
朝8時から夜7時、空白の5時間が奪うもの——フランス高校生たちが問う「教育」の意味
「朝8時に始まって、4時間の自習時間を過ごして、午後6時に終わる。家に着くのは午後7時で、眠る時間も宿題をする時間もない」。フランス2(France 2)の取材にこう答えたのは、ある高校生だ。別の生徒は「家が高校からかなり遠いので、朝6時に起きる。帰宅には1時間かかり、宿題も山ほどある。家族と過ごす時間はほとんどない」と訴えている。授業と授業の間に最大5時間もの「空き時間」が挟まる時間割——これが、いまフランス全土で高校生たちが学校を封鎖し、街頭に出ている理由のひとつだ。
10月5日には589校で授業などに影響が出た。翌6日には大規模なデモが予定され、動員は衰えを見せない。首相セバスチャン・ルコルニュは日曜夜、各閣僚に五つの柱からなる行程表を送った。その第一に掲げられたのが「欠勤教員の代替」である。会計検査院によれば、教員の欠勤によって生徒は授業時間の10%を失っており、長期欠勤の場合は数週間から数か月にわたって授業を受けられないことさえある。代替要員が足りないのは予算の問題であると同時に、教職そのものの魅力が低下しているという、もっと根深い危機の表れでもある。
なぜ時間割がここまで細切れになったのか。発端は2019年のブランケール改革だ。従来のL・ES・Sという文系・理系の系列を廃止し、生徒が専門科目を自由に組み合わせて選ぶ方式に変えた。結果、クラス編成は複雑化し、改革前には1年間で平均18人だった担当教員数は、改革後には30人にまで増えた。選択の自由と引き換えに、生徒たちは空き時間という名の「待機」を強いられるようになった。これは授業の質の話ではない。生徒が自分の生活時間——睡眠、通学、家族との時間——をどれだけコントロールできるかという話だ。
この運動をめぐって、フランス国内の受け止め方は一枚岩ではない。暴力や破壊行為の映像がSNSに広がり、保護者たちは不安を募らせている。リヨンの高校生の母親は「娘が2時間、教室に閉じ込められていた」と語り、「事態が悪化していると分かったら学校に行かせません」とも話す。一方、別の母親は、運動の出発点にある「教員不足や国民教育のための予算・手段の不足という本当の問題」には理解を示す。暴力は否定しつつ、要求の中身は認める——この二重の態度こそが、いまのフランス社会の空気を映しているように見える。実際、国会では環境派・社会派グループの会長シリエル・シャテランが、2027年予算案は「公共サービスの条件を改善する意志」と矛盾していると批判しており、教育現場の不満は財政をめぐる政治対立とも地続きになっている。
興味深いのは、同じ構図がフランス国境の外、ベルギー仏語圏でも繰り返されていることだ。リエージュでは高校生や大学生が、教員支持と授業料値上げへの抗議を同時に掲げてデモを行った。大学の登録料「ミネルヴァル」は835ユーロから1,194ユーロへ引き上げられ、学生の58%がその対象になる。18〜24歳向けの12ユーロの公共交通定期券は廃止され、通常の年間定期は180ユーロ、ネットワーク全体を使えるエクスプレス定期券は26歳未満でも384ユーロに跳ね上がる。「子どもが何人もいる家庭では、鉄道とバスの定期券の費用が重なってしまう。支払えません」とある女子学生は訴えた。教育相ヴァレリー・グラティニーは2,500万ユーロの追加支援と10億ユーロの施設投資を提示して反論したが、生徒たちが問題にしているのは予算総額ではなく、教員の授業負担が賃金補償なしに10%増やされ、学用品や給食への予算が削られ、通学費が家計を圧迫するという、生活全体の設計そのものだ。フランスでもベルギーでも、生徒たちは「教育予算が増えたか」ではなく「自分の一日の時間がどう構成されているか」を問うている。これは、学校を授業の供給装置としてではなく、生活そのものを支えるインフラとして捉える発想だと言えるだろう。
日本の学校生活を思い浮かべると、長い登校時間や複雑な進路選択は決して珍しい光景ではない。ただ、一般的には、それらの負荷は制度の不備として街頭で異議申し立てされるよりも、個人の努力や家庭の支援によって吸収されるものと受け止められがちだと言われる。時間割の密度や通学の負担が「公共サービスの欠陥」として政治問題化する回路が、フランスやベルギーほどには太くないのかもしれない。一方、アメリカでは、教育条件が地域の税収や学区によって左右される度合いが大きいとされ、教育の公共性をめぐる対立は「中央がどれだけ予算を出すか」よりも「住む場所によってどれだけ格差が生まれるか」に焦点が当たりやすいと言われる。同じ「教育は公共財か」という問いでも、どこに緊張の焦点が置かれるかは国ごとに違う——フランス・ベルギーでは生活時間の保障、日本では努力による吸収、アメリカでは地域間格差、という具合に。
この先どうなるか。ルコルニュ首相の行程表が、教員配置という構造的な人手不足を実際に解消できるかは不透明だ。代替教員のプールが縮小し、教職の魅力低下という土台の問題が残る限り、時間割の予算措置だけでは空白の5時間は埋まらないだろう。ベルギーでも、リエージュ市長が学校運営主体と会談し月曜日の再開を模索したように、現場レベルの収拾と、制度レベルの不満の解消は別の時間軸で進んでいる。左派の結束を求めるシャテランの発言が示すように、2027年予算案をめぐる政治対立は、この秋の高校生デモの行方と無関係ではいられない。
子どもの睡眠時間や家族と過ごす時間を犠牲にしてまで守られる「効率」や「選択の自由」は、はたして教育の成果と呼べるのだろうか。あなたの国の学校は、生徒の一日をどんな時間配分で設計しているだろうか。
出典
- RFI France:«L'union de la gauche est un impératif», alerte la députée écologiste Cyrielle Chatelain (2026/10/5)
- franceinfo (titres):Des lycéens et étudiants manifestent aussi en Belgique francophone, pour soutenir les enseignants et dénoncer des frais en hausse (2026/10/6)
- franceinfo (titres):Mobilisation des lycéens : pourquoi remplacer les professeurs absents reste un casse-tête pour l'Éducation nationale ? (2026/10/5)
- franceinfo (titres):Mobilisation des lycéens : pourquoi les journées sont-elles à rallonge depuis la réforme Blanquer ? (2026/10/6)
- franceinfo (titres):REPORTAGE. "Mes enfants ont assisté à des scènes très violentes" : les parents d'élèves inquiets alors que se profile une nouvelle semaine de mobilisation lycéenne (2026/10/5)