
電気代の請求書とG20の集合写真、その両方に映り込むロシア
2026/9/2
もしこの夏、あなたがフランスに住んでいて電気やガスの請求書を開いたなら、去年より少し重くなった数字に気づいたかもしれない。欧州統計局が9月1日に発表した速報値によると、ユーロ圏の8月のインフレ率は前年同月比3.3%。7月の2.9%から一段と上がり、3年ぶりの高水準になった。原因はエネルギー価格で、前年同月比14.3%という跳ね上がり方をしている。食品は横ばい、サービスの伸びはむしろ鈍化しているのに、エネルギーだけが突出して上がっている。
この数字を「中東で戦争が起きているから」という一文で片付けるのは簡単だ。実際、記事はそう説明している。7月初めに米国とイランの間で敵対行為が再び始まって以降、原油価格が上昇し、それがユーロ圏の家計の請求書にまで届いている。だが、この一本の因果の線をたどっていくと、同じ数日間に報じられた他のニュースが、実は無関係ではないことに気づく。ドイツの空港をめぐる「ハイブリッド攻撃」の認定、G20の会議室に現れたロシアの財務相、そしてキルギスの首脳会議からイラン大統領が発した呼びかけ。さらには、アップルの新しいCEOが直面する半導体依存の悩みまで。一見バラバラなこれらの出来事は、実は同じ問いをめぐって回っている。対話と制裁と経済的な結びつきは、本当に平和や安全を支えられるのか、という問いだ。
9月1日、ドイツのドブリント内相は、8月初旬にライプチヒ空港で起きた爆発物搭載ドローンの事案について「ロシアに責任がある」と発表した。ライプチヒ空港はドイツ軍やNATO、ウクライナへの兵站支援にとって重要な拠点で、事案の際には運航が一時停止され、報道機関はウクライナの貨物航空会社の機体のすぐそばを爆発物処理ロボットが走行する映像を伝えている。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は「EUの結束」を訴え、ドイツはこれを受けてボンのロシア総領事館とベルリンのロシア文化センターの閉鎖を決めた。
ここで興味深いのは、閉鎖されたのが「総領事館」と「文化センター」だという点だ。軍事施設でも大使館そのものでもない。空爆や兵士の動員ではなく、外交的・文化的な接点を断つという形で、国家は「ここまでは受け入れられない」という線を引いている。安全保障の話をしているのに、対応は外交儀礼や文化交流の水準で行われる。この非対称性こそ、いまのヨーロッパが直面している現実なのだろう、と筆者は思う。
同じ論理は、米国アシュビルで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議にも表れていた。ロシアのシルアノフ財務相が、米国側の招待でこの場に姿を見せた。EUの経済担当委員ドンブロフスキス氏は「今はロシアの存在を正常化する時ではない」と述べ、ドイツのクリングバイル財務相も「憂慮すべきシグナル」だと語った。結局、EUの求めによってシルアノフ氏は恒例の「家族写真」からは外された。会議室の中には入れるが、集合写真には写れない。これもまた、完全な排除でも完全な受け入れでもない、中間的な線引きだ。
この中間的な姿勢は、フランスやEUが繰り返し取ってきたものに見える。対話のテーブル自体は壊さない。しかし、その出席を「平常運転に戻った」というメッセージにはさせない。招待するかどうかを決めるのは米国であり、そこに温度差が見え隠れする。ベッセント米財務長官はシルアノフ氏と会談できたと記事は伝えている。制裁を科す側であるはずの国々の足並みが、実はそろっていない。この点は、読者が「西側は一枚岩でロシアに対応している」と考えているなら、修正しておく価値がある事実だ。
そしてイランだ。ペゼシュキアン大統領は、上海協力機構首脳会議の場から、米国が6月の合意議定書に復帰すればイランも戦争終結への約束を直ちに再開する、と呼びかけた。これは1カ月の小康状態のあと、米国とイランの敵対行為が再び始まった翌日の発言だった。合意はいったん結ばれ、数週間で崩れた。ここでも見えてくるのは、対話のドアが完全には閉じられていないという事実である。戦争と交渉が同時並行で進み、どちらか一方に完全に振り切れることがない。なぜこうなるのか。おそらく、当事国のどちらにとっても、完全な断絶は完全な勝利よりコストが大きいからではないか、というのが筆者の推測だ。
ここまでの三つの出来事――ドイツの領事館閉鎖、G20の集合写真、イランの呼びかけ――に共通しているのは、安全保障が「戦うか、和解するか」という二択ではなく、外交儀礼、会議への参加資格、経済協定の履行というグラデーションの中で管理されているという構造だ。そしてそのグラデーションを維持するコストを、実際に払っているのは誰か。答えの一端が、あの3.3%というインフレ率に表れている。原油価格の上昇という形で、対立のコストは制裁を科す側の一般市民の請求書にも回ってくる。制裁や対立を続けるという政治的選択は、どこかで必ず生活コストとして跳ね返ってくるのだ。
この構図は、アップルの新CEOが向き合う課題にも重なって見える。記事によれば、アップルはMacやスマートフォンに使う半導体のほぼ全量をアジア、とりわけ台湾から調達しており、AI需要の急拡大でチップの争奪戦が激化し、調達コストが上がっている。これは軍事や外交とは無縁の、いち企業の経営課題として報じられたニュースだ。しかし、特定の地域への依存が、地政学的な緊張によって突然コストや供給リスクに変わりうるという点では、ユーロ圏のエネルギー価格上昇とまったく同じ構造を持っている。海の向こうの対立が、手元の製品価格や企業の株価に直結する。安全保障とは、もはや国境線の防衛だけの問題ではなく、誰から何を買い、誰と会議のテーブルを囲むかという、日常的な選択の積み重ねになっているのではないか。
日本にとってこの構図は他人事とは言いにくい。海上輸送路や半導体の供給網への依存度が高いとされる日本では、経済安全保障が同盟関係や供給網の再編と結びつけて語られることが一般に多い。今回のアップルの事例が示すように、特定地域への依存はいざというときの脆弱性そのものになる。米国は制裁と軍事力と市場アクセスを同時に使い分けるとされ、そのぶん国内の物価動向や選挙の空気が外交姿勢を左右しやすい面があると言われる。フランスやEUが「対話の場は残すが、正常化とはみなさない」という微妙な線を保とうとするのに対し、そもそもその線引きをどこに引くか自体が、国内政治の状況によって揺れ動くという構造は、どの国にも共通しているのかもしれない。
この先、ユーロ圏の中央銀行が追加の利上げに動けば、住宅ローンや企業の借り入れコストにも波及するだろう。G20のような国際会議で、ロシアのような当事国をどう扱うかという線引きは、今後も会議のたびに繰り返される小さな外交戦になっていくはずだ。そしてイランと米国の間の合意が再び結ばれるのか、崩れたままになるのかによって、原油価格、ひいては私たちの電気代もまた動き続ける。
相手を孤立させる政策が、巡り巡って自分たちの生活コストも押し上げるとき、民主主義社会はその負担をどう説明し、どこまで受け入れ続けられるのだろうか。読者のみなさんなら、電気代の値上がりと、遠い国の会議室で交わされる駆け引きのあいだに、どんな折り合いをつけるだろうか。