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18歳への手紙、英国製ドローン、そしてガザの工程表——安全保障はどこまで境界を越えるのか
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18歳への手紙、英国製ドローン、そしてガザの工程表——安全保障はどこまで境界を越えるのか

2026/8/19

2026年1月、ドイツで18歳になった男性たちの家に、一枚の質問票が届く。「兵役に関心がありますか」という問いに答えなければならない。女性は任意だが、男性は全員が対象だ。さらに17歳から45歳までの男性は、3カ月を超えて国外に滞在する場合、軍への届け出が義務づけられる。徴兵制ではない。あくまで志願制の枠組みのなかでの措置だが、国家が一人ひとりの若者の生活に静かに手を伸ばし始めている、という事実は変わらない。

この質問票の背景にあるのが、ドイツ軍の兵員拡大だ。2026年7月末時点でドイツ軍は18万6700人に達し、これは13年ぶりの高水準だという。応募者数は前年比26%増、新規採用者数も12%増えた。国防省はこれを「軍が魅力的な雇用主であることの証」だと胸を張るが、伝統的に平和主義的とされてきたドイツで、兵役に反対するデモがここ数カ月相次いでいるという事実も同時に報じられている。フリードリヒ・メルツ首相は、ドイツを通常戦力で欧州最強の軍隊にすると公言しており、2026年の目標であった18万6000人はすでに達成した。しかしNATOが求める規模は、2035年までに現在の2倍を超える兵員数だという。志願制でそこに届かなければ、徴兵制の導入が検討される。つまりこれは、ロシアという脅威に対する備えであると同時に、「国を守るために、市民の自由な選択をどこまで制約してよいか」という問いを、静かに、しかし確実に前へ進める動きでもある。

この問いは、兵員の数だけの話では終わらない。英国の新聞は、英国企業2社――そのうち1社はBAEシステムズの子会社だという――が製造し、ウクライナに供与したドローンが、ロシア領内の軍事・産業施設への攻撃に使われたと報じた。これを受けて在英ロシア大使館は、英国を攻撃の「共犯者であり共同立案者」と呼び、関与が深まるほど「支払うべき代償は高くなる」と警告した。英国国防省は、ロシアの「違法な侵攻」から自衛するためにウクライナが必要な装備を提供する決意に変わりはないと応じている。ここで問われているのは、装備を供与する国が、どこまでその使用の結果に対して当事者性を持つのか、という境界線だ。英国は自国の兵士を前線に送っているわけではない。しかし自国の企業が作った機体が、他国の領土深くを攻撃している。戦争と平時、当事国と支援国の境界は、ドローンという道具によって、以前よりずっと曖昧になっている。

この曖昧さは、中東でも別の形で表れている。イスラエルは、シリア北西部イドリブ県にある軍用空港を空爆したとされ、これに対してシリア政府だけでなく、米国のシリア担当特使トム・バラック氏までが「地域の安定に何ら寄与しない、不必要なエスカレーション」だと批判した。シリアは国連安全保障理事会に対応を求め、イスラエルは記事掲載時点で反応していない。2024年末にバシャール・アル=アサド政権が崩壊して以降、イスラエルはシリアに数百回の空爆を行い、ゴラン高原の緩衝地帯にも部隊を展開して「安全地帯」を設置しているという。同盟国である米国からさえ「行き過ぎ」だと指摘される攻撃を続けられるのは、自国の安全保障を最優先に置く論理が、他国の主権よりも上位に置かれているからだろう――これはニュースそのものではなく、そこから読み取れる構図としての解釈だが、繰り返される空爆と、それに対する非難の応酬という事実の並びは、その構図を裏づけているように見える。

そしてこの「安全保障の論理」は、当事者の政治的生存とも深く結びついている。ネタニヤフ首相は10月27日の総選挙を前に、党内投票で自身に近い候補者を多数上位に送り込んだ。世論調査ではリクードの議席が32から22へ減る可能性が示されているが、党内での人気は依然高い。首相はガザでの戦争、ヨルダン川西岸での入植政策、汚職裁判、そして国際刑事裁判所が発付した戦争犯罪容疑の逮捕状という、複数の批判を同時に受けている。それでも米特使ジャレッド・クシュナー氏との会談後、ハマスは合意されたガザ和平プロセスへの関与を改めて表明した。ハマス側は「イスラエルが7月の工程表を正式に承認していない」と主張し、ネタニヤフ首相はハマスの「真の」武装解除を条件にその工程表を拒否している。クシュナー氏は30日以内の武装解除開始に期待を示したが、そこには双方の協力が必要だと自らも認めている。国際刑事裁判所の逮捕状という、国際法が個人に及ぼしうる最も強い制約の一つが存在しながら、当事者は選挙を戦い、和平プロセスの当事者として振る舞い続けている。この矛盾こそが、いまの中東における安全保障と国際法の緊張関係を最も鮮明に示しているのではないか。

これらの出来事は、地理的にも文脈的にもばらばらに見える。しかし並べてみると、共通する一本の線が浮かび上がる。ドイツは市民の自由な選択と国家の兵員需要の境界を、英国は支援と参戦の境界を、イスラエルは自国の安全と他国の主権の境界を、そしてネタニヤフ首相個人は国際法の制約と政治的生存の境界を、それぞれ試されている。安全保障という名のもとで、どこまでが正当な自衛で、どこからが境界の踏み越えなのか——その線引きは、当事国の内部でさえ一致していない。

フランスやEU諸国は、ウクライナ戦争を受けて防衛能力と「欧州主権」の強化を急いでいるとされる。これは今回のニュース群には直接描かれていないが、ドイツの兵員拡大やNATOの数値目標という文脈から読み取れる、欧州全体の空気だと考えてよいだろう。隣国の再軍備を、歴史的な警戒感とともに眺めつつ、同時に自国も同じ方向へ進まざるを得ない――そうした二重の視線が、ドイツの動きを報じるフランスの記事の背後にはあるのかもしれない。

日本の読者にとって、この一連の出来事はどう映るだろうか。日本は一般に、憲法上の制約と米国との同盟を軸に安全保障を考える傾向が強いとされる。徴兵制の質問票が家庭に届くドイツの光景も、支援した装備が他国領内への攻撃に使われる英国の状況も、多くの日本人にとっては距離のある話に感じられるかもしれない。しかし専守防衛という枠組みも、無人機や越境的な攻撃・破壊工作が増えるなかで、「どこまでが防衛で、どこからが加担なのか」という同じ問いに、いずれ直面することになるはずだ。米国では、同盟国への軍事支援や世界的な軍事関与そのものが国内政治の争点になっているとされる。安全保障をめぐる線引きが、有権者の一票によって左右されるという点では、イスラエルの状況と地続きなのかもしれない。

無人機による越境攻撃や破壊工作が拡大するほど、戦争と平時、軍事目標と生活空間の境界は薄くなっていく。国際法と民主的な統制がその流れに追いつけなければ、安全保障は「例外」ではなく「常態」になってしまうかもしれない。ドイツの18歳が受け取る一枚の質問票も、英国企業が作ったドローンも、シリアの空港も、ネタニヤフ首相への逮捕状も、その常態化がどこまで進んでいるかを測る、それぞれ異なる目盛りなのだと思う。

自国を守るための軍事的な例外を認めるとき、私たちは何を越えてはならない境界として残すべきだろうか。

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