
「来年度までに看護師1万人は養成できない」——声なき被害者を国家はどう拾い上げるか
「長い間、この暴力は隠され、窒息させられてきた」。フランス議会のエルワン・バラナン議員(MoDem)はそう言い切った。その直後、彼は現実的な数字を口にする。幼稚園児から成人に達するまで、すべての生徒を対象に年次の面談を設け、暴力の兆候を早期に拾い上げる——その法案を実現するために必要な看護師は、あと1万人。だが「来年度の新学期までに、それだけの人数を養成することは、現時点ではできない」。
理念は正しい。制度も設計されつつある。しかし、それを動かす人手と予算が追いついていない。この一文に、今フランスで同時並行的に浮かび上がっている4つのニュースを結ぶ共通の構造が、すでに凝縮されている。
69条の法案が問うているのは「誰の声を、いつ拾うか」
バラナン氏の発言は、国民議会で審議が始まった性差別的暴力・性暴力に関する「包括法案」の一部だ。司法、警察、保健、教育と、暴力が発生しうるあらゆる領域を横断する69条から成るこの法案は、2026年6月に11歳の少女リャナが誘拐・強姦・殺害された事件を機に、政治課題として急浮上した。事件は、被害届の取り扱いに重大な不備があったことを浮き彫りにしたという。
法案は、性暴力を専門に扱う訓練を受けた裁判官の配置、捜査行為の最低基準の義務化、近親相姦の犯罪化、時効の延長といった具体的な制度変更を並べる。女性財団のローラ・スリマニ氏は「多くの被害届が、容疑者本人の事情聴取すら行われないまま不起訴になっている」現状を指摘し、この法案を「司法がようやく暴力の特性に適応する」試みだと評価する。
しかし、ここで見過ごされがちなのは、誰がこの法案から漏れ落ちているかという点だ。障害のある女性、外国籍の女性、LGBTの人々は、暴力にさらされる割合が高いとされながら、法案での考慮は薄いと複数の団体が批判している。移住者支援団体シマードによれば、相談窓口を訪れる外国籍女性の約7割は、暴力的な配偶者から離れると滞在許可そのものを失う。つまり、声を上げることが生活基盤を失うことと直結している人たちがいる。彼女たちを守るための滞在許可の保障規定は特別委員会で追加されたが、本会議の審議過程で削除される懸念が、審議直前まで残っていた。
そして予算の問題がある。首相が示した15億ユーロという数字について、既存予算の算定にすぎず新規支出ではないとの報道があり、女性団体「オゼ・ル・フェミニスム!」は「はったりだ」と反発した。制度は紙の上では声を拾う仕組みを備えても、それを動かす財源がなければ、形だけの窓口になりかねない。実際、児童への年次面談の義務化は、学校現場での実施が難しいとして一度は任意規定に後退し、再び義務化を求める修正案が出された。政府に与えられた猶予は2032年まで。つまり、すべての子どもが毎年専門職と向き合える体制が整うまで、まだ6年を要する計算になる。
軍、研究所、そして声を上げた側が追われる構図
同じ時期、スペインではまったく別の文脈で、似た問いが立ち上がっていた。モロッコから8万人を超える移民がセウタに流入した後、アムネスティ・インターナショナルは現地調査に基づき、軍関係者による殴打や即時送還、人種的プロファイリング、劣悪な受け入れ環境を報告した。女性や保護者のいない子どもを含む脆弱な人々が、今も危険な状況に置かれているという。スペイン国防省は内部調査を発表し、報告書を検察と裁判所に送付した。だがここで調査するのは、疑惑をかけられた側と同じ組織の内部である。被害を訴える人々の多くは、不法滞在という立場上、そもそも公的な場で声を上げること自体にリスクを抱えている。
フランス国内でも、立場の弱さゆえに声が届きにくい構図は別の場所でも繰り返されている。がん専門医療機関グスターブ・ルシーでは、医師らがエジプトやクウェートでの診察の対価として、研究所の給与とは別に謝礼を受け取っていた疑いが報じられた。この問題を最初に上司へ告発したのは、同研究所の国際部門の責任者だった。だが報道によれば、告発の直後、試用期間の終了をわずか3日後に控えていたこの人物は退職を迫られたという。研究所側は疑惑そのものを否定しているが、告発した人間が最も先に組織を去ることになったという事実関係は、残る。
子ども、外国籍の女性、移民、そして組織内部の告発者——立場も文脈もまったく異なる4つのニュースに共通しているのは、被害や不正を知っている人が、それを口にした瞬間に失うものの大きさだ。滞在資格、職、信用、あるいは単に「大人に話を聞いてもらえる機会」そのもの。制度が被害者の声を拾おうとする意志を示すことと、実際にその声を安全に受け止められる体制を持つことの間には、常に距離がある。
日本でも、相談窓口の整備自体は進んでいるとされるが、組織内の上下関係や、声を上げた後に自分が不利益を被るのではないかという懸念が、通報をためらわせる要因になりやすいと一般に言われる。これはフランスの外国籍女性が滞在資格を理由に沈黙を強いられる構図や、グスターブ・ルシーの告発者が置かれた立場と、形は違えど根は近い。声を上げることのコストを、被害者個人にだけ背負わせない仕組みを作れるかどうかが、結局のところ問われている。
フランスの包括法案は10月10日までの成立を目指して審議が続く。だが成立したとしても、それが看護師1万人分の人手や、削除されかけている外国籍女性への保護規定、そして予算法案での具体的な財源確保という現実の壁を越えられるかは、まだ見えていない。
言葉にできる被害と、まだ言葉にできない被害の間には、大きな距離がある。あなたの身近な組織や自治体は、その距離を埋めるための人と予算を、本当に用意できているだろうか。
出典
- RFI France:Erwan Balanant (MoDem): «Les violences faites aux enfants ont été un angle mort des politiques publiques» (2026/10/2)
- RFI France:France: la proposition de loi intégrale permettra-t-elle de lutter efficacement contre les violences sexistes et sexuelles? (2026/10/2)
- franceinfo (titres):Le ministère de la Défense espagnol va enquêter sur d'éventuels mauvais traitements des migrants à Ceuta (2026/10/2)
- franceinfo (titres):Des médecins de Gustave-Roussy soupçonnés de corruption, l'institut de lutte contre le cancer dément (2026/10/1)
- franceinfo (titres):Loi intégrale contre les violences sexistes et sexuelles : "Nous nous battrons pour qu'elle soit votée", assure la porte-parole de l'association Osez le féminisme ! (2026/10/1)