家賃2750ユーロのワンルームと、燃え尽きた別荘地が教えてくれること
2026/8/3
ダブリンの「シリコン・ドックス」を見下ろすオフィスで、コンスタンティナという女性が自分の携帯電話を覗き込んでいる。画面に表示されているのは、アイルランド最大手の賃貸サイト「Daft」の物件情報だ。ワンルームで月2750ユーロ、別の物件は2350ユーロ、また別の物件は2400ユーロ。彼女は米国の大手企業で顧客担当責任者として働いている。それでも「給料の大半が家賃に消えるなら、生活に使えるお金はほとんど残らない。いったい何のためなのか」とこぼす。彼女は今、ダブリン市内ではなく県北部で一人暮らしをし、通勤に往復1時間半かけている。内覧に行けば、同じ部屋を待つ人が30人並んでいて、「大家はどうやって選べばいいのか分からない、もはや抽選だ」とまで言う。
この光景の背景にあるのは、アマゾン、グーグル、メタといった米国のテック大手が約30年前に欧州拠点をダブリンに置いたという選択そのものだ。雇用は生まれ、経済は成長した。しかし住宅供給はその成長速度に追いつかなかった。ダブリン大学トリニティ・カレッジの経済学者ロナン・ライオンズは、「アイルランドは何十年もの間、住民を国外へ送り出す国だった。それが経済成長によって雇用を生み、若者を国内に留め、世界中から労働者を呼び込むようになった」と説明する。そのうえで「年間7万戸の住宅を建設する必要があるが、今年建設されるのは4万戸にとどまる可能性がある」と指摘する。家賃規制や初めて住宅を購入する人への支援、公営住宅整備といった対策は打たれているものの、成長そのものに国が追いついていない、というのがライオンズの見立てだ。
この「成長に追いつけない」という構図は、住宅だけの話ではない。同じ時期、フランスではヴァール県とジロンド県で大規模な山火事が続いていた。ヴァール県では火災が約1800ヘクタールを焼き、13日間で70軒の住宅が影響を受けた。ジロンド県では22万4000人が避難し、その後20万8000人が帰宅を許可されたものの、県知事は「火災が固定化されたからといって、消火したという意味ではない」と釘を刺している。興味深いのは、この危機のさなかに政府と現地当局の間で発信のずれが生じていたことだ。ジロンド県知事は当初、観光客に「向かうのを控える」よう勧告していたが、状況が落ち着くと首相セバスチャン・ルコルニュは一転して「ジロンド県で休暇を過ごすことは連帯の行動だ」と呼びかけた。観光業関係者は強く反発したという。安全を優先するのか、観光収入を優先するのか。この揺れ自体が、成長と住民の暮らしがどれほど簡単にすれ違うかを物語っている。
ギリシャではさらに直接的な形でその代償が可視化された。アテネから70キロ、コリントス湾に面するポルト・ゲルメノは、アテネ市民が別荘を持ち夏に人口が膨れ上がる保養地だ。そこへ時速100キロの強風にあおられた火が幾つもの山を越えて到達し、集落を焼き尽くした。「言葉を見つけるのは難しい。大惨事であり、完全な破壊だ。家、木々、動物、存在していたものすべてが破壊された」と、ある農家の男性は嘆いた。消火に当たっていたヘリコプター2機は衝突し、乗組員の捜索が続けられている。この1週間だけで森林や農地1万2000ヘクタール以上が焼失した。観光と保養のために整えられてきた土地が、気候危機の最前線にもなっている、という事実がここにはある。
ペルーでは、ナスカの地上絵を見るためにピスコ飛行場を飛び立った小型機が墜落し、乗客乗員13人全員が死亡した。犠牲者はイタリア、ドイツ、スペインからの観光客だった。事故原因はまだ明らかになっていないが、この地域では2022年にも7人が死亡する事故が起きている。観光が地域経済の柱であればあるほど、その足場——航空機、宿泊施設、水や電力のインフラ——の脆さがそのまま人命に直結してしまう。
こうして並べてみると、ダブリンの家賃高騰も、フランスとギリシャの山火事も、ペルーの墜落事故も、実は同じ問いを別の角度から突きつけていることに気づく。それは、成長や観光客数という指標が、住居や水、安全、そして危機が起きたときの損失を誰が引き受けるのか、をまったく説明していないということだ。雇用が生まれた、来訪者が増えた、経済が拡大した——それ自体は事実として喜ばしい。しかし住む場所を確保できるか、火が迫ったときに逃げられるか、飛行機が無事に着陸するか、という水準で見たとき、成長の恩恵と負担は同じ人には配分されていないことが多い。
日本でも観光振興は地方活性化の柱として語られることが多いが、宿泊費の上昇や混雑、水道・ごみ処理といったインフラ負担が地域住民側に偏りがちだ、と指摘されることがある。一般に、来訪者数や投資額の増加が地域の「成功」として語られやすい一方で、そのしわ寄せが誰の家計や生活動線にかかっているかは、統計の外側に置かれがちだとも言われる。米国発のテック企業がアイルランドを選んだように、企業誘致は税収や雇用という目に見える利益をもたらす。しかしその利益とインフラ整備の速度をどう突き合わせるかは、しばしば自治体間の競争に委ねられ、住民の暮らしの持続可能性そのものを評価軸に入れる仕組みは後回しにされやすい、というのが今回のニュース群から読み取れる共通の構図だ。
フランス政府は、被災地域の復興を担う「国家調整官」を首相府に置く方針を示し、ニューアキテーヌ森林火災対策協会の会長は「森林の復興をもっと重視してほしい」「自然災害が起きたときにしか政府が森林に関心を向けない」と政府を批判した。アイルランドでは家賃規制や公営住宅整備が進められているが、経済学者は必要戸数に届かない可能性を指摘している。どちらも、成長を追いかけた後に住居・水・安全という基礎部分を慌てて手当てしようとしている構図に見える。
地域の成長を「成功」と呼ぶために、住民の住居、水、安全はどこまで守られていなければならないのだろうか。来訪者数や投資額のグラフが右肩上がりであることと、そこに暮らす人が家賃を払い続けられ、火が迫ったときに助けを呼べることの間には、どれほどの距離があるだろうか。次にニュースで「経済成長」や「観光客数の記録更新」という言葉を目にしたとき、その裏側にいる住民の暮らしぶりを、一度想像してみてほしい。