
ミスト噴霧器の下で子どもが遊ぶ、パリ3区役所前の8月
2026/8/19
水を汲む列に並ぶ母親、洗濯物を干す手、そして遊具のまわりでミスト噴霧器の霧を浴びながら「ほかのことを忘れようとしている」子どもたち。8月のパリ3区役所前の広場には、テントと簡易シートが並んでいる。子ども約70人を含む約250人が、支援団体Utopia 56の助けを借りてここに身を寄せている。6月23日から緊急宿泊施設「サミュ・ソシアル」本部前を占拠していた約450人が、8月13日の警察介入で退去させられた後の光景だ。
ある母親は、盾が地面にぶつかる音を今も覚えているという。「子どもたちはおびえていました。ほかの母親たちは、幼い子どもに何が起きているのか見せないようにしていました」。県当局はホテルなど代替の宿泊先を提示していたが、1週間だけの提案では「更新されなかったらどうなるのか分からない」と応じられない人が多かった。支援団体のコーディネーターは、ここにいる人々の多くが仕事を持ち、医療や社会的支援を受け、子どもをパリの学校に通わせていると強調する。「ある日突然マルセイユやブールジュに送られるのは、かなり尊厳を欠くことです」。
この言葉が、この記事の核心を言い当てている気がする。フランスは共和国の理念として、出自にかかわらず個人を平等に扱う普遍主義を掲げてきた。ところが実際に住まいを失った人を前にすると、都市が用意できるのは「収容」であって「定着」ではないことが多い。仕事、通院先、子どもの学校――生活はパリという特定の場所に根を張っているのに、行政の対応はその人を「移動可能な数」として遠方へ再配置する。市役所の職員も「私たちはこの運動の主導権を握っていない」と認めている。誰も悪意で動いているわけではないのに、結果として生活の連続性が断たれる。この落差こそ、フランスにおける移動と尊厳の問題の輪郭だと思う。
同じ8月、ケベックの作家テリソン・オレリアンの小説がフランスで刊行された。ギャング抗争から逃れ、南米を経てカナダを目指すハイチ人教師の物語は、23カ国で版権が取得されたという。作中の一節はこう語る。「移民の本当の旅とは、移動の行程ではない。切り捨てられること、奪われること、自己がゆっくりとすり減っていくことだ」。書類も金も権利もない人間になっていく過程を、統計ではなく喪失の物語として描くこの本は、米国の移民手続きCBP Oneが庇護申請者を「接続された懇願者」に変えてしまうと指摘する場面も含む。パリの広場で起きていることと、この小説が描く旅は、地理も制度も違うのに、同じ問いを裏側から照らしている。移動する人にとって、住所や仕事、学校という「継続」を失うことは、身分証を失うことと同じくらい深い意味を持つのではないか。
もっとも、移動が必ず摩滅として終わるわけではない。ベナン出身の音楽家アンジェリーク・キジョは、独裁体制下の1983年、出国許可を持たないまま国境を越え、パリの兄のもとへ渡った。通過を許した税関職員は、後年本人が探し出して礼を伝えたところ、その行為を後悔していないと語ったという。今年8月18日、キジョはハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに星を刻む、音楽部門で初めてのアフリカ大陸出身者になった。制度が壁を作るところで、一人の職員の判断が道を開いたという事実は、都市や国境の「保障」が最終的には個人の選択の積み重ねでもあることを示している気がする。
一方で、誰が「この国に属する」と認められるかをめぐる線引きは、依然として激しく争われている。2023年にクレポルで16歳の高校生が殺害された事件では、予審判事が人種差別を加重情状として認定したのに対し、ヴァランス検察局は証言が少数かつ矛盾しているとして異議を唱えた。被害者側の弁護士は「思想的な盲点があってはならない」と反論する。誰が排除される側で、誰が「フランス人」として保護される側なのかという境界線が、法廷という最も厳密であるべき場で、なお定まっていない。ドイツでは、ロシアの情報機関に利用されたウクライナ人男性に禁錮15カ月の判決が出た。避難した先で、移動する人自身が安全保障上の疑いの対象にもなり得るという現実は、寛容と警戒が同時に迫られる受け入れ国の難しさを物語っている。
日本では、事情はかなり違う形で現れるとされることが多い。難民として認定される道が狭いことに加え、地域社会が定住を支える仕組みも十分ではないと指摘されがちだ。就労や教育へのアクセスが制度的な壁になっている場合、フランスの路上のような可視的な光景にはならなくても、同じ「継続の断絶」が形を変えて起きているのかもしれない。パリの広場で起きていることは、たまたま目に見える形をとった、より普遍的な問いの一断面なのだと思う。
県当局と関係者の交渉は続いており、大雨の予報が迫るなかで、当面の落ち着き先が見つかるかどうかが焦点になっている。だが仮に今週の危機が収まったとしても、仕事と学校と病院を同じ都市に持つ人を、どこまで「その場所ごと」保障できるかという問いは残るはずだ。移動を強いられた人にとって、住む場所とは単なる屋根ではなく、積み重ねてきた生活の証でもある。あなたの街が、ある日突然その証を失った人を迎えるとしたら、そこで保障すべきなのは一時の避難所か、それとも生活そのものの継続だろうか。