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モペッドに乗った35歳と、英仏海峡を渡る移民合意――「置き去られた」人々の票はどこへ向かうのか
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モペッドに乗った35歳と、英仏海峡を渡る移民合意――「置き去られた」人々の票はどこへ向かうのか

2026/9/7

水色に塗られた旧東ドイツ製の原動機付き自転車「シムソン」に乗って、ウルリヒ・ジークムントは妻とともに投票所に現れた。場所はドイツ東部、人口約1万人の町タンガーミュンデ。35歳の彼が生まれたのは1990年の東西ドイツ再統一からわずか3週間後のことだ。この光景そのものが、彼の政治の核心を語っている。過去への郷愁と、今この場所で暮らす人々の不満を、一台のバイクに乗せて運んでいるのだ。

9月6日、ザクセン=アンハルト州議会選挙で、極右政党AfD(ドイツのための選択肢)は約44%を得て圧勝した。第二次世界大戦の終結以降、ドイツで極右政党が州議会選挙を制するのは初めてのことだという。世論調査ではジークムントの支持は42%前後とされていたから、結果はそれを上回った形になる。ただし政権獲得には州議会42議席が必要で、AfDが得るのは39議席にとどまる見通しだ。ほかの主要政党は連立を拒んでおり、いわゆる「コルドン・サニテール(防疫線)」が維持されるかどうかが、この先の焦点になる。

なぜこの町で、この候補者に、これほどの支持が集まったのか。フランス国際関係研究所のジャネット・ズュース氏は、有権者の間に広がる「不公平感」を指摘する。西側の同胞が特権を享受する一方、自分たちは二級市民のように扱われている――そう感じる人々にとって、「衰退」という言葉は単なる比喩ではなく、地位を失うことへの現実の恐怖として響く。ジークムント自身も、旧東ドイツ時代を懐かしむ「オスタルギー」を選挙運動に取り込み、集会では旧共産主義時代の国旗すら掲げられたという。年配の有権者にとって、あの体制は「安全」の記憶と結びついているからだ。そしてこの不安と郷愁は、彼の言説の中で移民批判へとまっすぐに接続されていく。「熟練労働力の必要性とは何の関係もない」人々を追い出すことが、地域を取り戻す第一歩だと語られるのだ。

興味深いのは、この不満の受け皿となったのが伝統的な政党組織ではなく、InstagramやTikTokだったという点だ。ジークムントのフォロワーは両プラットフォーム合わせて140万人を超え、対立候補の数千人規模とは桁が違う。新型コロナ禍における保健政策批判の動画で注目を集めたという経緯も報じられている。地域の不満を可視化し、拡散し、組織化する回路として、既存政党よりもソーシャルメディアの方が機能した――そう見ることもできるだろう。もっとも彼の周囲には、かつて国家社会主義との近縁性を理由に禁止された旧ネオナチ団体の関係者や、外国人の大量追放を議題とした秘密会合への参加も報じられており、笑顔の親しみやすさの裏にある政治の輪郭は、決して穏健なものではない。

この構図は、ドイツだけの出来事ではない。同じ週末、フランスでは国民連合(RN)のジョルダン・バルデラ党首が、英国の改革UK党首ナイジェル・ファラージと移民をめぐる覚書に署名した。英仏海峡で阻止された移民をフランスに送り返し、フランスが出身国へ送還するという内容だ。フランスの与野党からは「屈辱」「服従」といった強い言葉が相次いだ。欧州担当相はこれを「フランスの利益と主権に反する服従」と断じ、左派のメランション氏は「英国の防波堤になるのか」と皮肉った。バルデラ氏は「北部に移民キャンプを作ったのはあなたたちだ」と応酬したが、不法移民対策を看板に掲げてきたはずのRNが、他国との合意に基づいて自国への「引き取り」を約束する構図は、党内でも説明に苦慮する場面が見られた。

ドイツの州選挙とフランスの外交文書。一見無関係なこの二つに共通しているのは、生活への不安や地域の衰退感が、再分配や地域再生の要求としてではなく、「誰を国民の輪の外に置くか」という問いへと転換されていく回路だ。ザクセン=アンハルトの有権者が求めているのは、突き詰めれば安心して暮らせる地域であり、フランスの移民論争の根にあるのも国境と生活の管理をめぐる不安だろう。だがその不安の受け皿として、「移民を減らせば地位が戻る」という物語が、地味な公共サービス再建の議論よりもはるかに速く広まってしまう。

日本にこの構図をそのまま当てはめることはできない。地域の衰退や生活不安という土壌は日本にも確かに存在するとされるが、移民の存在を国政選挙の中心的争点に押し上げてきた欧州のような制度的・歴史的条件は異なると一般に言われる。移民人口の規模や国境管理の歴史、政党政治の中での争点化のされ方が違えば、同じ不安でも向かう先は変わってくるということだろう。一方アメリカでは、人種や国境管理、連邦政府への不信が、党派対立とより直接的に結びつきやすいとされることが多い。ドイツやフランスの「国民の境界線を引き直す」政治と、根っこの不安は似ていても、対立の軸の作られ方には差があるとみてよさそうだ。

ザクセン=アンハルトでは今後、他党がAfDとの連立を最後まで拒めるのか、あるいは現実路線を求める声が保守の中から広がるのかが問われる。フランスでも、2027年の大統領選に向けてRNが国境管理や主権の語り方をどう修正していくかが焦点になっていくだろう。どちらの国でも、排外主義を単なる偏見として片付けている限り、地域の承認や公共サービスへの渇望は解決されないまま残り続ける。

生活の不安を、「誰を排除するか」ではなく「誰と公共的に支え合うか」という問いへ向け直すには、何が必要だろうか。あなたの地域で「取り残された」と感じる誰かがいるとしたら、その不満は今、どこへ向かおうとしているだろうか。

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