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雨水タンクとビーバーダムと壊れた橋——「使われない余力」は誰の財布から出るのか
社会

雨水タンクとビーバーダムと壊れた橋——「使われない余力」は誰の財布から出るのか

パリ13区の共同菜園で、マリー=セシル・ヴェツェルは小雨の降るある日、来客に自慢げに見せるものがあった。裏手に置かれた容量1000リットルの雨水タンクだ。設置からもうすぐ10年、猛暑が続いた今年の夏の終わりでも、タンクの水はまだ半分以上残っている。「これがあれば、街の水道が止まっていても植物に水をやれる。市の水を使う量を減らせるんです」と彼女は言う。彼女は2基目の設置も検討しているという。

この何気ない庭の光景の背後で、今フランスでは雨水タンクの販売が「記録を更新」している。ナンシー近郊でタンクの販売・設置を手がけるAquacollect社の担当者によれば、今月提案した200基は2日で完売し、「毎年記録を破っている」という。猛暑と水不足が人々の危機感をあおり、そこに雨が戻ってきたことで、今がタンクを満たす好機だという実感が後押しする。Grand Paris Seine et Oise連合の会長は、450〜600世帯がタンクを導入すれば年間1万5000〜2万立方メートルの水道水が節約できると試算する。オリンピックプール8杯分というその量は、決して小さくない。

ここで見過ごされがちなのは、これが単なる節水テクニックの流行ではなく、「ふだんは半分余っている水」という冗長性を、個人の庭先に分散して持たせる仕組みだという点だ。行政が一括で巨大な貯水施設を作るのではなく、何千もの家庭と共同菜園が少しずつ予備の水を抱える。自治体の補助金がその分散投資を後押ししているのは、公共インフラの余力づくりを個人の負担に一部肩代わりさせている、とも読める。

同じ発想は、人間ではなく動物の仕事を見直すところにも表れている。ドローム県では、かつて河川管理の邪魔者として駆除され絶滅寸前まで追い込まれたビーバーが、いま水文学の師として扱われている。ビーバーはダムを作って水の流れを遅らせ、湿地をつくり、地下水を涵養する。プロジェクト責任者のセドリック・カデは、1965年にはこの場所に木が一本もなく川そのものだった場所を歩きながら、「下流へ、ローヌ川へ、海へと水が速く流れていく。まさに水の高速道路だ」と語る。人間はかつて、農地を広げ水を制御するために河川を直線化し、木を伐採し、流路を固定してきた。その結果、水は速く流れすぎるようになり、2022年には周辺のいくつかの村が飲料水を使えなくなる干ばつに見舞われた。いま進められている木製ダムの建設は、効率のために削り取った「遅さ」という冗長性を、自然の設計図を借りて取り戻す試みだ。

皮肉なのは、この国が水不足と水害の両方に同時に苦しんでいることだ。ピレネー=オリエンタル県は日曜日、雨と洪水の警戒レベルがオレンジに引き上げられる見込みだとメテオ=フランスが発表した。スペインから北上する活発な雨雲の帯が原因で、隣接するエロー県とオード県ではすでに警戒レベルが上下に揺れ動き、水曜日にはエローとガルドで赤警戒が出されるほどの豪雨があったばかりだ。水を溜める力と、水を逃がす力。本来これは矛盾しない、むしろ同じ「受け止める余白」の話のはずなのに、インフラの現場では別々の予算、別々の担当部局で語られがちだ、という見方もできる。

水や川だけが冗長性を問われているわけではない。通信の世界でも、フランスは30年以上使われてきた2Gネットワークの段階的停止を始めている。オランジュは10月20日までに2Gを完全停止する目標を掲げ、SFRとブイグ・テレコムも年末までに続く。3Gにも2028〜2029年という期限が決まっている。理由は明快で、複数世代のネットワークを並行維持するコストが見合わなくなり、空いた周波数を4G・5Gに回した方が合理的だからだ。だが、この「非効率な重複を削る」という判断のしわ寄せは、高齢者向けの遠隔支援機器や、一部の警報・遠隔監視システム、農業機器、そしてエレベーターの緊急通報装置に及ぶ。エレベーター連盟によれば、2025年末時点でフランス国内の約23万台のエレベーターが2Gで作動する遠隔警報装置を使っており、フランス本土には2026年6月末時点でなお170万台の2G専用端末が残っている。新しい規格に更新する費用を誰が負担するのか、誰がそれに気づかないまま取り残されるのか——これは効率化の裏側で必ず問われる宿題だ。

そして、冗長性が最も過酷な形で試されているのが、いまのウクライナだろう。キーウ市長ヴィタリ・クリチコは10月3日、首都の北橋がロシア軍の攻撃を受けたと発表した。車道とトロリーバスの架線が損傷し、ドニプロ川を渡る一方向の通行が遮断された。これは南橋が木曜・金曜に無人機攻撃を受け通行止めになったばかりの、わずか数日後の出来事だ。キーウには物流を支える主要な道路・鉄道橋が8本あり、2022年の侵攻開始以来、市当局はそのすべてが標的になり得ると警戒してきた。パトン橋とメトロ橋には攻撃報告こそなかったものの、市は金曜日にこれらの通行を制限し、AFPの記者は4本目のダルニツキー橋でも一時的な通行制限を確認している。平時なら「なぜ同じ川に8本も橋があるのか」と問われたかもしれない重複が、いまは都市の生死を分ける余力そのものになっている。

パリの雨水タンク、ドロームのビーバーダム、南仏の洪水警戒、2Gの停波、キーウの橋——並べてみると、ばらばらの出来事が一つの問いに収斂していくのが分かる。平時には「無駄」「非効率」「古い」と見なされるものの中に、危機の瞬間にだけ価値を発揮する余力が隠れている。そして、その余力を誰が、どんな名目で支払うのかは一様ではない。雨水タンクは個人の庭先と自治体の補助金で、ビーバーダムは公共事業の発想転換で、2Gの維持・廃止は通信事業者と利用者の負担の綱引きで、キーウの橋の複線化は国家の存続そのものを賭けた投資としてあった。

日本は地震や水害への備えという文脈で、ある程度の冗長性を公共投資として受け入れてきた社会だと一般に言われる。その一方で、人口が減っていく地域では、水道や鉄道をどこまで維持すべきかという線引きが避けられない課題になっている、とも言われる。効率と余力のどちらを優先するかという問いは、フランスの雨水タンクやキーウの橋と同じ構造を、形を変えて日本にも投げかけているように見える。

使われない時期には無駄に見える予備の水、予備の橋、予備の通信規格。それを支える費用を、平時のうちにどれだけ公共として引き受けておくべきなのか。あなたの街のインフラは、次の渇水や、次の豪雨や、次の予期せぬ衝撃に、どれだけの余白を残しているだろうか。

出典

  • franceinfo (titres):"On bat des records" : après les canicules et avec le retour de la pluie, les ventes de récupérateurs d’eau décollent (2026/10/3)
  • franceinfo (titres):VIDEO. Sécheresse : autrefois considéré comme nuisible, le castor inspire désormais agriculteurs et scientifiques pour solutionner la gestion de l'eau (2026/10/3)
  • franceinfo (titres):Les Pyrénées-Orientales placées en vigilance orange "pluie-inondation" dimanche (2026/10/4)
  • franceinfo (titres):Fin des réseaux 2G et 3G : votre téléphone, votre alarme ou votre ascenseur sont-ils concernés ? (2026/10/4)
  • franceinfo (titres):En Ukraine, un nouveau grand pont de Kiev touché par une frappe russe (2026/10/3)

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