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隠れた雇用、67歳の年金、そして「誰が支えるのか」という問いの正体
経済

隠れた雇用、67歳の年金、そして「誰が支えるのか」という問いの正体

2026/9/13

1700件超の送金、総額300万ユーロ超。パリ近郊ヴァル=ドワーズ県の一軒の建設会社が、わずか3年でこれだけの金を個人口座に流していた。ところが同じ期間に届け出られた雇用前通知は、たった7件。つまりこの会社で働いていた人のほとんどは、公式には「存在しない労働者」だったことになる。9月9日、実質的な経営者とその家族の一人が拘束され、170万ユーロ相当の不動産6件と高級品が差し押さえられた。社会保険料徴収機関Urssaf(ユルサフ)が受けた損害は約250万ユーロと推定されている。

数字だけ見れば、地方の一企業の脱税事件にすぎない。だが、この事件がなぜ今フランスで報じられ、なぜ興味深いのか。それは、同じ時期にフランス政治の中心で交わされている議論と、驚くほど地続きだからだ。

9月30日、セバスチャン・ルコルニュ首相は新年度予算案を公表する予定になっている。その前哨戦として、極右・国民連合(RN)の大統領選候補マリーヌ・ルペン氏は9月12日、パ=ド=カレー県ル・トゥケで「増税も、働くフランスへの社会的不公正も受け入れない」「歳出削減を、歳出削減を、歳出削減を要求する」と繰り返した。一方で彼女は、選挙前に「不完全でも実行可能な予算」を成立させておくべきだとも主張している。理由は単純で、2027年に政権を取った場合、既存の予算のほうが白紙から作り直すより速く修正できるからだ。予算をめぐる駆け引きは、もはや政策論というより、次の選挙をにらんだ時間差の戦術になっている。

そしてこの予算論議の奥に、必ず年金がある。中道のエドゥアール・フィリップ氏は、法定退職年齢を67歳に引き上げる案をかつて提案しており、大統領選が本格化する中でこの論点がどう扱われるかが焦点になっている。共和党候補ブルーノ・ルタイユー氏の報道官ピエール=アンリ・デュモン氏は、さらに踏み込んだ数字を挙げている。フランスの社会保障支出はGDPの14%を超え、その中心は年金だ。賦課方式――現役世代が納めた保険料をそのまま今の退職者に回す仕組み――は、もともと「退職者1人を現役世代4人で支え、退職後の平均余命は5年」という前提で設計された。ところが現在は「退職者1人に対して現役世代は1.6人、退職後の余命は20年から25年」だとデュモン氏は指摘する。同氏は、平均寿命に連動して退職年齢を個人ごとに決める仕組みと、積立方式の一部義務化という二つの方向性を示す一方、最低老齢年金を守るため賦課方式の基盤自体は維持すべきだとも述べている。

ここで見落とされがちなのは、建設会社の詐欺事件と、この年金・予算論議が、実は同じ財布の話だという点だ。Urssafに納められるべきだった社会保険料は、まさに年金や医療保険の原資になる。1700件の隠れた送金は、単に一企業の不正であると同時に、制度を支えるはずだった現役世代の拠出が、丸ごと制度の外側に漏れ出した現場でもある。デュモン氏が「退職者1人を1.6人で支える」と言うとき、その1.6人がきちんと保険料を納めている前提で数字は成り立つ。だが実際には、その中に「7件しか届け出られていない」働き手が紛れ込んでいるとしたら、制度が想定する支え手の数はさらに目減りする。詐欺の摘発と年金改革は、別々のニュースとして報じられながら、同じ「支え手をどう確保するか」という問いの二つの断面なのだと考えられる。

この構図を日本の読者はどう読むだろうか。日本でも少子高齢化に伴う社会保障財源の議論は長く続いているが、一般に、家計の金融資産に踏み込んだ課税は政治的に慎重に扱われる論点とされることが多い。フランスの議論がやや異なるのは、年金・雇用・企業への課税・従業員の資産形成までを、一つの再分配の輪として結び直そうとする傾向が強いところだろう。デュモン氏が「所得税の40%を課税世帯の1%未満が支払っている」と述べ、増税より歳出削減を優先すべきだと主張する一方で、賦課方式の骨格は残すという折衷案を示しているのも、その表れに見える。負担を誰から取るかという議論が、年金・保険料・課税を横断して行われているのだ。

アメリカについてこの記事の材料から言えることは限られるが、一般に雇用保障や社会保険料の議論よりも、減税と民間投資を軸にした語り口が前面に出やすいとされることが多い。フランスの「賦課方式を守りながら積立方式を一部義務化する」という折衷的な発想は、公的な支え合いを土台に置きつつ市場的な仕組みを部分的に組み込むという、両者の中間を探る試みのようにも読める。

選挙をにらんだ政治家たちの発言は、どうしても目先の票読みに引きずられる。ルペン氏が「不完全でも実行可能な予算」を望むのも、フィリップ氏が67歳案にどう向き合うか慎重になっているのも、結局は2027年の大統領選という締め切りから逆算した動きだ。しかしその陰で、Urssafの検査官やOCLTI(違法労働対策中央局)の憲兵たちは、制度の抜け穴を一件ずつ塞ごうとしている。派手な政策論争と、地味な摘発作業。どちらも同じ社会契約――働く世代が納め、高齢世代が受け取る、という約束――を支えるための営みだ。

今後、9月30日の予算案公表を経て、この予算がどこまで修正されながら国会を通過するかが焦点になる。ルペン氏の「政治的条件」――EUの次期財政枠組みへの不合意、エネルギー計画PPE3の停止、移民の凍結――が政府にどこまで飲まれるかも、予算成立の行方を左右するだろう。年金改革の議論も、こうした駆け引きの中でどこまで具体化されるか見通しにくい。

負担を隠れた形で先送りするのか、それとも世代・所得・企業規模ごとに可視化して合意をつくるのか。フランスの現在地は、その分かれ道のかなり手前にあるように見える。あなたなら、生活を支える財源の負担を、働く世代・企業・年金受給者の間でどう配分するべきだと思うだろうか。

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