ガラス瓶が飛んだ夜、フランスは「表現の自由」を二つに引き裂いた
2026/8/2
7月18日、DJバルバラ・ブッチは、開始からわずか20分でマイクを止めることになった。市当局と本人の説明によれば、観客席から意図的に投げつけられたガラス瓶が飛んできたのだという。彼女は、以前イスラエル大使公邸での行事に参加したことや、反ユダヤ主義対策を掲げるヤダン法案(後に撤回)を支持する意見書に署名したことを理由に、親パレスチナ派の活動家から標的にされていた。
このコンサート中断から2週間足らずのうちに、フランスの文化相カトリーヌ・ペガールは、芸術活動の妨害に対する制裁を強化する2通の通達を準備していると発表した。県知事と司法当局に宛てられ、内相と法相がそれぞれ共同署名する見込みだというこの通達は、2016年に制定された「創作の自由、建築、文化遺産に関する法律」を、実際の現場でもっと使えるものにするための措置だ。「公演妨害罪は存在する。コンサートの開催を妨げる者は、制裁を受ける可能性がある」と、ペガールは述べている。
ここで立ち止まって考えたいのは、同じ「表現の自由」という言葉が、この夏のフランスで少なくとも二つの、互いに矛盾するとさえ言える文脈で使われていたことだ。
一方には、バルバラ・ブッチのように「表現する側」を、妨害から守ろうとする動きがある。もう一方には、「表現された内容」そのものが誰かを傷つける場合に、どう対処するかという問題がある。エヌ県マルボのフェリアで人種差別的な歌を歌った22歳から27歳の男性5人は、公然侮辱と差別扇動の疑いで訴追され、8月半ばに検察官の代理人の前に呼び出される。ただし彼らに科されるのは懲役刑ではなく、差別撲滅をテーマとする市民教育研修だ。5人は事実を認め、逮捕前から市役所への謝罪の書簡を送っていたという。県知事、市役所、オンラインヘイト対策の国家部門、そして国際反人種差別・反ユダヤ主義連盟(LICRA)まで、複数の機関がこの一件に関わった。歌を「改変」された元曲のグループも著作権侵害で告訴しているというのが興味深い。差別と著作権が、同じ事件の中で並んで扱われているのだ。
つまりフランスは、表現を守ることと、表現が生む害を防ぐことの両方を、同時に、しかも同じ夏に、国家の仕組みとして動かそうとしている。文化相が「検閲への防波堤」を語る一方で、検察は差別発言をした若者に研修を課す。これは矛盾ではなく、むしろ「表現の自由には限界がある」という共和主義的な発想の、二つの現れなのだろうと私は見ている。表現そのものは守られるべきだが、それが誰かの尊厳を踏みにじる形を取ったとき、国家は教育というかたちで介入する権利を持つ、という考え方だ。
この二重の課題が、国境を越えるとまったく違う顔を見せる。英国のバンド、マッシヴ・アタックは、シンガポールでのコンサート中にメンバー2人がパレスチナ国旗を掲げ、「Free Palestine」と叫んだ。シンガポールでは外国の国旗を公に掲示するには許可が必要とされており、警察は2人に厳重な警告を発し、シンガポールへの再入国と今後の公演を禁止した。ボーカルのロバート・デル・ナジャは4月にも、英国で禁止された団体を支持するロンドンのデモで逮捕されている。ここでは表現の中身の善悪以前に、政治的シンボルを公共の場に出すこと自体が、秩序維持の名のもとで規制の対象になる。フランスが「妨害からどう守るか」「差別にどう対処するか」という是非を問うているのに対し、シンガポールは「そもそもその表現行為が許可された範囲に収まっているか」という手続き論で処理してしまう。表現の自由という概念そのものの幅が、最初から違う設計になっているのだ。
少し毛色の違う事件も、この夏起きている。パワーリフティング選手ソニータ・ムルーは、リトアニアでの世界選手権で補助員がひざをついたために試技を無効にされ、2位に終わった。後に補助員自身が「私は人種差別主義者で、わざとやった」とInstagramに書き込んだことで、それが黒人女性である彼女を狙った意図的な妨害だったと判明する。補助員はリトアニア連盟から永久資格停止処分を受け、国際パワーリフティング連盟はボランティアの採用や監督の強化を検討すると表明した。ムルーが語った「自分の競技だけに集中すべきなのに、肌の色を理由に攻撃されるかもしれないと心配しなければならない」という言葉は、表現の自由というより、そもそも「安心して力を発揮できる環境」自体が誰にでも保証されているわけではないという現実を突きつける。
そしてもう一つ、時間軸のまったく違う事件がある。映画監督ヴィム・ヴェンダースは、1975年の作品『まちがった動き』から、当時13歳だったナスターシャ・キンスキーが下着姿で登場する場面を削除すると発表した。キンスキーは10年以上にわたり弁護士を通じてこの修正を求め続け、ヴェンダースは今年6月にようやく折れた。彼は「私は自分の見方が変わったことの表明として、またナスターシャ・キンスキーへの敬意から、その場面を削除した」と述べ、彼女が「もっと適切に守られるべきだった」と認めている。これは国家による規制でも、司法の介入でもない。50年の時を経て、作り手自身が過去の作品と被害者の訴えを突き合わせ、自らの手で表現を書き換えるという選択だ。表現の自由をめぐる議論は、しばしば「誰が規制するか」ばかりに焦点が当たるが、この件が示すのは、作り手自身が被害者との対話を通じて表現を修正するという、もう一つの回路である。
こうして並べてみると、フランスという国は、芸術活動の妨害には刑罰を、差別発言には市民教育を、そして過去の被害には当事者間の対話と作品の書き換えを、と場面ごとに異なる手当てを使い分けていることが見えてくる。国家が一枚岩の「表現の自由」を掲げるのではなく、事案の性質に応じて、処罰、教育、当事者の合意という異なる回路を組み合わせているのだ。
では日本はどうだろうか。今回のニュースの中に日本の具体的な事例はないが、一般に日本では、表現をめぐる問題が法的な規制よりも、主催者や広告主、世論による自粛という形で処理されやすいと言われることが多い。誰かがコンサートを妨害したときに文化相が制裁強化を打ち出す、というようなフランス的な国家の動き方は、日本ではあまり馴染みがない光景かもしれない。その代わりに、批判が集まった時点で公演や作品そのものが静かに取り下げられる、という展開になりやすいのではないか。これは推測にとどまるが、法が動く前に「場」が動いてしまう社会と、法や国家が正面から線引きを引き受けようとする社会との違いは、今回のフランスの事例群からもうかがえるように思う。
アメリカについても、今回のニュースに直接の材料はないが、一般に表現の自由の保護そのものは強い一方で、実際にどんな発言が許されるかは、プラットフォームやコンサート会場といった民間の運営者の判断に大きく左右されるとされることが多い。国家が通達を出して妨害罪の適用を強化する、というフランスのやり方とは、また違う力学が働いているのだろう。
表現の自由を守るとは、誰かの発言や創作を妨害から守ることなのか、それとも誰かが傷つけられないよう表現の中身に介入することなのか。あるいは、ムルーが競技中に感じていたような「安心して力を発揮できる環境」そのものを守ることまで、その言葉は含むべきなのだろうか。あなたなら、この夏のフランスで起きた5つの出来事を、どう並べ直すだろう。