
権利はあるのに、使えない:車、診断、進学先、投票の外側にある「見えない障壁」
給付を受け取る前に、車を手放す。日本の生活保護では、これが当たり前の手続きになっている。フランスのラジオ局franceinfoが伝えたところによると、社会福祉事務所の担当者は申請者の自宅を訪れ、売却できる資産がないかを調べる。株式や貴金属と並んで、車も「日常生活に必要ないもの」と見なされやすい。調査の後、ほとんどの場合は売却を求められるという。
理由は、維持費や自動車税、燃料費といった固定的な支出が、国の給付を受ける人にふさわしくないと判断されるからだ。理屈としては分かる。けれども、公共交通機関の便がよい大都市から離れた地域で、仕事をしながら子どもを育てている人を想像すると、話は変わってくる。車がなければ、希望するほど働けないことも多い。記事が取り上げているのは、まさにそうしたひとり親、とりわけ元夫から養育費を受け取るのに苦労している母親たちだ。
今回、私が気になったのは、この一件が単独のニュースではなく、同じ日のフランス発の記事群と並べたときに、一つの問いを浮かび上がらせることだ。平等な権利が書かれていても、それを使うための道のりに障壁があれば、機会は本当に平等と言えるのか。
厚労省が検討する「例外」は、障壁を誰の側で測っているか
まず日本の話から整理する。記事によれば、厚生労働省は最低限の生活保障を受ける人の一部を対象に、規則の緩和を検討していると発表した。対象はひとり親だ。公共交通機関を使うより車を使うほうが収入を増やせると証明できた場合に限って、車の保有を認める可能性がある。
ここまでは事実だ。以下は、そこから読み取れる私の解釈である。
この案が興味深いのは、「車は贅沢品か」という二択をいったん離れ、車が就労という機会にどうつながるかを個別に見ようとしている点だ。移動手段が機会の条件になりうることを、制度が認め始めたとも読める。一方で、「収入が増えると証明できれば」という条件は、証明の責任を申請する本人に課す。忙しい生活のなかで、その立証をどれだけ現実的にこなせるのか。そこは記事からは分からない。障壁を低くするのではなく、通過するための手続きを一つ増やすことにならないか。この点は、今後の運用を見て判断する必要がある。
なお、記事は日本の給付について、フランスと比べて種類が少なく、受給条件が非常に厳しいとも書いている。これはフランスの放送局の見方であり、日本の読者が実感している感覚と同じかどうかは別問題だ。ただ、こうした外からの視線は、私たちが当たり前にしてきた前提を問い直すきっかけにはなる。
投票権は同じ、でも生活は同じではない:イスラエルのアラブ系市民
「権利」と「実際の機会」のずれを、もっと極端な形で示しているのがイスラエルの総選挙だ。10月28日の水曜日、開票は続いていたが、過半数を得る勢力はまだ見えていなかった。ネタニヤフ首相と同盟勢力が、ガディ・アイゼンコットが率いる野党ブロックを上回っている。ただし、定数120の議会で20議席近くを得る可能性があるアラブ系政党が、次期政権の形成で重要な役割を果たすかもしれない。
アラブ系住民は、1948年の戦争後にとどまったパレスチナ人の子孫が中心で、外国籍の住民を除く人口の22%近くを占める。選挙については、他のイスラエル人と同じ権利がある。18歳から投票でき、21歳から立候補できる。
それでも日常には大きな差が残っている。国民保険機構の統計では、アラブ系世帯の38%近くが2024年に貧困線を下回っており、全国平均のほぼ2倍だった。警察の統計では、2025年にアラブ系住民のなかで殺人事件の犠牲になった人は241人で、国内全体の309人に含まれる。8月末の調査では、回答したアラブ系の半数以上が、投票で重視する課題に犯罪を挙げ、生活費を上回った。
ここで見過ごせないのは、投票権という「入口の平等」が保障されていても、選ぶ側の関心が、安全や生活の基盤といった「入口の手前」に向かっていることだ。票が政権の行方を左右しうる状況と、日々の安全への不安が、同じ人々のなかに同居している。権利があることは、障壁がないことを意味しない。この記事は、そのことを最も分かりやすく示す材料だろう。
フランスでは、進学先の配分、デモ、診断をめぐる障壁が同時に見える
では、フランスの側はどうか。今回の記事群には、分野の異なる三つの話がある。
一つ目は進学だ。国民議会では10月28日、高校生の高等教育における進路選択・進学先配分プロセスの将来をめぐる討論が開かれる。討論後に採決はない。数日前には、Parcoursupに代わる新たなプラットフォームを2028年に導入するという発表があったばかりだ。記事が投げかけるのは、「置き換えだけで、高校生が直面するアクセスの難しさは解決できるのか」という問いである。答えは記事のなかにはない。ただ、問いの立て方自体が示唆的だ。仕組みの名前を変えることと、機会の壁を下げることは、同じではないかもしれない。
二つ目は、その進学や教育をめぐって各地で続く高校生・大学生のデモである。国連人権理事会から委任を受けた特別報告者4人は、「弾圧」に「愕然としている」と表明した。彼らは国連を代表して発言しているわけではない。それでも指摘は明確で、過剰な武力行使や大規模な身柄拘束は法治国家における適切な対応ではなく、数千人に及ぶ主に未成年者の身柄拘束や警察留置の規模は不釣り合いに見える、という。
専門家らが挙げる参加者の要求は、機能する教育制度、尊厳ある教育環境、学校や大学の実情に合った時間割、そして質の高い教育を受ける機会における地域間・社会間の平等だ。同時に彼らは、警察官の負傷や建物・店舗の損壊も非難し、調査と司法手続きの必要性を認めている。つまり暴力を擁護しているのではない。批判の核心は、治安対策が優先された結果、動員の根本原因が後景に退いた、という点にある。
三つ目は医療だ。アヴィニョンで2018年に設立された団体Manolétaは、子宮内膜症や子宮腺筋症の人々を支援している。団体で活動するLouneさんによると、診断までに7年から10年、あるいはそれ以上かかることがあり、「診断まで40年待った人もいます」と話す。会員のChristineさんは、2020年に診断を受けるまで、適切な医療上の答えが得られないまま25年以上過ごしたと考えている。
この団体は、ボランティア11人と職員4人で、電話相談などの個別支援を担い、100人を超える医療従事者に研修を行ってきた。一方で、支援を求める人が増えるなか、今年は一部の地方自治体から資金援助を受けられなかったとLouneさんは残念がっている。
ここから先は解釈である。医療を受ける権利は、おそらく形式上は誰にでもある。しかし、症状が十分に知られていない病気では、権利を行使する以前に、「何に苦しんでいるのか」を言葉にしてくれる相手に出会えるかどうかが壁になる。その壁を埋めているのが、公的制度ではなく、小さな民間団体であることも、この記事から見えてくる。
障壁の種類は違っても、共通しているもの
ここまでの話を並べると、障壁の形は驚くほど多様だ。日本では資産の要件と移動手段。イスラエルでは貧困や雇用、治安。フランスでは進学先の配分の仕組み、地域や社会による教育機会の差、診断に至るまでの長い時間。
共通しているのは、障壁の多くが「禁止」ではなく「条件」の形をとっていることだと、私は読んだ。誰も申請を拒んではいない。誰も投票を禁じていない。それでも、条件を満たしにくい人にとっては、権利は遠い。
もう一つの共通点は、解決の担い手が曖昧なことだ。日本の例外案は国が動いている。フランスの進学では政府が新制度を打ち出す。しかし診断の壁では、民間団体が情報提供や研修を担い、資金は自治体の判断に左右される。デモの件でも、国連の専門家は、対話の取り組みが始まったことは認めつつ、その中心が治安対策に偏ったと見ている。
日本の読者にとって、自分の暮らしに引きつけると、思い当たる場面があるのではないだろうか。申請書類は誰でも出せる。でも、役所に行く時間がない。窓口が遠い。必要な説明をする言葉を持っていない。制度の説明は「平等」でも、その使い勝手は人によって違う。こうした感覚は、一般に日本でも語られることが多いが、今回の記事群はそれを国境を越えた共通の論点として見せてくれる。
これから問われるのは、条件の設計そのものかもしれない
今後の展開について、確かなことは多くない。日本の緩和案は検討段階で、どこまで広がるのか、立証の基準がどうなるのかは分からない。Parcoursupに代わる新プラットフォームは2028年の導入予定で、それが機会の格差にどう影響するのかは、今回の記事からは読み取れない。イスラエルの開票も途中だ。
それでも、評価の軸が少し変わりつつあることは感じる。制度があるかどうかではなく、制度を使うまでの条件が、どんな人にとって高い壁になっているか。教育でも福祉でも交通でも、その問いが議論の前面に出てくる可能性がある。ただし、これは私の見通しであり、記事が断言しているわけではない。
最後に、読者に問いたい。
権利があることと、その権利を実際に使えることの間には、距離がある。その距離を縮める責任は、制度をつくる国にあるのか、現場を支える自治体や民間団体にあるのか、それとも、条件を満たすために努力すべきだとされてきた本人にあるのか。あなたが身近で見てきた「制度はあるのに届かない」場面では、誰がその壁を取り除くべきだと感じただろうか。
出典
- franceinfo (titres):Élections législatives en Israël : qui sont ces électeurs Arabes israéliens, dont les partis pourraient jouer un rôle clé dans la formation du gouvernement ? (2026/10/28)
- franceinfo (titres):Remplacer Parcoursup, suffira-t-il à résoudre les difficultés d'accès à l'enseignement supérieur rencontrées par les lycéens ? (2026/10/28)
- franceinfo (titres):"Les blessures sont injustifiables" : des experts de l'ONU se disent "consternés" par la "répression" des manifestations lycéennes et étudiantes (2026/10/29)
- Radio France Économie:Manoléta, l’association Vauclusienne qui parle d’endométriose sans tabou (2026/10/28)
- franceinfo (titres):Au Japon, les demandeurs d'aide sociale doivent vendre leur voiture pour toucher de l'argent de l'État (2026/10/28)