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眼鏡のLEDライトと、燃えた邸宅——フランスが性暴力の告発をどう裁こうとしているか
社会

眼鏡のLEDライトと、燃えた邸宅——フランスが性暴力の告発をどう裁こうとしているか

7月27日、南仏ヴォクリューズ県リル=シュル=ラ=ソルグにある歌手パトリック・ブリュエルの邸宅で、複数の出火が確認された。犯罪鑑識技術者が現場を調べ、アヴィニョン捜査班が捜査を進めている。ブリュエルは強姦、強姦未遂、性的暴行、セクシュアルハラスメントをめぐって4件の正式捜査の対象となり、さらに4件で補助証人の立場にある。合わせて約30件の告訴を受けているが、本人はすべての容疑を否認している。フェミニスト団体からの圧力を受けて夏と秋のツアーはすでに中止していた。誰が火を放ったのか、なぜなのかは分かっていない。だが、この一件が象徴しているのは、司法の結論が出る前に、社会がすでに「判決」を下し始めているという事実だ。

この数週間、フランスでは似たような緊張を抱えたニュースが立て続けに報じられている。バラバラに見えるこれらの出来事を並べてみると、ひとつの問いが浮かび上がってくる。被害を訴える声を社会がどう受け止め、同時に「まだ裁かれていない人」をどう扱うべきなのか、フランスは今まさにその線引きを模索している最中なのだ。

もっとも分かりやすい形で司法が結論を出したのが、元映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの件だ。9月23日、ニューヨークの裁判所は2006年の性的暴行についてワインスタインに禁錮15年を言い渡した。2020年の禁錮23年判決は手続き上の理由で一度は破棄されたが、2025年6月に改めて有罪と認定されての判決だった。74歳で車いす生活を送る本人は今なお容疑を否認し、性的関係は合意に基づくものだったと主張し続けている。それでも、80人以上の女性から告発を受けたこの事件は、#MeToo運動が広がる出発点になったとされる。ここで重要なのは、告発から判決確定まで8年という長い時間がかかったという事実だ。可視化された告発が、そのまま有罪を意味するわけではない。手続きは何度もやり直され、それでもなお本人は否認を続けている。制度は遅く、そして最後まで争いは続く——それがこの事件の教えるところだろう。

パリ・サンジェルマンのディフェンダー、アシュラフ・ハキミの件も、司法プロセスが着実に進んでいる例だ。破棄院は9月、2023年の性的暴行容疑でハキミを刑事裁判所に送るという控訴院の決定を支持し、上告を棄却した。被害を訴える女性側の弁護士は「3年半に及ぶ司法闘争」の末にようやく裁判にこぎつけたと述べ、この裁判が「男性サッカー界における性的暴力の否認と免責の風潮にひびを入れる」ことを期待していると語った。一方でハキミ側の弁護士は「初日から強く否認している」と繰り返し、「弁護側の主張が公開の場で双方が反論できる形で示される」と強調した。つまりこの件は、告発から3年半かけて、ようやく「公開の法廷で争う」という、推定無罪の枠組みに則った土俵に上がったところなのだ。告発があってから裁判が始まるまでの長さそのものが、権力を持つ側が時間を味方につけられる構造を示しているようにも見える。もっとも、これは筆者の解釈であり、ニュース自体はあくまで手続きの進行を伝えているにすぎない。

一方で、告発の前段階、つまり「被害をどう証拠として残すか」という新しい問題も浮上している。パリ検察局は9月、スマートグラスで同意なく女性を撮影し、その動画をオンラインで公開したという訴えを受けて、複数の捜査を開始した。被害者支援団体e-Enfanceは、カメラ搭載眼鏡で女性を辱める動画が撮影され拡散される現象がすでに増えていると警告していた。本人の同意なく画像や発言をオンラインで拡散すれば禁錮2年、罰金4万5000ユーロが科される可能性があり、性的な接触が伴えば性的暴行としても捜査され得るという。製造元のMetaは、撮影中に消せないLEDライトが点滅する安全対策を導入していると説明した。ここで起きているのは、告発以前の段階、つまり「加害そのものが技術によって日常化する」局面だ。眼鏡をかけて歩くだけで誰かを密かに撮影できる時代に、被害を証明する手段と、加害を予防する手段は、これまでとは違う形で設計し直さなければならない。

そしてもうひとつ、告発をどう法律の言葉に落とし込むかという、制度設計そのものの難しさを示すのが、フランス国民議会で審議中の性差別・性的暴力に関する包括法案だ。この法案の第58条は、医療における同意の侵害を処罰するための新たな罪を設けているが、その刑罰の上限は罰金から最長禁錮6か月までにとどまり、性的暴行や強姦の刑罰よりはるかに低い。産科・婦人科における暴力に反対する団体の代表ソニア・ビシュ氏は、「医療行為を装って行われた性的暴行や強姦が、医療の文脈で行われたという理由ではるかに軽い罪名で訴追されてはならない」と懸念を示した。医師と患者という権力差が明確な関係の中で起きた行為が、その権力差ゆえにかえって軽く扱われかねない——この矛盾は、法律が「誰が誰に対して行ったか」という力関係をどう反映すべきかという、根本的な問いを突きつけている。ビシュ氏自身は、婦人科における暴力を法律に明記すること自体には意義を認めており、単純な批判ではなく、制度の中身をどう精緻にするかという議論であることも付け加えておきたい。

この5つの出来事を並べると、共通する構造が見えてくる。権力を持つ側——著名なプロデューサー、有名サッカー選手、人気歌手、あるいは医師という職能そのもの——に対して被害を訴えることは、告発した側に大きな負担を強いる。一方で、告発が可視化されればされるほど、裁判の結論が出る前に世論やメディアがすでに断罪してしまう危うさも生まれる。ブリュエルの邸宅への放火は、まさにその断罪が「私的な制裁」として暴力の形をとってしまった可能性を示す出来事だ。フランス社会は今、この両方の危うさ——沈黙を強いる力と、性急な断罪をもたらす力——のあいだで、慎重にバランスを取ろうとしているように見える。

日本では、名誉毀損のリスクや組織内の上下関係が、被害を公に訴え出ること自体を難しくさせると一般に言われることが多い。フランスのように著名人の告発が繰り返し大きく報じられる状況は、日本ではまだ限られているとされる。その意味で、フランスの事例は「告発が可視化されすぎることの副作用」という、日本とは異なる段階の課題を映し出しているとも言える。一方、米国のワインスタイン事件が示すように、刑事裁判とは別に、告発の広がりそのものが社会運動を生み出し、映画界やメディア業界での対応を促す力を持つこともある。可視化には、それだけの力があるということだ。

スマートグラスのような新しい技術が日常に入り込むほど、被害の予防と証拠保全、そして適正な手続きを切り分ける必要性は増していくだろう。医療現場のような閉じた権力関係の中でも、法律がその力関係を正しく反映できるかどうかが問われ続ける。ハキミの裁判がどんな結論に至るか、ブリュエルへの捜査がどう進展するか、そして包括法案の800件の修正案がどう決着するか——これらはどれも、まだ答えの出ていない途上の出来事だ。

被害者が声を上げられる社会をつくることと、裁判の結論が出る前に誰かを社会的に葬らないこと。この二つは、本来矛盾するものではないはずだ。ではあなたは、この二つを両立させるために、どんな手続きやルールが必要だと思うだろうか。

出典

  • franceinfo (titres):L'ancien producteur de cinéma Harvey Weinstein condamné à 15 ans de prison pour une agression sexuelle datant de 2006 (2026/9/24)
  • franceinfo (titres):La Cour de cassation rejette le pourvoi d'Achraf Hakimi, joueur du PSG accusé d'avoir violé une femme (2026/9/23)
  • franceinfo (titres):Le parquet de Paris ouvre plusieurs enquêtes après des plaintes de femmes ayant été filmées avec des lunettes connectées sans leur consentement (2026/9/23)
  • franceinfo (titres):Des associations craignent une sous-qualification des agressions sexistes et sexuelles commises dans "un contexte médical" dans la proposition de loi intégrale (2026/9/23)
  • franceinfo (titres):La propriété de Patrick Bruel dans le Vaucluse visée par plusieurs départs de feux fin juillet (2026/9/23)

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