
毛皮のコート4,000着とドローンの影――「経済」が戦場になるとき
2026/8/12
ロシアのSNSに、ある女性が動画を投稿した。カメラに向かって彼女が嘆いているのは、株価でも為替でもない。「毛皮のコート4,000着がなくなった」。モスクワ東方1,400キロ、オンライン通販最大手Wildberriesの巨大倉庫が、ウクライナのドローン攻撃で焼け落ちたのだ。目撃者たちは、地平線に現れたドローンがどこへ向かうか、もう驚かなかったという。7月中旬以降、同種の攻撃はすでに20回。同社は保管能力の14%を失ったとされる。化粧品を扱う中小業者は「多くの中小企業が破産、または危機的な状態にある」とカメラに訴えた。避難する従業員たちは、そろって紫色のTシャツを着ていた——このサイトのイメージカラーだ。
この光景がなぜ胸に残るかといえば、そこに映っているのがミサイルでも戦車でもなく、通販サイトの物流倉庫と、そこに預けられていた誰かの在庫だからだ。戦争のイメージとしてはあまりに日常的で、あまりに「経済」的すぎる。
同じ週、前線から1,600キロ以上離れたロシア・タタールスタン共和国では、ウクライナのドローンが石油化学施設を直撃し、当局発表で少なくとも13人が死亡した。ロシア捜査委員会はこれを「テロ行為」と呼んだ。一方でロシア軍は、ウクライナのザポリージャやハルキウの住宅地を爆撃し続けている。消防士のイェウヘン・ヴァシレンコ氏は「攻撃に慣れてしまっているが、最近はますます頻繁になっている」と語った。戦争が始まって4年半、外交は行き詰まったまま、双方が長距離攻撃で圧力をかけ合っている。
ウクライナ側は、Wildberriesが防弾チョッキなど軍事装備を扱っているとして攻撃を正当化する。しかし記事が指摘するように、実際に狙われているのは、この企業やその利用者、販売業者だけではない。Wildberriesに巨額の融資をしているロシアの銀行システムそのものが、標的の射程に入っているとみられている。つまりこれは、戦場の外側にある「経済の血管」への攻撃なのだ。
目を転じれば、まったく別の海でも似た構図が繰り返されている。イエメン沖のバーブ・エル・マンデブ海峡付近で、食料品を運んでいた貨物船ティハーマが弾道ミサイル3発を受け、乗組員4人が死亡した。イエメン運輸省は、イランと同盟関係にあるフーシ派の犯行だと非難している。ホルムズ海峡がイランによって封鎖されたことで、紅海は石油・ガス輸送の代替路として重要性を増しており、フーシ派はサウジアラビア船籍への封鎖を宣言したうえ、繰り返し船舶を攻撃してきた。積んでいたのは兵器ではなく、食料だった。
地理も陣営もまったく異なる二つの戦線で、共通して起きていることがある。それは、軍事目標と「人が生きるためのインフラ」——倉庫、工場、貨物船、電力網——の境界が、意図的にか結果的にか、溶け始めていることだ。
この境界の溶解を、単なる戦術の変化として片づけてよいのだろうか。もう一段深く見ると、そこには「戦争を続けるための経済動員」という、もっと古い論理が透けて見える。北朝鮮がロシアに供与しているKN-23やKN-24といった弾道ミサイルは、ザポリージャへの攻撃で実際に使用され、少なくとも6人が死亡したとゼレンスキー大統領は非難している。戦略研究財団のヴァレリー・ニケ研究員によれば、北朝鮮にとってこの関与の主な利益は経済的・金銭的なものだという。「北朝鮮兵には金銭も支払われるが、それは体制に直接納められ、体制の慣行に従って一部が家族に再分配される」。兵士の派遣も、ミサイルの供与も、結局は国家の懐と国民の生活に直結した取引として動いている。戦争が経済と切り離せないのは、攻撃される側だけでなく、支援する側にとっても同じなのだ。
こうした「経済ごと巻き込む戦争」に対して、当事国以外の目はどう向けられているだろうか。フランスやEUにとって、ウクライナでの攻撃の応酬は、遠い国の出来事ではなく、隣接する地域の安全保障とエネルギー・産業基盤に直結する問題として受け止められている。ロシア・タタールスタンの石油化学施設への攻撃も、ウクライナの都市への爆撃も、欧州のエネルギー地図と無関係ではいられない。
日本の場合、戦域そのものからは距離がある。しかし紅海での貨物船攻撃が示すように、ホルムズ海峡の情勢とその代替路である紅海の安全は、船で運ばれる食料やエネルギーに依存する国にとって、決して他人事ではない海上交通路の問題として跳ね返ってくる。一般に、島国であるほど海上輸送の混乱が生活実感に直結しやすいと言われるが、その具体的な脈絡が、まさにこの貨物船の事例に表れている。
もう一つ、経済的圧力の「使われ方」という視点から見過ごせないのが、イスラエルをめぐる報道だ。ネタニヤフ首相はガザからの撤退をハマスの完全な武装解除に条件づけ、トランプ大統領の和平工程表を拒否した。ジャーナリストのシルヴァン・シペル氏は、その強硬姿勢を可能にしている要因の一つとして、米国がこれまで対イスラエルの主要な圧力手段である軍事支援の停止に踏み切ったことがない点を挙げている。「トランプがネタニヤフに何かを要求するたびに、ネタニヤフはノーと言ってきた。そして毎回、それで通ってきた」。ここで浮かび上がるのは、経済・軍事支援という手段が、当事国の生活を脅かす「武器」にもなれば、逆に相手の姿勢を変えさせない「見せかけの圧力」にとどまることもある、という両義性である。米国は、ウクライナへの兵器供与も、イスラエルへの軍事支援も、複数の戦域を同時ににらみながら配分を判断する立場にあり、その選択自体が各地の民間人の暮らしを左右しうる。
こうして並べてみると、Wildberriesの倉庫も、タタールスタンの石油化学施設も、紅海の貨物船も、そして北朝鮮の兵士への「給料」も、実はひとつながりの問いに収斂していく。戦争において、軍事目標として攻撃されるべきものと、民間人の生活・経済として保護されるべきものの線を、誰がどこに引くのか。ウクライナ側は「防弾チョッキを売っているから」という理由で通販倉庫を、フーシ派は「軍事利用の疑いがある」という理由で商船を、それぞれ攻撃の対象にしてきた。その理屈は、聞けばもっともらしく響くこともあれば、経済そのものを人質にとる口実にも聞こえる。
もしこうした攻撃がこの先も常態化していくなら、民間人保護を定めてきた戦争のルールと、企業や市民が実際に負わされる負担との間の線引きを、あらためて考え直さざるを得なくなるだろう。それは遠い戦場だけの問題ではなく、私たちが日々受け取る荷物や、口にする食料が、どんな航路とどんな倉庫を経て届いているかという、地味だが確かな現実にもつながっている。
あなたの手元に届く荷物や食品が、遠い海の貨物船や、名も知らない国の倉庫を経由しているとしたら——その経路が「標的」になり得ると知ったとき、あなたは何を思うだろうか。