家族という沈黙 ― 妊娠を隠した女性、帰国できない駐在員、名前を持たなかった大統領夫人たち
2026/8/2
ヴォクリューズ県オランジュのアパートで、32歳の男性が5人の乳児の遺体を見つけた。内縁の妻がその6日前に自宅で出産していたことに動揺し、過去にも妊娠を認識していなかったのではないかと疑って調べた結果だったという。検察によれば、女性は2018年から2025年にかけて、5人の子どもを殺害した疑いで捜査対象となり、拘置された。同じ週、ロワール県サンテティエンヌでも、36歳の女性が自宅で出産した2日後、新生児の遺体がごみ袋の中から見つかっている。すでに4人の子どもがいたこの女性を診た医師らは、ここでも妊娠否認があったと説明した。
事件だけを見れば、猟奇的な悲劇として処理してしまいたくなる。実際、過去にもヴェロニク・クルジョーやドミニク・コトレのように、複数の新生児の死に関与したとして有罪判決を受けた女性たちがいた。だが専門家たちがfranceinfoに語った内容を追っていくと、この現象がもっと静かで、もっと構造的な場所に根を張っていることが見えてくる。
妊娠否認とは、女性が自分の妊娠を身体的にも心理的にも認識できない状態を指す。刑務所内の病院で心理士として働くオディル・ヴェルショは、「胎児は、妊娠した女性にも周囲の人にも臨床的な兆候がないまま、体内で“密航者”のように成長する」と表現する。周産期精神科医のリュシー・ジョリによれば、出血を月経と受け止め、吐き気もほとんどなく、胎児の動きを消化器系の不調だと解釈する女性もいるという。ル・モンドが2025年初めに報じたところでは、女性の500人に1人は妊娠に気づくのが遅く、2500人に1人は出産の瞬間まで気づかない。フランス国立保健医学研究所は2010年、新生児殺害の実際の頻度を出生10万件あたり2.1件と推計しており、これは司法統計に表れる件数の5.4倍に当たるという。つまり、この現象は司法の記録よりもずっと広く、そしてずっと見えにくいところで起きている。
ここで見過ごされがちなのは、否認が「嘘」でも「意図的な隠蔽」でもないという点だ。ジョリ医師は「誰も妊娠という可能性を考えなければ、同じ兆候をそれぞれ別の方向に解釈する」と述べている。誰も、というのは本人だけではない。周囲の家族も、パートナーも、社会も、その身体に妊娠という物語を読み込もうとしない。社会学者のジュリー・アンシアンは、有罪判決を受けた女性たちの多くが「非常に目立たず、従順で、社会規範に過剰に適合しているため、社会の中で存在が見えなくなる女性たち」だったと指摘する。パートナーについては「配慮に欠け、あまり関与しておらず、妻を自分の所有物のように扱い、避妊について本当に気にかけていない」男性が多かったとも述べた。アンシアンの分析では、多くの女性は妊娠していることを知りながら、その現実を拒否した。中絶するには遅すぎる時期になり、出産を迎えてしまう。新生児の殺害が「望まない母性から逃れる唯一の手段」になってしまうのだという。
この構図が示しているのは、避妊や中絶へのアクセスがあるはずの現代社会でも、誰にとっても等しく利用可能なわけではないという事実だ。アンシアンが分析した有罪判決を受けた女性の多くは、経済的に不安定な環境の出身だったという。「目立たず、従順であること」が評価される家庭や社会の規範のなかで、望まない妊娠という現実は、相談する先を持たないまま、個人の胸のうちに押し込められていく。
家族という単位が、支援を必要とする個人を見えなくしてしまう構図は、まったく違う文脈にも顔を出す。海外駐在から故郷へ戻ることについて、モーリシャス島のExpat.com創設者ジュリアン・ファリュは、帰国は出発よりも難しい場合があり、しばしば過小評価され、予想されにくい移行だと述べている。出ていくときは誰もが「大変だろう」と心配してくれる。だが戻ってくることは、単に「元の場所に帰るだけ」だと見なされ、そこに新たな適応や支援が必要だという発想自体が持たれにくい。ここに共通しているのは、家庭や故郷という「本来支えてくれるはずの場所」に帰る・留まるという行為が、当然にうまくいくものとして扱われ、そこで生じる困難が制度的な支援の対象から漏れ落ちるという構造だ。
この見えにくさは、家庭の外、権力の中枢でも起きてきた。歴史家ジョエル・シェヴは著書『L'Élysée au féminin』で、フランス大統領の妻や伴侶たちが、革命から第四共和国の終わりまで、現実的で時に過酷で、しばしば感謝されない役割を担ってきたにもかかわらず、それが長らく公的には認識されてこなかったことを明らかにしている。国家という最も公的な権力の場でさえ、その運営を支えていたのは、名前も肩書きも与えられなかった家庭内の労働だったということになる。妊娠否認をめぐる沈黙も、駐在から戻った者の孤立も、権力を支えた伴侶たちの不可視の仕事も、規模はまったく異なるが、「家族的なものは私的であり、放っておいても機能する」という前提のうえに立っている点で、地続きに見える。
日本でも、妊娠や育児の困難は家族の中で解決されるべき問題として扱われやすく、相談窓口に到達するまでに時間がかかることがあるとされる。家族の中で起きることは家族の中で処理すべきだという規範は、支援を求める行為そのものを「家族の失敗」の告白のように感じさせてしまうのかもしれない。アメリカでは、中絶や避妊へのアクセスをめぐる論争が、母性の選択そのものを政治の対立軸に押し上げてきたと一般に言われる。フランスの事件が示すのは、それとは違う角度から同じ問題に光を当てている。すなわち、政治的に大きく争われるかどうかにかかわらず、妊娠や母性は個人の選択の話であると同時に、避妊へのアクセス、貧困、パートナーの態度、精神的支援の有無という社会的な条件に強く左右されるという点だ。
単身で暮らす人が増え、国境を越えて移動する人が増え、家族や地域による日常的なケアの余力が細っていくとすれば、「家族が支えてくれるはずだ」という前提の上に組まれた制度は、支援が届かない空白をこれからさらに広げていくだろう。これは筆者の推測にすぎないが、オランジュの事件も、ファリュが語った帰国の孤独も、シェヴが掘り起こした名もなき伴侶たちの労働も、同じひとつの問いを私たちに突きつけているように思える。
家族が支えるはずだという前提は、実は、助けを求めるべき人を沈黙させてはいないだろうか。