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税金は盗まれていない、では何が盗まれたのか――フランスのデータ集中社会が問うもの
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税金は盗まれていない、では何が盗まれたのか――フランスのデータ集中社会が問うもの

2026/8/25

固定資産税の納税通知書を開いて、金額が変わっていないことにほっとする。そんな小さな安堵の裏側で、8月下旬のフランスでは67万8,000人分の個人・事業者データが、税務当局のシステムから何者かに抜き取られていた。公会計担当相のダヴィッド・アミエルは「流用された税金はない」「変更された納税通知書もない」と繰り返した。彼の言葉を疑う理由はない。だが、この説明にはひとつ引っかかる点がある。「お金は無事です」という保証は、「あなたのデータが無事です」という保証とは別物だということだ。

フランス公共財政総局(DGFiP)で確認された2件の不正侵入は、少なくとも67万8,000人の個人・事業者に加え、地籍ファイルに登録された約20万の口座にまで及んだ。政府は国家情報システムセキュリティ庁(ANSSI)に「徹底的な監査」を指示し、経済省は認可済み電子請求書プラットフォームとの協議に入った。ここでなぜ「電子請求書」が出てくるのかというと、フランスでは9月1日から、企業が発行・受領する請求書を電子化し、政府認定のプラットフォームを通じて税務当局に転送する仕組みが段階的に義務化されるからだ。カンヌ市長のダヴィッド・リスナールやニース市長のエリック・チオッティら地方議員が、この導入延期を求めたのも無理はない。DGFiPという同じ組織が攻撃されたばかりのタイミングで、企業のあらゆる取引情報が一箇所に集約されようとしているのだから。

経営者たちの不安は具体的だ。約20人を雇用する会社を営むギヨーム・ジェローは、これほど大量のデータが一つの場所に集まれば「フランス企業が何を買い、誰に売っているのか、非常に具体的なことまで推測されかねない」と語る。サプライチェーンの急所を突かれれば、経済構造そのものへの打撃になり得る、と。経営者団体「レ・アントルプルヌール」のフランク・バタイユは、電子請求書用のシステムは「最近開発された」別系統であり、DGFiPで侵害されたシステムとは無関係だと説明する。この説明もおそらく事実なのだろう。しかし興味深いのは、「システムが違うから安全です」という論理構造そのものが、税金の件とまったく同じ形をしていることだ。当局や企業は、便利さのために集めたデータの管理体制を「大丈夫です」と保証する側に立ち続けなければならない。そしてその保証は、事件が起きるたびに一回ずつしか信頼を積み増せない。

この構図は、フランスが今デジタル化を進めているほぼすべての領域に顔を出す。たとえばOpenAIは8月24日から、フランスを含む欧州31市場のChatGPTに広告を導入した。無料版と最安価の有料プラン「Go」の利用者が対象で、上位プランや未成年者のアカウントは除外される。会話内容は広告選定に使われる可能性があるが、OpenAIは「チャットや個人情報を広告主に渡さない」「広告主が回答そのものを買って操作することはできない」と説明している。ここでも構図は同じだ。便利な無料サービスを使い続けるために、私たちは会話の一部を「広告のための材料」として差し出している。差し出した先で何がどう使われているかを、利用者本人が検証する手段はほとんどない。信じるかどうかは、結局OpenAIの説明を受け入れるかどうかにかかっている。

国家が子どもを対象に踏み込む場面でも、同じ緊張が形を変えて現れる。エマニュエル・マクロン大統領は、高校での携帯電話禁止を含む法律を公布する決定を下し、これは新学期から実施可能になった。一方で同じ法律の中心規定だった「15歳未満のソーシャルメディア利用禁止」は、憲法院によって違憲と判断され退けられた。政府はこの指摘を踏まえて法案を練り直し、来年春までに新たな枠組みを整える方針だという。ここで見過ごされがちなのは、これが単なる「子どものスマホ依存対策」ではなく、国家がどこまで市民――しかも判断力が未成熟とされる未成年者――のデジタル環境そのものに介入してよいのか、という線引きの問題だという点だ。禁止は保護のためだと説明されるが、憲法院がブレーキをかけたという事実は、その線引きが自明ではないことを示している。

こうした「便利さと引き換えにデータや自由を差し出す」構図に対して、最も直接的な異議申し立てが起きているのは、規制で名高いヨーロッパではなく米国の方だ、というのは示唆的である。米国では人工知能を使って車両や人の動きを追跡できる「Flock」監視カメラが12万台以上設置され、7,000の警察機関、全体のおよそ5分の2が利用している。当初の目的は盗難車の発見や行方不明者の捜索だったはずが、警察官が配偶者を監視するために個人的に閲覧した例、移民当局への情報提供、中絶を受けた疑いのある女性が追跡された例まで明らかになった。これに対して立ち上がった「DeFlock America」という運動が興味深いのは、参加者が「社会主義的な民主党員」も「共和党員」も「リバタリアン」も含んでいることだ。ある研究者は、これほど立場の異なる人々が「誰もが週7日、1日24時間監視されたくない」という一点で一致しているのを見た、と語っている。器物損壊という手段の是非はともかく、この運動が示しているのは、監視インフラに対する不信は特定のイデオロギーの専売特許ではないという事実だ。

フランスとEUがこの問題に向き合う際の型は、規制と説明責任を制度に埋め込むことだ。データ保護の枠組みを整え、認可プラットフォームに要件を課し、独立機関に監査させる。アミエル氏がフランスの認可プラットフォームの安全保障要件はイタリアやスペインより「厳しい」と主張したのも、この文脈にある。一方、米国のFlockをめぐる攻防が示すのは、連邦レベルの一律規制がないまま、監視インフラが地方警察や民間企業の判断で先に広がり、市民が後から反撃するという分権的な構図だ。どちらが優れているという単純な話ではないが、「誰が監視を統制するのか」という問いへの答え方が、大西洋の両岸でまったく違う形をとっているのは確かだろう。

日本の読者にとって、この一連の出来事はどこか既視感があるかもしれない。行政のデジタル化は利便性の物語として語られることが多く、それ自体は間違っていないだろう。ただ、一般に、情報が漏えいした場合の利用停止や補償、拒否の選択肢が利用者からは見えにくいと言われることもある。フランスの今回の一連の出来事が示しているのは、便利さへの同意と、データ集中・監視への無制限な承認とは、本来別のものだという当たり前の区別を、社会が繰り返し確認し続けなければならないという事実だ。DGFiPの侵入も、電子請求書への不安も、ChatGPTの広告も、高校生のスマホ規制も、Flockカメラへの反発も、根っこにあるのは同じ問いである。データを一箇所に集めることで得られる効率と、それが漏れた・悪用されたときに個人が負うリスクは、誰が引き受けるべきなのか。

今後、フランスでは電子請求書の本格運用とANSSIの監査結果、そして15歳未満のソーシャルメディア規制をめぐる新法案の行方が、この問いへの一つの回答になっていくはずだ。制度が独立監査や損害賠償、目的外利用の制限をどこまで具体的に組み込めるかによって、市民の信頼は積み上がりもすれば、崩れもするだろう。あなたなら、便利さのためにデータを預けるとき、利用拒否・訂正・補償のどこまでを「当然の権利」として求めるだろうか。

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