
国外退去も、ドローン警報も、招集された「普通の市民」も──ヨーロッパの安全保障はどこまで日常に入り込むのか
2026/9/4
画面の右半分に、モスクワにいるはずのロシア人論客の顔が映っている。下にはテロップ。「Xenia Fedorova、『L’Heure inter』に復帰?」。司会者は「フランス政府が彼女の滞在を阻んでいるため」と説明し、ビデオ通話での出演再開を告げた。9月2日、パリのCNewsのスタジオで起きたのは、そういう場面だった。国外退去命令から1カ月余り、資産も凍結されたはずの人物が、画面の向こうから戻ってくる。
奇妙なのは、これが法的に「まったく問題ない」とされている点だ。グルノーブル・アルプ大学の公法学者セルジュ・スラマは、国外退去命令は表現の自由を奪うものではなく、国家は国外から発信する人の発言を止められないと説明する。国境を越える通信手段がある限り、国外退去には限界がある――専門家の指摘は率直だ。ただし、批判的検証もなく一方的な内容が続けば、放送規制当局アルコムが動く可能性は残る。つまりここにあるのは、明確な違法/合法の境界ではなく、「どこまでなら許されるか」という灰色の領域そのものだ。欧州議会議員ヴァレリー・エイエが「これはロシアが仕掛けているハイブリッド戦争だ」と呼ぶとき、彼女が問題にしているのは一つの番組ではなく、この灰色領域が制度の隙間として使われ続けることの方だろう。
同じ週、灰色領域は空にも広がっていた。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が「ロシアの空に安全な日は終わった」と述べた翌日から二晩連続で、モスクワからサラトフまでロシアの主要空港で数百便が欠航・延期された。大統領は民間航空を標的にしているわけではないと説明しながら、同時に「ドローンで満ちた空に居場所がない」とも語った。この二枚舌のような言い回しが、トルコの航空会社を含む複数の便を欠航させるのに十分だったという事実は重い。プーチン大統領はこれを「国家テロの宣言」と呼び、国際民間航空機関は逆に「民間機が攻撃や交戦に巻き込まれるリスクの高まり」を認めた。誰が悪いかという以前に、言葉ひとつで空の安全という前提が揺らぐ状況が、すでに現実になっている。
デンマークの情報機関が明らかにしたのは、さらに別の広がり方だ。ロシアは同国の国防産業を標的とする破壊工作を「積極的に」準備しており、その手口はソーシャルメディアで「普通のデンマーク人」を勧誘し、標的の写真を撮らせるというものだという。長官はあえて手法を公表した理由について「映画に出てくるようなスパイ活動に見える必要はない」と述べた。裏を返せば、脅威はもはや専門の工作員だけの話ではなく、市民の日常的なSNS利用の延長線上に忍び込んでくるということだ。ライプチヒ・ハレ空港の爆発物搭載ドローン事件で特定された2人の容疑者――ロシア生まれでラトビア旅券を持つ男と、ベラルーシ国籍でロシア旅券も所持し、イタリアの観光ビザで入国した男――も、ドイツ内相アレクサンダー・ドブリントの言葉を借りれば「使い捨て」の工作員だった。国家の指示を受けながら、身分としては市井の旅行者に紛れ込む。国家と個人の境界が意図的にぼかされているのなら、対抗する側もまた、どこまでを「敵」とみなすかの線引きを迫られる。
この線引きの難しさを、NATO元事務次長補カミーユ・グランは率直に語っている。加盟国が攻撃されれば全体で対応するという第5条は、いわば「最後の手段」であり、NATO史上発動されたのは一度だけだという。それに至る前段階として重要なのは、攻撃者の特定、ドローン探知、情報共有、加盟国間の協議――つまり、行動する前にまず「言葉を与え、冷静に対応する」ことだと彼は強調する。この慎重さは、裏を返せば、証拠と手続きを飛ばして反応すること自体への警戒でもある。
この一連の出来事に共通しているのは、安全保障の「グレーゾーン」が、メディアの多元性、民間航空の安全、市民の日常、国家間の軍事同盟という、本来別々の制度に横断的に染み出しているという構造だ。フランスでは国外退去という行政措置が表現の自由の壁にぶつかり、ドイツでは観光ビザという開かれた制度が工作員の入国経路になり、デンマークではSNSという市民生活のインフラが動員の窓口になる。制度が善意で作られたものであるほど、それを悪用する側にとっては都合がよい――この皮肉は、日本で防衛力や経済安全保障の強化が語られるときにも、一般に共有されうる論点だろう。ただしその場合も、対策の対象がどこまで広がり、誰がどんな根拠で判断し、どんな第三者機関がそれを検証するのかという手続きの設計こそが、実効性と自由のバランスを左右するはずだ。フランスの事例が示すように、法律家が「刑事上の違反はない」と認めた瞬間にこそ、制度の限界が可視化される。
欧州が今直面しているのは、脅威が実在するという事実と、それに対する反応が際限なく広がっていく危うさが、同時に真実であるという状況だ。今後、こうした「灰色の攻撃」が繰り返されるほど、各国は監視の網を広げ、退去や制裁、放送規制の対象を増やしていくだろう。それは市民を守る手段であると同時に、いつの間にか例外的措置が日常になっていく道でもある。
あなたなら、安全を守るための措置に、どれだけの証拠と第三者による監督を求めるだろうか。