
結果を受け入れる前に、相手を受け入れられるか――選挙の勝ち負けの外側にある民主主義
28%。米国の中間選挙を前に、フランスのメディアが伝えた数字だ。選挙で負けたらドナルド・トランプ氏は結果を受け入れるだろうか。そう尋ねられて「受け入れる」と答えた米国民が、これだけしかいなかった。投票はまだ終わっていない。それなのに、結果が信頼されるかどうかは、すでに問われ始めている。
職場や家族の食卓で、投票先の違う相手と顔を合わせる場面を思い浮かべてほしい。相手が勝ったとき、私たちは何を受け入れるのだろうか。数え方が正しかったことなのか。それとも、自分と違う考えの人が同じ共同体の一員として決定に加わっていることなのか。この二つは似ているようで別の問題だ。今週フランスのメディアが伝えた複数のニュースを並べると、その違いが見えてくる。
投票前から「負けたら不正」が準備される米国
フランスのfranceinfoによれば、トランプ氏は27日火曜日、来週火曜日の中間選挙について、投票が「公正」であれば結果を受け入れると述べた。世論調査で劣勢にある共和党陣営では、選挙不正の可能性を示唆する発言が相次いでいる。記事は、共和党が敗北と、その結果への異議申し立てに備えているように見える、と書く。
象徴的なのは、元顧問スティーブ・バノン氏の応答だ。敗北した場合に結果を受け入れるのかと問われ、彼は直接答えなかった。代わりに、投票所への移民取り締まり当局ICEの職員配置を擁護した。「民主党は不正をしている。不法移民に投票させている」というのが、彼の語る前提である。
一方、事実として記事が示す数字は対照的だ。研究によれば、米国で選挙不正が起きることは極めてまれで、これまでに選挙不正で逮捕されたのは数十人にとどまる。政府はカリフォルニア州で不審とされた2万票の無効化を求めたが、連邦裁判所は今週その申し立てを退けた。
ここからは私の解釈になる。この構図で注目したいのは、不正の有無そのものよりも、不正という語りが投票前に用意されている点だ。記事にはMAGA系ポッドキャスターの発言も引かれている。彼は司法省の動きを、不法滞在者が投票しないようにするメッセージだと位置づけ、「外国人犯罪者の間に、うまくパニックを広げている」と述べた。ここでは不正対策が、特定の人々を投票の場から遠ざける効果も狙っているように読める。
結果が信頼されるかどうかは、開票作業の正確さだけでは決まらないようだ。誰が有権者として歓迎され、誰が潜在的な不正の主体として見られているか。その空気が、手続きへの信頼を先に決めてしまう。28%という数字は、その空気の濃さを映しているのかもしれない。
同じ投票権を持ちながら、同じ安全を持たないイスラエルのアラブ系市民
次にイスラエルを見てみよう。franceinfoは、総選挙の開票が続く10月28日正午時点で、有効票の3分の2が集計されたものの、過半数を得る勢力は見えていないと伝えた。ネタニヤフ首相と同盟勢力は、ガディ・アイゼンコット氏が率いる野党ブロックを上回っている。だがその間で、アラブ系政党は定数120のクネセトで20議席近くを得る可能性があり、新政権の形成で重要な役割を果たすかもしれない。
アラブ系住民は、外国籍の住民を除く人口の22%近く、210万人あまりを占める。ただし、この数字には東エルサレムのパレスチナ人も含まれ、その多くはイスラエル国籍を持たず永住者の地位にある。選挙権は他の市民と同じだ。18歳から投票でき、21歳からクネセト議員に立候補できる。
それでも日常の格差は大きい。国民保険機構によれば、アラブ系世帯の38%近くが2024年に貧困線を下回っており、全国平均のほぼ2倍だった。警察の統計では、2025年の殺人事件の犠牲者309人のうち241人がアラブ系住民だった。8月末の調査では、回答したアラブ系イスラエル人の半数以上が、投票で重視する課題として犯罪を挙げ、生活費より上位に置いた。
ここで考えたいのは、投票権が平等であることと、政治共同体の一員として安全に暮らしていることは同じではない、という点だ。この記事は、他の政党がアラブ系政党をどう扱うかまでは書いていない。だから連携の是非について推測はしない。ただ、数のうえでは勝敗を左右しうる人々が、治安という最も基本的な課題を最重要の争点に挙げている事実は重い。票は数えられる。しかし、その票を投じる人々の暮らしが守られているかどうかは、別の信頼の問題である。
日程をめぐる疑心と、1分で終わった追悼のフランス
フランスでは、争点がさらに手前に来ている。共和党の大統領候補ブリュノ・ルタイヨー氏は、4月18日と5月2日に予定された大統領選の日程の変更を求めた。決選投票が、5月1日の労働組合デモの翌日にあたるからだ。彼は選挙前日の運動停止と政治的自制の義務に触れ、左派の候補者がデモに「姿を見せる」ことを懸念している。「日程を変えないのなら、そこには別の意図があると受け止める」と大統領に向けて語った。
政府報道官のモード・ブレジョン氏は、閣議後に「大統領選の日程を変更することはありません」と明言した。大統領側近は、学校休暇中であっても、協議のうえでできるだけ多くの人が投票できる日程を選んだと説明している。
中道ブロックの内部でも見解は割れた。急進党のナタリー・ドラットル氏は賛同し、10月17日前後にSNS上で画像が操作されたことを挙げて、5月2日に同じことが起きれば選挙をゆがめるおそれがあると述べた。一方、民主運動のマルク・フェスノー氏は、日程変更は「暴徒の言い分を認め、彼らに屈すること」だと反対した。国民連合も懸念は示すが、公式な変更要求はしない。「満足できる日程はない」と党幹部の複数人は語ったという。
この議論は日程という技術的な問題に見えて、実は、相手が選挙という場をどう扱うかへの疑念を含んでいる。ルタイヨー氏の周辺は、マリーヌ・ル・ペン氏が勝利に近づいた場合に何が起きるかを懸念する発言もしている。誰が勝つかではなく、誰が、どんな方法で、結果に反応するか。その予測が、日程という手続きの議論に入り込んでいる。
国民議会の様子も同じ方向を指している。10月23日にトラップで起きた人種差別的な襲撃で、26歳のペンゴ・ボッシオ・ワングイ氏が殺害された。火曜日の議場では黙とうが捧げられ、議長のヤエル・ブロン=ピヴェ氏は、結束と対話と沈静化への道を取り戻すよう呼びかけた。ところが、社説によれば国民の結束は「1分ほどしか続かなかった」。国民連合のセバスチャン・シェニュ氏が責任追及を「耐え難いプロパガンダ」と非難すると、左派議員たちは退席し、ルコルニュ首相は左派を「政治的な便乗」と批判した。社説は、人種差別を非難する場でさえ「共和主義の結束」を築けないことを問題視し、大統領選挙まで6カ月を切った緊張が続くことを懸念している。
「討論」ではなく「対話」を試す草の根
こうした対立の隣で、フランスでは別の試みも動いている。ラジオ局France Interの特集が紹介した「Faut qu'on parle」だ。Fonds Bayardが主導し、異なる意見を持つ市民同士が対話する機会を作る。勝ち負けを競う討論ではなく、対話の仕方を探る取り組みと位置づけられている。取り上げられる問いには、投票を義務化すべきか、鉄道などの公共空間に子どものいない空間をつくるべきか、といったものがある。
同記事は、HarvardとStanfordの研究者がドイツのNGO「My Country Talks」を検討し、2時間程度の対話が情緒的な分極を77%低減させる可能性があると結論づけた、と伝えている。この数字は、あくまで「可能性」として紹介されたものだ。ここでは、対話が相手への感情的な敵意を和らげうるという示唆として受け取りたい。第3回の登録は11月10日まで無料で受け付けられている。
この試みが興味深いのは、議会の怒号と並べて見たときだ。議場の混乱が「勝つための政治」の姿だとすれば、対話の場は「同じ社会で暮らす相手を知るための政治」の準備運動のようにも見える。もちろん、2時間の対話で国会の分断が埋まるとは限らない。その点は慎重に見るべきだ。ただ、制度の外側に信頼を育てる場を作ろうとする動きがあること自体が、信頼は手続きだけでは自動的に生まれない、という認識の表れだと私は読む。
日本の私たちは、どこに立っているのか
日本について、今回のニュースから言えることはない。以下は、あくまで一般に語られる印象にもとづく推測だ。
日本では、選挙の結果そのものの正統性が真正面から争われる場面は、少ないとされることが多い。この点は、今回見た米国やフランスとは違って見える。ただ、その安定が、異なる立場の人への信頼を意味するとは限らない。結果が静かに受け入れられていても、負けた側や少数派の声が、選挙後にどう聞かれているかは見えにくい。投票率や得票数という数字の外側にある、相手との距離感の問題だ。
米国は「結果を信じるか」、イスラエルは「票を投じる人が共同体の一員として守られているか」、フランスは「相手が選挙の場をどう扱うか」。三つの場面は、いずれも勝敗とは別のところで揺れている。民主主義が、数え方の正しさだけでなく、数えられる人々への信頼に支えられていることを、この揺れは示しているのではないか。
これから見るべきこと
短期的には、確認できる出来事が並んでいる。米国では来週火曜日の中間選挙で、敗北した側がどのように結果に向き合うかが試される。イスラエルでは開票が進み、アラブ系政党の議席が政権形成にどう関わるかが焦点になる。フランスでは、法律上、投票日の10週間前までは日程変更が可能とされる。政府は拒否したが、代替案の4月11日と25日は学校休暇の真っただ中にあたる。今後の圧力の行方は、日程そのものより、各陣営がこの議論をどう使うかに左右されそうだ。
ただし、どの国でも、ここまでの事実から先の展開を断定することはできない。見るべきなのは、結果が出た後に誰が何を語るかだろう。敗北を認めるのか、異議を申し立てるのか。少数派の声は交渉の席に呼ばれるのか。対話の場は広がるのか。
最後に、あなた自身に問いたい。自分と異なる相手の参加や勝利を認められなければ、選挙の手続きだけで民主主義を支えられるでしょうか。そして、その信頼を、あなたは日常のどこで育てているでしょうか。
出典
- franceinfo (titres):Élections législatives en Israël : qui sont ces électeurs Arabes israéliens, dont les partis pourraient jouer un rôle clé dans la formation du gouvernement ? (2026/10/28)
- franceinfo (titres):"Les démocrates trichent" : aux Etats-Unis, le camp de Donald Trump conteste déjà le scrutin des élections de mi-mandat (2026/10/29)
- franceinfo (titres):Le gouvernement oppose une fin de non-recevoir à la demande de Bruno Retailleau de changer les dates de la présidentielle (2026/10/29)
- Radio France Économie:Faut qu'on parle : et si vous discutiez avec quelqu'un qui n'est pas d'accord avec vous? (2026/10/28)
- franceinfo (titres):EDITO. Quand l'Assemblée nationale se déchire sur la lutte contre le racisme (2026/10/28)