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家族という密室に、社会はいつ踏み込むべきか
社会・文化

家族という密室に、社会はいつ踏み込むべきか

2026/8/5

8月4日の未明、フランス東部モゼル県ウッピー。深夜11時過ぎ、警察は路上での暴行の通報を受けて駆けつけた。39歳の父親が18歳の娘の髪をつかみ、引きずっていたという。だが警察が到着すると、事態は思いがけない方向に転がる。父親は家族の暮らすアパートに立てこもり、警官を脅し続けたため、特殊部隊RAIDまで出動する事態になった。突入後、部屋の中で見つかったのは1歳から18歳までの7人の子どもたちだった。ゴキブリ、ノミ、ダニ。子どもの中には身体に痕がある者もいた。全員が入院し、両親は暴行と「子どもの健康・安全・道徳・教育を危うくするほど法的な義務を果たさなかった」疑いで拘束された。

この一件だけを読めば、痛ましいが特殊な事件で終わる。ところが同じ週、フランスのニュースにはもう幾つか、方向はまるで違うのに、どこか同じ場所を指している出来事が並んでいた。

同じ8月4日、ニースでは17歳の少年がアパートで死亡しているのが見つかり、59歳の父親が「謀殺」容疑で拘束された。検察当局によれば少年はおそらく首を絞められて死亡し、正確な死因は司法解剖にゆだねられる。父親自身は自殺を図って入院していたが、退院後に取り調べを受けることになった――つまり、家族の内側で一つの危機がすでに進行していたことを、この一件は事後的に示している。

イタリアでは、家族相エウジェニア・ロッセッラの夫、84歳のルイジ・カヴァッラーリ氏の遺体が、行方不明から1カ月余りを経てヴィーコ湖で発見された。妻の目の前で船から湖に飛び込み、気分が悪いと言い残して姿を消したという。船が流されてしまい、妻は夫のもとへたどり着けなかった。家族政策を司る大臣であっても、配偶者を失う瞬間には、他の誰とも変わらぬ一人の家族として立ちすくむしかない。

そしてもう一つ、少し毛色の違うニュースがある。英国の音楽家フィル・コリンズは、2024年4月にアルコール依存症で臓器不全に近い状態となり、意識不明のままスイスの病院に横たわっていた。マネージャーは5人の子どもたちを病床に呼んだ。「人々が私に別れを告げに来た。でも、彼らが来たことを私は覚えていませんでした」とコリンズは振り返る。2006年の離婚を経て依存は深まり、友人エリック・クラプトンの治療施設に一度は身を寄せたが、帰りの飛行機でワインを開けた。危機が本当に外部から「見える」ようになったのは、もう手遅れに近い段階だった。

これらを並べて気づくのは、家族という単位が持つ二つの顔だ。一つは、最も安心できるはずの支え合いの場。もう一つは、暴力も、依存も、老いの孤独も、外からは見えにくいまま進行してしまう密室だということだ。ウッピーの子どもたちがノミやダニに覆われるまで誰にも通報されなかった事実、ニースの父子の間で何が起きていたのかが事件後にしか分からない事実、コリンズの依存が「臓器が止まりかけて」初めて家族に共有された事実――そのどれもが、家族の自律とプライバシーを尊重するという当然の前提が、同時に危機を隠す壁にもなり得ることを示している。

では社会は、いつ、どのように踏み込むべきなのか。フランス政府が9月20日まで実施している市民アンケートは、まさにこの問いを高齢化という角度から扱おうとする試みだ。自宅で暮らし続けるために何が必要か、介護施設や共有型の住まいをどう感じるか、そして誰が高齢者を支えるのかを、政府は匿名のオンライン調査で市民に問うている。背景にあるのは、2030年には4人に1人が60歳を超え、2050年には3人に1人がそうなるという見通しであり、今後25年間で20万人の専門職が必要になるという推計だ。フランスでは現在1000万人が高齢や病気の親族を支える介護者だという。この数字は、ケアがどれだけ「家族の仕事」として当然視されてきたかを物語ると同時に、その前提がもう一人では持ちきれなくなっていることも示している。会計検査院は、65歳以降を健康に過ごせる期間が1年延びれば医療保険で15億ユーロの節約になると試算しており、政策側の関心は「介護をどう分担するか」だけでなく「介護に至る前をどう支えるか」にも向いている。

ここで見過ごされがちなのは、こうした市民参加型の意見募集そのものが、家族の私的領域に国家がどう関わるべきかという問いへの、一つの答え方になっているという点だ。命令や規制ではなく、まず市民自身に「あなたはどう老いたいか」「誰に頼りたいか」を尋ねる。プライバシーを尊重しながら支援を届けるという、フランス的なバランスの取り方がそこには表れているように見える。

日本では、家族介護への依存がなお強いと言われることが多く、虐待の通報や支援への接続には地域差があるとされることも少なくない。もし同じ問いを日本の読者に向けるなら、隣人や地域包括支援センターが果たす役割、あるいは「家族に迷惑をかけたくない」という感情がどこまで支援を求める行動を遅らせているかを、自分の暮らしに置き換えて考えてみる価値があるだろう。フランスのアンケートが問うているのも、結局はその一点だ――家で暮らし続けるために、あなたは誰を頼れるか。

この秋、フランスでは全国自立会議が開かれ、市民アンケートの結果が行動計画に反映される予定だという。一方でウッピーやニースの事件は、司法解剖や取り調べを経て、家族の中で実際に何が起きていたのかが今後明らかになっていくはずだ。老いへの備えという静かな政策論議と、暴力や依存という激しい危機の露呈が、同じ週に同じ国で報じられたのは偶然かもしれない。しかしどちらも、「家族に任せておけば大丈夫」という前提がどこまで通用するのかを、私たちに問い直させる。

家族のプライバシーを尊重しながら、助けを求めにくい危機を社会はどう見つけ、支えられるだろうか。あなたの身近な人が今、静かに危機の中にいたとしたら、それに気づける仕組みは、あなたの暮らす場所にあるだろうか。

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