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泣く子の像の前で祈った教皇、それでも埋まらない溝
社会

泣く子の像の前で祈った教皇、それでも埋まらない溝

9月27日の朝、ルルドの聖域には夜明け前から人が集まり始めていた。オート=ピレネー県の草原に設けられた広場は、昼までに約15万人で埋まる。前日のミサには80万人が集まったというから、この巡礼地の規模の大きさが伝わってくる。教皇レオン14世は群衆の前に姿を見せる前、ひとつの写真の前に立ち寄っている。「泣く子(L'Enfant qui pleure)」——2021年に設置された、涙を流す天使像を写したその写真は、教会内で性的虐待を受けた人々の苦しみを象徴するものだ。教皇はそこで祈りを捧げてから、大規模ミサへと向かった。

象徴的な行為だった。だが、その日の午後に予定されていたもうひとつの出来事のほうが、はるかに重い意味を持っていた。教会内の性的暴力の被害者7人との非公開の面会である。この面会をめぐって、フランスの被害者団体の間には静かな、しかし深い不満が広がっていた。

背景には、5年前に公表されたひとつの報告書がある。1950年以降、フランスの教会内で未成年だった被害者は約33万人に上ると推計するものだ。この数字を根拠に、団体ムーヴ・アンファンの会長アルノー・ガレは、教皇が7人(あるいはそれ以上であっても)と面会し祈るだけでは全く足りないと主張する。「私たちは大量の犯罪、場合によっては人道に対する罪に直面しています」と彼はフランス・アンフォに語り、教皇に対してこの問題を人道に対する罪として正式に認めるよう求めた。さらに彼は、エマニュエル・マクロン大統領がこの問題について沈黙し、被害者のそばに立とうとしていないことも批判している。大統領府に手紙を書いたが返事はなく、バチカン駐在のフランス大使館からは「教皇には会う時間がない」という返答が届いたとガレは主張している。

ここで見過ごされがちなのは、批判が「対応の遅さ」ではなく「対応の形式」に向けられている点だ。フランス国家認定・補償独立機関(Inirr)を5年間率いてきたマリー・ドラン・ド・ヴォークレソンは、7人という少人数での面会自体は理解できるとしつつ、こう指摘する。「7人と、もう少し多い人数との間には、選択肢があったはずです」。彼女が本来思い描いていたのは、ルルドに250人から300人が参加する二部構成の一日だった。個人同士の対話には対話としての価値がある。しかし、それでは「問題を組織的な側面にまで広げられない」。「性的暴力の組織的な性格が矮小化されています」という彼女の言葉は、この対立の核心を突いている。謝罪や面会は、一人ひとりの痛みには応えられても、なぜこれほど大規模かつ長期にわたって被害が生じ、なぜ組織がそれを許してきたのかという構造的な問いには応えないからだ。

面会に選ばれた被害者自身も、この緊張を意識していた。「私たちは、すべての被害者や、ルルドに来られない人々を代表するつもりはありません」と、7人は事前の共同声明で述べている。「対話することは、支持することを意味しません。面会を受けることは、私たちの要求を放棄することを意味しません」。この一文は、被害者たちが教皇との対話に応じながらも、それを組織への免罪符にはさせないという意思表示だと読める。実際、参加を辞退した団体もある。ベタラム校の被害者を代表するアラン・エスケレは、「選ばれるのは個々人で、集団が切り離されてしまう」と抗議し、カトリック系教育ネットワーク「ラ・サール」の被害者を束ねるフィリップ・カレは、こちらの申し入れに返答すらなかったとして「途方もない茶番」と切り捨てた。

それでも教皇はこの日、司教たちに向けて「傾聴、真実の追究、正義、赦し、賠償、そして予防の文化に向けた断固たる取り組み」を続けるよう求め、「最大限の警戒を保ちながら、始めた道を歩み続けることが必要です」と語った。フランス司教協議会のジャン=マルク・アヴリーヌ枢機卿も、まず「被害を受けた人々の視点」へとまなざしを移すことの重要性を強調している。言葉としては誠実に響く。だが被害者たちが求めているのは、言葉の誠実さそのものではなく、それが検証可能な仕組みへと変換されることだ。フランスでは実際に、Ciase(教会内性的虐待に関する独立委員会)による調査、そしてイニールという被害認定・補償の専門機関が設けられ、設立以来1969件の申請を受けてきたという経緯がある。委員長を務めたジャン=マルク・ソベは、今回の面会について「別の面会形式を想像することもできた」と認めつつ、それでも「世界各国のカトリック教会で起きたことの重大さを示す、非常に重要なシグナルだ」と評価している。独立した第三者機関が既に存在するフランスでさえ、当事者たちは「まだ十分ではない」と声を上げ続けているのである。

この構図を離れて考えると、組織が長年の加害とどう向き合うかという問いは、宗教という枠を超えて普遍的なものに見えてくる。日本では、組織内で起きた被害への対応が内部調査や個別の救済にとどまりやすく、第三者性をどう確保するかが課題になりやすいと言われることがある。独立機関が被害を認定し補償を担うという仕組みが定着しているかどうかは、被害者が「聞いてもらえた」で終わるか、「制度が変わった」まで進めるかを分ける分水嶺になるのかもしれない。米国では、訴訟や和解、時に組織の破産手続きといった法的な圧力が責任追及を動かす場面が大きいとされる。謝罪の言葉の代わりに、法廷という強制力が組織を変化させてきた面があるということだろう。フランスの今回のケースは、その中間にある。独立機関はすでに存在するのに、それでも「面会の人選」という一見小さな運営上の判断が、被害者たちの信頼を大きく揺さぶっている。

レオン14世は今後もこの問題に「警戒を保ちながら」向き合うと述べた。だが被害者たちが問うているのは、教会が何を「感じているか」ではなく、何を「変えるか」だ。被害者参加の範囲、外部監査の有無、面会の記録が公開され検証される仕組みがあるかどうか——そうした具体的な手続きの積み重ねだけが、謝罪を制度的な責任へと変換できる。

もしあなたが所属する組織が、長年見過ごしてきた加害の存在を認めたとして、あなたはその組織の「謝罪」を、いつ、何をもって信じられるようになるだろうか。

出典

  • franceinfo (titres):VIDEO. "C'est un scandale sans nom" : Arnaud Gallais, victime de violences sexuelles, dénonce l'insuffisance de la prise en compte de ce fléau dans l'Eglise par le pape Léon XIV (2026/9/27)
  • franceinfo (titres):Le pape Léon XIV encourage l'Eglise de France à "poursuivre" son action face au "douloureux fléau" des violences sexuelles (2026/9/27)
  • RFI France:EN DIRECT - Le pape Léon XIV célèbre la messe dominicale à Lourdes devant 150 000 fidèles (2026/9/27)
  • franceinfo (titres):"On minimise la dimension systémique" : pourquoi la rencontre du pape Léon XIV avec sept victimes de violences sexuelles provoque des crispations (2026/9/27)
  • franceinfo (titres):DIRECT. Visite du pape à Lourdes : Leon XIV encourage l'Eglise de France à "poursuivre" son action face au "fléau" des violences sexuelles (2026/9/27)

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