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高校前で燃えたデオドラント缶と、地面に倒された市議――「抗議する権利」はどこまで守られるのか
社会

高校前で燃えたデオドラント缶と、地面に倒された市議――「抗議する権利」はどこまで守られるのか

フランス東部セレスタにあるリセ・コエベルレの前で、ある女子生徒は目の前で起きたことをこう語っている。「仲間が火を起こした。知り合いがデオドラントのボトルを炎の中へ入れた。爆発する噴霧剤が飛び、彼の腕に直撃した。彼は腕を覆う出血の中で走り出し、叫んだ。穴が開いていて骨が見え、私たちは皆ショックだった」。高校生の集会に集まった若者たちのあいだで、誰かが悪ふざけのように投げ入れたスプレー缶が、一人の同級生の腕を焼いた。負傷した生徒はストラスブールの病院に搬送された。授業は翌日も通常通り行われたが、同じことが二度と起きない保証はどこにもない。

この一件だけなら、集会での偶発的な事故として片づけられたかもしれない。しかし同じ時期、マルセイユの7区でも衝撃的な映像が拡散していた。バス停の柵が壊される騒ぎの中、黒ずくめの男がスプレーとライターを使い、通行人の女性の顔を至近距離で焼くという場面である。フランス・テレヴィジョンの検証部署は、位置情報と投稿時刻を確認し、この映像が実際に10月1日のマルセイユで撮影されたものだと裏付けた。検察と警察は捜査を開始し、被害者は被害届を提出している。ナントでは高校の校舎が放火されたという報道もある。これらが同じ数日のうちに、フランス各地の高校周辺で起きた。

ここで見過ごされがちなのは、この一連の出来事が「暴力事件の連続」としてだけ語られがちな一方で、その発端にあったのは、より良い就学環境、教員の交代補充、少人数学級を求める高校生たちの抗議だったという点だ。オルレアンのヴォルテール高校での封鎖も、教員組合が広く支持するこうした要求から始まっている。つまりこの運動は、少なくとも出発点においては、制度の不備に対する生徒たちの異議申し立てという、民主的参加の一形態として立ち上がったものだった。

ところが、現場に集まった高校生たちと並行して、顔を隠し目出し帽をかぶった「騒乱を起こす者」が紛れ込み、ごみ箱を燃やし、物を投げる。オルレアンの市議ジョナタン・ブリュノーは、消防車を通すために警察と交渉していた最中、警官に肩をつかまれ「議員だろうが、ほかのクズと同じだ」と言われ、識別番号の提示を求めたところ中指を立てられたという。この同じ警官によって足を引っかけられ転倒させられ、背中を警棒で殴られたと訴えている。医師は2日間の就労不能を認め、市議は告訴の手続きを進めている。トゥールでも、市長エマニュエル・ドニと国会議員シャルル・フルニエが、高校生と警察の指揮官との交渉の最中に警察の突入に挟まれる形になった。フルニエ議員は「秩序は別の方法で維持できるはずだ」と述べ、ドニ市長は声明で、フランスの治安維持の運用方針が、緊張緩和や対話を重視する他の欧州諸国の方針と対照的だと指摘している。

ここで浮かび上がるのは、地方議員が伝統的に担ってきた「調停役」という役割そのものが、現場で機能しなくなりつつあるという構図だ。デモ参加者と警察のあいだに立ち、怒りを鎮め、救急や消防が動けるようにする――そうした役割を果たそうとした議員自身が、警察から暴力を受ける側に回ってしまっている。これは個々の警官の問題というより、治安維持の優先順位が「対話」より「制圧」に傾いた瞬間に何が起きるかを示す、象徴的な出来事だと見ることもできる。ロワレ県庁は、取材に対して突入の理由も暴力に至った経緯も、いまだ説明できていない。

一方で、器物損壊という「結果」にどう責任を取らせるかという論点も同時に進んでいる。共和党の国民議会議員団長ロラン・ヴォキエは、オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏だけで2500万〜3000万ユーロと見積もられる被害を踏まえ、「壊した者が支払う」原則の適用を求めた。だがフランス政府自身の報告書が認めているように、2019年にこの制度が導入されて以来、実際に適用された例は一度もない。理由は単純で、顔を隠した集団の中から「誰が火をつけたか」を特定することがほぼ不可能だからだ。そこで政府が用意しているのが、破壊行為の現場に居合わせただけの人物にも、自分が何かを壊していなくても最大1万ユーロの支払いを求める「連帯責任」の法案である。ナンテールでの暴動後の損失が少なくとも8億ユーロ、黄色いベスト運動で約2億5000万ユーロと見積もられてきた過去の経験が、この制度拡大の背景にあるとされる。

この「連帯責任」という発想は、よく考えると重い問いを含んでいる。集団の中にいただけで経済的責任を負わされるとすれば、それは暴力を働いた個人の責任を追及することと、平和的に集まっていただけの参加者を萎縮させることの、どちらに近づいていくのだろうか。暴力を理由に運動全体を危険視し、集まること自体のコストを引き上げていけば、次に声を上げようとする高校生は、最初から集まることをためらうかもしれない。逆に、暴力行為者の特定と処罰だけを個別に積み上げていこうとすれば、今回のように誰が何をしたか分からないまま、被害だけが積み上がっていく現実も残る。

フランスにおいて学校封鎖や街頭での意思表示が、若者の政治参加の一つの形式として受け止められてきたという前提に立つなら、今回の一連の出来事は、その参加の回路と治安維持の権限とが正面から衝突した場面として読むことができる。これはあくまで筆者の解釈だが、フランス社会が繰り返し直面してきたのは、「抗議する自由」と「秩序を守る必要」のどちらを優先するかという二者択一ではなく、両者の境界線をそのつど引き直す作業そのものではないかと思える。

日本ではどうだろうか。学校を止めてまで行う集団的な抗議という形式そのものへの社会的な許容度は、一般に高くないと言われる。学習秩序や管理責任が優先され、生徒による街頭行動は例外的な出来事として扱われやすい、という通念もある。アメリカについては、表現の自由の保護が強いとされる一方で、学校の安全確保や警察の対応は地域によって大きく異なるとされることが多い。いずれも、今回のフランスの事例とは異なる前提の上に成り立っている社会だと言える。

この運動がこのあとどう扱われるかは、二つの道のどちらに進むかで大きく変わってくるはずだ。暴力の映像ばかりが拡散し、運動全体が「危険な集団」として語られ、取り締まりだけが強化されていく道。あるいは、生徒たちが求めていた教員の増員や学級規模の改善といった要求に、政治が向き合っていく道。教育相とされる人物が「高校生の運動が人質に取られている」と述べたと伝えられているように、政党間の思惑に運動が利用されているという見方もすでに出ている。暴力を働いた個人の責任を追及することと、平和的に声を上げた多数派の正当性を守ることは、本来両立しうるはずだが、それを現場でどう線引きするかという技術と政治的意志が、いま試されている。

壊した者にどこまで個別に責任を負わせられるのか。そして、その責任追及の網が広がりすぎたとき、声を上げる権利そのものが細っていく危険にどう向き合うべきか。読者であるあなたは、この二つの問いのあいだに、どこで線を引くだろうか。

出典

  • franceinfo (titres):Un adolescent gravement blessé au bras lors d'un rassemblement devant un lycée, "il y avait un trou, on voyait son os" (2026/10/3)
  • franceinfo (titres):Appliquer la loi du "casseur payeur" pour les dégâts en marge des mobilisations lycéennes comme le veut Laurent Wauquiez est-il si simple ? (2026/10/3)
  • franceinfo (titres):VÉRIFICATION. Blocage des lycées : une femme a-t-elle été brûlée au visage à Marseille par un émeutier ? (2026/10/3)
  • franceinfo (titres):Jordan Bardella, les lycées, la primaire du PS : le premier épisode du podcast "On/Off" (2026/10/3)
  • franceinfo (titres):"T'as beau être élu, t'es une merde comme les autres" : en marge des blocages des lycées, des policiers prennent à partie des élus locaux (2026/10/3)

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