
配車アプリの画面に映らないもの――フランスで問われる「誰が決めるのか」
2026/9/11
ウーバーで配車を呼んだとする。隣にいる友人も、同じ場所から同じ目的地まで、同じアプリで呼んだとする。二人の画面に表示される金額は、同じだろうか。
9月9日、この問いを法廷に持ち込んだ人たちがいる。英国、オランダ、ベルギー、ドイツ、フランス、ポーランド、ルーマニアで数千人のウーバー運転手を代表する組織「ワーカー・インフォ・エクスチェンジ・インターナショナル」が、アムステルダムの裁判所に申し立てを行った。運転手たちの主張はこうだ。アルゴリズムは全員に同じ価格を提示しているわけではない。勤務時間、乗車履歴、自宅住所、日々の移動経路まで人工知能が分析し、その運転手がその瞬間に「受け入れる用意のある最低価格」を割り出している——つまり、あなたがいくら稼げるかを、あなた自身よりもよく知っているシステムが、あなたに知らせないまま決めている。ウーバー側は、報酬の変動は個人の行動ではなく需要や移動時間によるものだと反論しているが、同社はすでに別件で、運転手のアカウントを本人に知らせず自動停止したとして、オランダのデータ保護当局から8億2500万ユーロの罰金を科されている。
この一件だけなら、プラットフォーム経済にありがちな摩擦の一つとして片づけられるかもしれない。だが同じ週、フランスでは性質の異なる三つの出来事が重なっていた。並べてみると、そこに一本の線が見えてくる。
まず、出版界。ヴァンサン・ボロレの指示でグラッセの社長オリヴィエ・ノラが退任させられたことをきっかけに、4月から260人の作家が反発を続けている。9月10日、そのうち80人の作家が『La Grande Evasion(大脱走)』という共著本を刊行した。ヴィルジニー・デパントは「私の文章の身体は、私の身体だ」と書いている。作家たちが求めているのは謝罪ではない。出版社のイデオロギー的な方針が変わったとき、作家が契約を解消して自分の作品の権利を取り戻せる「信頼条項」の導入だ。書いたものの所有権は、書いた人の手を離れて、企業を所有する人の意向に委ねられている——この構造そのものへの異議申し立てである。
次に、企業承継。政府は2030年までに約37万社が経営者の退職などで承継対象になると見込み、清算を防ぐために従業員への事業承継を税制面で後押しする方針を打ち出した。「パクト・パパン」と呼ばれるこの政策は、登録税の引き下げや譲渡益控除の拡大を通じて、企業を外部の投資家ではなく、そこで働いてきた従業員に引き継がせやすくする。アンジェ近郊の建設会社では、従業員が過半数の出資持分を持つ協同組合型企業「スコップ」として承継する計画が進んでおり、次期代表取締役は「投資家ではなく、本当に従業員自身が会社に資金を入れて関与するこの仕組みについて、銀行はまだ十分に対応できていません」と語っている。ここでも問われているのは、事業の価値を生み出してきた人が、その事業の行方を決める側に回れるかどうかだ。
そしてもう一つ、規模も文脈もまったく異なる出来事がある。アムネスティ・インターナショナルが9月10日に公表した報告書によれば、ロシアは外国人を「民間の仕事」だと偽って勧誘し、読めない言語で書かれた軍事契約に署名させ、前線の危険な突撃任務に投入している。ウクライナ側は約40カ国から数万人が採用されたとみている。キューバ出身のある男性は「支援業務に就くと言われていた。前線に行くとは言われていなかった」と証言した。これは戦争犯罪をめぐる報告であり、労働問題とは次元が違う。だがそこに共通する構造だけを取り出せば、見えてくるものがある。自分が何に同意しているのか、その先に何が待っているのかを、本人が知らされないまま、契約という形式だけが独り歩きしている、という構造だ。
ウーバーの運転手も、グラッセの作家も、承継を待つ企業の従業員も、そしてロシアに渡った外国人労働者も、置かれている境遇の重さはまったく異なる。それでも、これらのニュースが同じ週に並んだことには意味があるとわたしは思う。効率や利益を追う組織——プラットフォーム企業であれ、出版社であれ、軍であれ——において、価値を生み出す当事者が、その価値の使われ方や分配を決める場に居合わせられるかどうか。フランスではこの問いが、賃金の多寡ではなく「発言権」や「情報へのアクセス」という言葉で語られやすい。ウーバー運転手が求めているのは賠償金である以上に、アルゴリズムの中身を知る権利だ。作家たちが求めているのは印税の増額である以上に、自分の作品がどんな会社に所属し続けるかを選ぶ権利だ。承継を目指す従業員たちが求めているのは融資である以上に、経営そのものを引き継ぐ権利だ。EUのデータ保護規則が「個人の生活に重大な影響を及ぼす自動化された決定」に人による審査を義務付けているのも、同じ発想の延長線上にある。
もう一つ、アルプス2030冬季大会の組織委員会をめぐるニュースも、この文脈に置くと違って見えてくる。会長エドガー・グロスピロン氏は9月10日、数カ月に及ぶ内部対立の末に辞任した。運営責任者、広報責任者、報酬委員会委員長、最高経営責任者と、幹部の辞任が続き、『ル・パリジャン』は職員の間に心理社会的リスクや病気休暇、辞職の脅しが広がっていたと報じている。グロスピロン氏は「しがみつくよりも、引き継ぐ方が正しい時点に達した」とLinkedInに記した。巨大プロジェクトのガバナンスが誰の手にあり、誰の声が届いていたのか——この問いも、規模は違えど同じ根から生えている。
日本の状況をこの枠組みに重ねてみると、輪郭がはっきりする。日本では正社員としての長期雇用と企業内での協調が、ある種の安定と引き換えに発言の場を保障してきたと一般に言われる。年功序列や終身雇用の慣行のもとでは、従業員は企業の外に出て権利を主張するより、内部でゆっくり発言力を積み上げる道を歩んできたとされることが多い。だが、非正規雇用の拡大や、配達員・ドライバーのような個人請負・プラットフォーム労働の広がりは、その前提だった「内部にいれば発言できる」という構造そのものを掘り崩しつつある。個人請負として働く人や、フリーランスの創作者が、契約内容やアルゴリズムの中身について交渉する制度的な足場は、フランスの作家たちが手にしつつある「信頼条項」のような具体的な武器と比べると、まだ弱いと言わざるを得ない。
この先、フランスで進行中の動きがどう転ぶかは分からない。ウーバーをめぐる集団申し立ては欧州24万人の運転手に関わる可能性があるとされ、判断次第でアルゴリズムの透明性をめぐる欧州全体の基準に影響するかもしれない。出版契約の均衡を図る法案はすでに上院を通過しているが、作家たちが求める「信頼条項」は盛り込まれておらず、次の攻防はそこに移るだろう。従業員承継を後押しする税制も、銀行が「投資家ではない従業員」への融資にどこまで前向きになれるかにかかっている。どれも、成果を生み出す人と、成果を分配する権限を持つ人との距離を、少しでも縮められるかどうかの試みだ。
AIが個人の行動を分析して報酬を決め、資本が出版や大会運営の方向性を左右し、契約書の文字が読めないまま人が戦場に送られる——程度の差はあれ、これらはすべて「決定権が、価値を生み出す本人からどれだけ離れた場所にあるか」という一つの軸の上に並んでいる。あなたの職場で、あなたの働き方や報酬を左右する決定は、どこで、誰によって下されているだろうか。そしてその決定に、あなた自身の声はどれだけ届いているだろうか。