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あなたが返信しなかったメールが、AIへの同意になる
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あなたが返信しなかったメールが、AIへの同意になる

2026/9/19

2026年8月、真夏の休暇シーズンに、Doctolib(ドクトリブ)の利用者数百万人のもとに一通のメールが届いた。「テクノロジーが医療従事者の日常を刷新し、一人ひとりがより健康に暮らせるよう支援できると考えています」。そう書かれたメールは、AIを使った医療研究所のために、利用者の「人口統計データおよび健康データ」を使うと告げていた。異議を唱えなければ、同意したものとみなされる。フランスの弁護士ジュリエット・アリベールが指摘するのは、この仕組みの目的が「不明確」だという点だ。公共の利益のための研究なのか、それともDoctolibという一企業のツール開発、つまり事実上の商業目的なのか。利用者の一人はもっと率直にこう読み解いていた。自分のアカウントに紐づく家族全員、子どものデータまで、黙っていれば持っていかれる、と。

この夏、フランスで報じられたAI関連のニュースを並べてみると、Doctolibの一件は決して孤立した出来事ではないことが見えてくる。雇用、軍事、データセンターの立地、そしてポップカルチャーの中の宇宙人信仰――表面的には何の関係もないこれらの話題が、実は同じ一つの問いを別の角度から映し出している。技術が急速に力を持つとき、人間の「判断」「仕事」「自己決定」は、誰の手に残るのか。

まず雇用の話から見てみよう。フランスの信用保険会社Cofaceは、AIによって約五百万件、雇用の六分の一が脅かされていると報告した。これに対し経済学者アントニン・ベルゴーは、「生成AIの進展にもかかわらず、雇用率は低下していない」と反論する。多くの職業は「深く変化する」が「消えることはない」というのが彼の見立てだ。どちらの数字が正しいかを決めるのは本稿の役割ではない。むしろ注目したいのは、この議論そのものがフランスでは公共の場で交わされているという事実だ。Cofaceのような機関が脅威を数値化し、政府の経済分析機関に属する経済学者がそれに応答する。雇用への影響は、企業の内部問題ではなく、国家が引き受けるべき公共政策の対象として語られている。

同じ論理は、もっと過激な形で軍事の分野にも現れている。ウクライナの前線では、AIに能力を高められたドローンが標的を自ら発見し、識別し、攻撃を開始するかどうかまで判断する。米陸軍参謀総長ダン・ケインは、ロシア軍新兵の「戦闘に送られてからの平均余命が20〜30分を超えない」現実を「衝撃的だ」と評した。2026年2月、米軍がイランへの介入を始めた最初の48時間で攻撃した標的の数は2,000。2014年にイラクとシリアで同数の標的を攻撃するのに有志連合が要した期間は6か月以上だったという。ここで起きているのは、単なる兵器の高度化ではない。攻撃するかどうかという、人間にとって最も重い判断の一部が、システムの計算速度に委ねられているということだ。判断の主体が誰なのかという問いは、戦場ではもはや抽象論ではなく、数分単位の現実になっている。

こうした判断や計算を大量にこなすAIは、当然ながら物理的な基盤を必要とする。ロシアがシベリアと極東にデータセンターを集めようとしているのは、寒冷な気候が「フリークーリング」によって冷却コストを下げ、豊富な電力があり、しかも中国に近いからだ。西側の制裁で先端技術へのアクセスが制限される中、計算能力をどこに置くかは、もはや効率の問題ではなく「技術主権」の問題になっている。フランスでも事情は似ている。約300か所のデータセンターが電力消費の約2%を占め、2035年には4%に達すると見込まれている。AIは抽象的な知性である以前に、土地とメガワットと寒さを奪い合う産業なのだ、という見方もできる。誰がその資源を握るかが、誰がAIを動かせるかを決めていく。

そして最後に、少し毛色の違うニュースを置いてみたい。米国の調査では、18〜29歳のZ世代の54%が「以前より宇宙人の存在を信じるようになった」と答え、これはベビーブーマー世代の2倍以上だった。フランスでも18〜24歳の19%が、ピラミッドは宇宙人が建てたと考えている。ここに直接AIは登場しないが、記事が指摘するのはTikTokのようなプラットフォームが同じ主張を繰り返し推薦する「エコーチェンバー」構造であり、米国防総省が説明のつかない映像を公開し続けることで生まれる制度不信である。何が真実かを判断する材料そのものが、アルゴリズムによって選別されているという点で、これもまた「判断の外部化」の一種だと言えるだろう。

こうして並べてみると、Doctolibの同意メールも、Cofaceの雇用予測も、ウクライナのドローンも、シベリアのサーバーラックも、TikTokの宇宙人動画も、一つの共通した構図を持っていることが見えてくる。技術やシステムが先に動き、人間の同意・判断・雇用はその後から追いつく形で処理される、という構図だ。異議を申し立てなければ同意とみなされる医療データ、消えると決まっているわけではないのに脅威として先に数値化される雇用、判断の速さゆえに人間の承認を待たずに完了する攻撃――順番が逆になっているのだ。

フランスがこの問題を扱う際の特徴は、これを企業対利用者という個別の話ではなく、国家やEUが調整すべき公共の統治課題として捉える傾向が強いという点にある。RGPD(一般データ保護規則)がDoctolibの同意の設計を法的に問題化できるのも、CofaceやCAE(経済分析評議会)のような機関が雇用への影響を公の場で論じるのも、この枠組みがあるからだろう。一般に、米国では技術革新と市場競争が先行し、企業の責任や調整は事後の訴訟や規制で行われることが多いと言われる。日本では、人手不足への対応としてAIの導入がまず語られやすく、データ利用の同意や労働者の交渉力をどう確保するかという議論は、個別の業界や制度ごとに後追いで対応されがちだという指摘もある。どちらが優れているという単純な話ではないが、「誰が先に判断の枠組みを作るか」という順序の違いは、結果として利用者や労働者が持つ選択の実質を左右していくはずだ。

これから起きるのは、AIが仕事の内容、医療データへのアクセス、戦場での責任の所在、そして計算基盤に注ぎ込まれる電力の配分を、同時に組み替えていく過程だろう。フランスのデータセンターが消費電力の4%を占めるようになる未来、軍事的な自律システムがさらに標準化される未来、Doctolibのような企業が「研究」と「商業」の境界をどう自ら定義し直すか。いずれも、技術を持つ側だけでなく、それを使われる側がどこまで統治に参加できるかによって、まったく違う姿になる。

あなたが最後に「同意する」を押した、あるいは押さずに黙っていたのはいつだろうか。便利さを選ぶとき、私たちは自分の仕事・身体・判断のどこまでを、気づかないうちに企業やシステムに委ねているのだろうか。

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