
赤く光る大統領の顔、リークした予算案、無効になった25票差——「事実」を誰が確定させるのか
9月25日、エリゼ宮の温室で、エマニュエル・マクロン大統領の顔が赤く照らされた。教皇レオン14世との握手の場面だ。この数秒の映像がXで拡散し、「あの冷笑、炎が見える。あそこにあるのは悪魔の姿だ」という投稿とともに、フランスは悪魔に統治されているという主張の証拠にされた。
種明かしは拍子抜けするほど単純だ。温室の屋根は造形作家ダニエル・ビュレンが手がけたトリコロール仕様のガラスで、太陽光がどの色のパネルを通るかで、居合わせた人の顔は青にも白にも赤にも染まる。マクロン氏だけでなく、同じ場にいた他の人々も同様に照らされていた。事実関係としては、それだけの話である。
だが、この一件を「よくある陰謀論のオチ」として片付けてしまうと、見えなくなるものがある。この投稿をしたのは、フランスで最も活発な陰謀論者の一人だけではない。ロシアのプロパガンダを日常的に流すとされるアカウントや、国民連合の元議員も同じ映像を使い、対立相手を悪魔化するという、フランスでも米国でも近年目立ってきた政治的レトリックの型にはめ込んだ。つまりこれは「間違った事実」の問題であると同時に、「誰が、何のために、事実らしきものを作り出し、拡散する力を持っているか」という権力の問題でもある。
そう考えたとき、同じ時期にフランスで報じられた別のニュースが、急に隣り合って見えてくる。
ひとつは、欧州で再び広がる麻疹だ。欧州疾病予防管理センターの集計では、1年間に欧州で2,339件の感染例が報告され、感染者のほぼ4人に3人が未接種者だった。ベルギーでは2024年に526件の症例が確認され、2回目接種率は82%にとどまる。原因は医療アクセスの格差だけではない。反ワクチン的な言説がソーシャルメディア上で疑念を植え付け、「本当に必要なのか」「公的機関はすべて話しているのか」という問いを、脆弱な立場の人々に向けて静かに広げている。中東欧の当局はロシア発の関与を指摘するが、記事が強調するのは単純化への警戒だ。米国発の団体Children's Health Defenseがベルギーに拠点を構え、欧州議会では2025年10月に「Make Europe Healthy Again」という運動が極右会派の支援で始動した。外国由来の言説が持ち込まれ、地域の政治家に取り上げられ、いつの間にか「地元の主張」になっていく。誰が発信源かを一点に絞れないからこそ、対処が難しい。
もうひとつは、リヨン近郊ヴェニシューの市議選だ。不屈のフランス(LFI)のイディル・ブメルティ氏が25票差で決選投票を制していたが、リヨン行政裁判所は9月29日、対立する国民連合・共和主義右派連合の共同名簿が虚偽の住所を届け出ていたとして、選挙全体を無効にした。名簿代表には24カ月の被選挙権停止が言い渡された。LFI側は「不正義」だとして国家評議会に提訴する構えだ。ここで問われているのは、選挙結果という最も基礎的な「共有された事実」を、誰の不正がどこまで揺るがしたと見なすか、そしてその判断を誰が下すのかという線引きである。同じ週、オルレアンでは中傷的な動画の拡散を理由に国民連合の勝利が無効とされてもいる。事実そのものではなく、事実に至る手続きの正しさが、裁判所によって審査される時代になっている。
そして三つ目が、2027年度予算案をめぐる情報漏洩だ。『レ・ゼコー』が、利益分配金や従業員貯蓄制度への拠出金の一部を社会保険料の対象にするという政府の検討案を報じると、セバスチャン・ルコルニュ首相は異例の形で司法当局に通報し、パリ検察は職務上の秘密侵害の疑いで予備捜査を始めた。首相府は「報道機関を対象にしたものではない」と説明するが、全国ジャーナリスト組合は「この司法的圧力は情報源を沈黙させる可能性がある」と懸念を示した。ここにあるのは、政府内部の「事実」——まだ確定していない政策案という、いわば生煮えの事実——を、誰が公にする権利を持つのか、という問いだ。
ワクチン、選挙、予算案。分野はばらばらだが、並べてみると同じ骨格が透けて見える。ワクチンをめぐる偽情報では「誰が言説を制裁し、公衆衛生への信頼を再建するか」が、選挙不正では「誰が結果の正当性を判定し、違反者を処罰するか」が、予算リークでは「誰が秘密を管理し、情報源を守るか」が争われている。マクロンの赤い顔の一件は、この構造を戯画のように凝縮して見せてくれる——事実の検証それ自体は数分で終わるのに、なぜそれを信じない人がいるのか、そしてなぜそれを利用する人がいるのか、という問いだけが残る。
奇しくも同じ時期に公開が予定される映画『Digger』は、この状況をフィクションの側から照らしている。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督がトム・クルーズを起用して描くのは、世界を支配する億万長者が、自ら引き起こした破局を隠すために「物語」を作り替えていく姿だ。監督自身が語るように、これは「私たちが自分たちに語る物語と、絶えずその物語を揺さぶる現実との戦い」である。むろんこれは創作であり、フランスの現実の出来事と直接結びつく根拠はない。ただ、同じ週にこのテーマの映画が話題になっていること自体が、時代の空気を映す偶然として興味深い。
フランスとEUは、この種の問題を外国干渉対策やプラットフォーム規制という公共的な統治の枠組みで扱おうとする傾向が強いとされる。欧州デジタルメディア観測所のような機関が言説の出所を記録し、当局が名指しで注意を促す。選挙不正には裁判所が介入し、結果そのものを覆す。秘密の管理には検察が動く。良く言えば「事実の番人」を制度として持とうとする姿勢であり、悪く言えば、その番人自身が今回のジャーナリスト保護の懸念のように、異論や取材源を萎縮させる側に回りかねない危うさも抱えている。
これに対し、米国では表現の自由を重んじる法文化が規制の幅を狭める一方で、民間のプラットフォームや運動団体の影響力がむしろ大きくなる、とされることが多い。日本については、行政や企業の発表への信頼とSNS上の拡散が並行して存在し、情報源を法的に保護する議論は相対的に活発ではない、と言われることがある。どちらが優れているという単純な話ではなく、事実を誰が守り、誰がその守り方を監視するのかという設計そのものが、社会ごとに異なる答えを持っているということだろう。
フランスで今後、ヴェニシューの提訴が国家評議会でどう判断されるか、予算リーク捜査が報道の自由とどう折り合うか、そしてワクチンをめぐる言説規制が「検閲」と呼ばれずに機能するかどうかは、いずれもこの一点にかかっている。検証の制度が弱ければ陰謀論と恣意的な説明がやすやすと広がり、強すぎれば異論や取材源そのものが封じられる。信頼とは、誰かが正解を押し付けることではなく、根拠を示し、異議を申し立てる余地を残し、独立した目で点検し続けることによってしか、育たないのかもしれない。
あなたなら、偽情報から社会を守るための権限を、誰にどこまで委ねられるだろうか。裁判所か、政府か、プラットフォームか、それとも読者自身の判断か。
出典
- franceinfo (titres):Comment l'ingérence étrangère en Europe passe aussi par la désinformation sur la santé et les vaccins (2026/9/30)
- franceinfo (titres):"Digger" : Tom Cruise en milliardaire givré dans une farce catastrophe brillante signée Alejandro González Iñárritu (2026/9/30)
- franceinfo (titres):La justice annule la victoire de LFI aux municipales à Vénissieux, près de Lyon, en raison d'irrégularités sur la liste RN-UDR (2026/9/29)
- franceinfo (titres):Saisie par Sébastien Lecornu après des fuites dans la presse sur le projet de budget 2027, la justice ouvre une enquête pour violation du secret professionnel (2026/9/29)
- franceinfo (titres):Non, le visage d'Emmanuel Macron éclairé de rouge n'est pas un signe de Satan (2026/9/29)