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宇宙からの理科教室と、停職132人の名簿——フランスの学校に積み重なる期待
教育

宇宙からの理科教室と、停職132人の名簿——フランスの学校に積み重なる期待

2026/8/26

8月25日、国際宇宙ステーション(ISS)でフランス人宇宙飛行士ソフィー・アドノが二度目の船外活動に臨んだ。故障したアンテナを交換するための作業は6時間半に及ぶ予定だという。彼女がこの数カ月続けてきたのは、地球の絶景を撮るトマ・ペスケ氏とは違う発信のスタイルだ。日曜ごとに動画で科学を語り、地上と宇宙で植物の育ち方を比べる実験を、フランス全土の26万人の生徒と一緒に行ってきた。専門家はこれを「教育を通じて伝えるスタイル」と評している。教室という場所が、遠く離れた軌道上の実験室とつながる。学校がこうして子どもの好奇心を広げる装置になっている、というのはこのニュースが見せてくれる学校の一つの顔だ。

しかし同じ週、まったく違う顔も報じられている。パリでは2026年初め以降、放課後ケア(périscolaire)の指導員132人が職務停止処分を受け、そのうち52人は性的または性差別的な暴力の疑いによるものだった。世論調査では86%の親が、学校や余暇活動中に子どもが性的な被害を受けることを心配していると答えている。首都のレジャーセンターでは、この夏の登録者数が13%減った。つまり親たちは、制度そのものへの信頼を、数字で示す形で撤回し始めている。学校とその周辺施設が「安全な居場所」であるという前提が、静かに揺らいでいるのだ。

この二つのニュースを並べてみると、フランス社会が学校に求めているものの幅の広さが見えてくる。知識を教えるだけでなく、科学への扉を開き、放課後まで子どもを守り、規律を保つ。その期待の大きさは、大統領選挙戦にもそのまま持ち込まれている。元首相のエドゥアール・フィリップ氏は教員給与を5年間で20%引き上げると約束し、いじめや授業妨害を繰り返す子どもの親、あるいは暴力的な親に罰金を科す制度を英国をモデルに提案した。同じく元首相のガブリエル・アタル氏は、2027年から教員の手取りを月200ユーロ、勤続中盤の教員には最大500ユーロ増やすとし、状況が最も悪い100校の閉鎖を掲げる。不服従のフランスのジャン=リュック・メランション氏は、この競争を「学校を活性化しようとしている」と皮肉交じりに批判した。給与と権威回復という二つの約束が同時に語られているのは、学校が学力の場であると同時に、社会的な緊張を吸収する場として期待されていることの表れだと読める。

その緊張が最も分かりやすく表れているのが、新学期からの高校での携帯電話禁止だ。政府は校長たちに、学期開始までの1週間という短い期間でこの措置を実施するよう求めた。この禁止は、15歳未満のソーシャルメディア利用禁止という枠組みの一部として位置づけられているが、憲法評議会は8月14日にその禁止自体を違憲と判断している。にもかかわらずマクロン大統領はこれを公布した。制度としての一貫性よりも、まず「禁止する」という姿勢を示すことが優先された、と見ることもできるだろう。全国生徒父母会連盟(FCPE)の副会長は、この禁止を「実施は極めて複雑」だと述べている。学校は生徒への時間割や宿題の連絡に携帯電話のアプリを使っているのに、その携帯電話自体を禁止するという矛盾を抱えているからだ。誰がどうやって違反を管理するのかも明確ではない。FCPEはむしろ、禁止よりも適切な利用、自律性、責任を教える教育を重視すべきだと主張している。禁止によって危険から遠ざけるか、使わせながら自律を学ばせるか——この対立は、学校が「守る場所」であると同時に「育てる場所」でもあるという二重の役割から生まれているように見える。

日本の学校にも、似た構図はあるだろう。生活指導や登下校の見守り、部活動を通じた居場所づくりへの期待は一般に大きいとされる一方で、その負担が部活動や放課後まで教員に集中し、制度的な限界になっているという指摘もよく聞かれる。フランスの放課後ケアでの暴力事件が親の信頼を数字で動かしたように、日本でも学校や地域が担う見守りの範囲が広がるほど、誰がその質を保証するのかという問いが避けられなくなる。

アメリカでは学区や学校ごとの裁量が大きく、保護者が学校を選ぶ余地も一般に大きいとされる。そのため端末の規制や安全対策は、地域ごとの政治的立場の違いを映し出しやすいと言われる。フランスのように国全体で一律に携帯電話を禁止し、大統領選の争点として給与や権威回復を競うという構図は、学校を「共和国が規範を伝える場」として捉える発想と結びついているように思える。これは筆者の解釈だが、ソフィー・アドノの科学教育も、罰金制度も、携帯電話禁止も、根底には「学校を通じて社会の共通基盤をつくる」という発想が流れているのではないか。

この発想を実現するには、当然コストがかかる。教員の専門性を高める研修、放課後の人員を確保する自治体の予算、暴力の兆候を早く見つけて相談につなげる体制、そして携帯電話を禁止するなら代わりに何を学ばせるのかというデジタル教育の設計。禁止か自己責任かという単純な二択ではなく、安全を確保しながら自律を学べる環境をどう作るかが、今後の新学期以降も問われ続けるはずだ。

子どもを守る責任を学校に委ねるとき、家庭・自治体・国家は何を具体的に引き受けるべきだろうか。あなたの身近な学校は、その重みをどこまで背負っているだろうか。

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