
選べることと、選べる条件は違う——フランスが問う「自己決定」の制度設計
Facebookで「IVG」と入力してみてほしい。フランスで人工妊娠中絶を意味するこの略語を検索すると、最初に表示されるのは公式情報ではない。「IVG:迷っているなら、話しに来て」という名前のグループだ。一見すると相談窓口のように見えるが、実際には中絶によって「打ちのめされた、あるいは破壊された」と感じる女性たちの証言を集めたページである。フォロワーは10万人を超え、5年間で5万ユーロを超える広告費が投じられてきた。数字はMetaが公開する広告ライブラリーで誰でも確認できる、と家族計画運動(Planning familial)は指摘している。
これは偶然の検索結果ではない。政府の公式サイトが開設されたのは2013年で、それまで長年、IVGに関するオンライン情報を提供していたのは2008年設立の民間サイトIVG.netだけだった。制度が情報空間に追いつく前に、すでに別の言説が場所を占めていた、という順序をまず押さえておきたい。女性財団が2024年に委託した報告書によれば、IVGに関する動画の5本に1本には誤解を招く情報が含まれるという。拡散しているのは中絶反対の活動家だけでなく、反LGBT、反代理出産のアカウント、極右の政治家や政党、カトリック系の団体にまで及ぶ。
フランスには2017年施行の法律があり、デジタル上で中絶を妨害する行為には2年の禁錮刑と3万ユーロの罰金が定められている。しかし、この法律はこれまで一度も適用されていない、とfranceinfoは報じている。対象がウェブサイトに限定されていたため、中絶反対の立場を直接表示しないサイトには適用しづらく、そして偽情報の主戦場はすでにソーシャルメディアへ移ってしまった。法律という制度が、言説の移動速度に追いついていないのである。
ここで立ち止まって考えたいのは、「中絶する権利がある」ということと「中絶について正確な情報にアクセスできる」ということは、まったく別の話だという点だ。権利が条文上存在しても、検索結果の最上位に不安を煽る証言が並ぶなら、その人が実際に何を選べるかは変わってくる。制度は選択肢を用意することはできても、選択肢にたどり着く経路までは自動的には保証してくれない。
同じ構造は、まったく違う場面にも現れている。フランスでは今年6月15日以降、肥満治療薬MounjaroとWegovyが一部保険適用となり、8万5600箱以上が処方薬として薬局で交付された。全国肥満者団体連合(CNAO)の会長アンヌ=ソフィー・ジョリ氏は、これを「他の病気と同じように、治療を受ける機会の平等がようやく得られる」と歓迎した。世界保健機関が1997年に肥満を慢性疾患と認定して以来、フランスでは「治療を受ける機会の平等がなかった」というのが彼女の見立てだ。
しかし、ジョリ氏はすぐに但し書きを加えている。保険適用の対象になりうる人は130万人を超えるとされるが、「実際の対応は遠く及ばない」。理由として挙げているのは、医療従事者の研修不足だ。病気そのものへの知識が医療現場に十分に行き渡っておらず、「肥満のある人を治療したくない」という差別的な態度も残っているという。最大の壁は、「太っているのは本人の責任で、食べ過ぎて運動しないからだ」という見方に議論が引き戻されてしまうことだ、とジョリ氏は語っている。
保険適用という制度上の扉は開いた。しかし扉の先に、その病気を正しく理解した医療者が立っているとは限らない。中絶の情報が検索結果の偽情報に阻まれるのと、肥満治療が医療者の知識不足や偏見に阻まれるのは、表面上まったく違う出来事に見える。けれども、どちらも「制度が選択肢を作った後に、誰がそれを実質的に使えるか」という同じ問いを含んでいる。ここで見過ごされがちなのは、自己決定を阻むものが必ずしも法の不在ではなく、情報の歪みや現場の理解不足という、目に見えにくい層にあるということだろう。
そしてもう一つ、身体の自己決定を語るうえで避けて通れない層がある。親密な関係の中にある暴力だ。ル・アーヴルでは9月、70歳の女性が自宅で死亡しているのが見つかり、同居していた72歳の男性が拘束された。女性は頭部を物体で複数回殴られており、現場ではダンベルが見つかったという。男性は自ら警察に通報していた。注目すべきは、この女性が2012年にも同じ男性について被害届を出していたことだ。届は本人が取り下げ、手続きはそこで終了していた。13年前に一度、制度に助けを求める行為があった、という事実は重い。届が取り下げられた時点で制度が関与を終えてしまうという仕組みそのものが、その後に何が起きるかを左右した可能性がある——これは記事が明示する事実ではなく、そこから読み取れる解釈にすぎないが、問うに値する。
ほぼ同じ時期、ユーチューバーのグレッグ・ギュヨタン氏が、配偶者間レイプの疑いで新たな告訴を受けたことも報じられた。別の元交際相手による身体的・心理的暴力の捜査で身柄を拘束されている最中に、9月初めに別の女性が提出していた告訴の存在が明らかになった形だ。同居していた住居で別々の2夜にレイプを受けたと女性側は訴え、ギュヨタン氏側は当事者間のやり取りがその主張と両立しないとして否認している。事実関係はまだ捜査中であり、ここで断定はできない。ただ、身体をめぐる自己決定という主題を考えるとき、暴力そのものへの制度的な備えが、情報アクセスや医療アクセスと並ぶもう一つの柱であることは、この二つの事件が静かに示している。
フランスでは中絶が権利として制度に組み込まれており、それを支えるための報告書や監視の仕組みも動いている。だからこそ偽情報の拡散が「権利はあるのに実質が伴わない」という形で問題化される。一般に、身体をめぐる自己決定権の扱われ方は国によって大きく異なるとされる。地域によって医療へのアクセスの条件が大きく変わってしまう場合、自己決定が居住地というくじ引きに左右されてしまうという指摘もある。日本については、性と生殖に関する教育や相談、医療へのアクセスが地域や世代によって差を持ちやすいと一般に言われることが多い。いずれの社会でも、「権利として認められているかどうか」と「実際にその権利を行使できる条件が整っているかどうか」は別の階層にある問題だという点は共通していそうだ。
フランスの今後を見通すなら、2017年法の再設計や、ソーシャルメディア上の偽情報に対する新たな規制の議論が起こる可能性はあるだろう。肥満治療については、CNAOが政府とEUに対し食品関連企業の慣行そのものへの規制強化を求めており、保険適用という入口の整備だけでなく、医療従事者の教育や差別の是正までが次の焦点になっていくと考えられる。配偶者間暴力については、一度出された被害届が取り下げられた後、その後の関係性をどう見守るのかという制度設計の問題が、今回の事件を通じて改めて問われることになりそうだ。
制度が身体の選択を支えるとは、選択肢の数を増やすことなのか、それとも安全に選べる条件を整えることなのか。フランスの三つの出来事は、その問いに単純な答えがないことを示している。読者であるあなたの身の回りでは、選択肢は用意されているだろうか。そして、その選択肢に、誰もが実際にたどり着ける状態にあるだろうか。
出典
- franceinfo (titres):Longtemps sur les bases du record du monde, Tigst Assefa a terminé le marathon de Berlin avec une rupture totale du tendon d'Achille (2026/9/29)
- franceinfo (titres):Une nouvelle plainte a été déposée contre Greg Guillotin, cette fois pour viol sur conjoint, le youtubeur "conteste formellement" (2026/9/29)
- franceinfo (titres):Sur les réseaux sociaux, la désinformation continue pour inciter à ne pas avorter (2026/9/28)
- franceinfo (titres):"Enfin une chance d'égalité thérapeutique" : depuis juin, 85 600 boîtes de médicaments anti-obésité vendues en France (2026/9/28)
- franceinfo (titres):Une femme de 70 ans retrouvée morte au Havre, son conjoint placé en garde à vue (2026/9/28)