殊な状況では、短期的な成果は期待しにくい。むしろ焦点は、大統領選の候補者たちがこの議論を公約にどう取り込むかに移るだろう、と同氏は言う。
その大統領選まで、残りは約6カ月だ。ゴー氏によれば、大統領自身が10月18日に政治の議論を動かそうとしたが、選挙という節目だけでは人々に「待て」と促すには足りなかった。同氏は、政治全般への信頼が損なわれているため、2027年の選挙後も大きな「社会的な第3ラウンド」が起こるおそれがあると警告している。
日本と比べると、この構図の特徴が浮かび上がる。一般に日本の賃上げは、企業ごとの春闘と政府の要請を軸に進むと言われる。生活費の問題が大規模な街頭動員に発展することは少なく、責任は企業の内側で処理されやすいとされる。米国では、組合の組織率が低く、購買力の問題は個人と市場に委ねられやすいと語られることが多い。対してフランスでは、国家、労使、街頭の誰もが「当事者」として名乗りを上げる。ところが、国家には財源がない。組合には現場の基盤がない。企業は条件付きでしか動かない。議会は弱く、街頭の熱は選挙でも冷めそうにない。責任を負う主体は多いのに、最後に引き受ける者が決まらない。それが、いまのフランスの姿だと筆者は考える。
月曜日の会議が小さな合意で終われば、新たな全国動員が待っているとみられる。仮に合意に達しても、ゴー氏の言う「将来への行き詰まり」を数十ユーロで解消できるとは考えにくい。
物価の上昇という負担を、国家、企業、労働組合、そして個人は、どの順番で、どれだけ引き受けるべきなのか。私たちの社会は、その問いを誰かに預けたまま、答えを先送りしてはいないだろうか。
出典
- Radio France Économie:Manifs plus fournies que le 17 octobre, crise au Paraguay et trail caritatif : ça dit quoi ce 6 novembre ? (2026/11/6)
- Radio France Économie:Grève du 5 novembre: près de 600 000 personnes dans les rues selon les autorités, plus d'1,5 million selon les syndicats (2026/11/6)
- Radio France Économie:Grève du 5 novembre : la démonstration de force des syndicats ? (2026/11/6)
- Radio France Économie:Crise sociale : "Il y a une panne d'avenir chez les Français", alerte la directrice générale de l'ObSoCo (2026/11/6)
- Radio France Économie:Que peut espérer Sébastien Lecornu de sa conférence sociale prévue lundi ? (2026/11/6)