
かごひとつ、電話一本、そして届かなかった通報――家族の外側にある社会の手
2026/9/6
月に70ユーロ。ナディーヌと夫がリヨンの学生一人に費やす金額は、それくらいだという。WhatsAppで欲しいものを聞き、週末に家へ呼んで一緒に夕食をとり、買ったものを持たせて帰す。「子どもたちが家を離れた後も、時代に遅れずに学生を助けることができる」と彼女は語っている。相手の学生からは「人生で起きた最高のこと」と言われたそうだ。少し照れながらも、ナディーヌはその言葉を否定しない。
この何気ない夕食の風景は、フランスの団体「1 Cabas pour 1 Étudiant」が仕組んだものだ。2026年の新学期、学生の5人に1人が月891ユーロの貧困線を下回る生活を送り、2人に1人が予算不足で食事を抜いているという。団体の担当者マエリス・シルヴェイラは、目的は「食料面の支援を超えていくこと」だと説明する。買い物かごを届けるだけでなく、住んでいる街に頼れる大人を一人つくること。行政手続きや住居探しに付き添う「伴走者」を用意すること。カメルーンから来てリヨンで学んだクリスチャンは、支援者の女性を「母親と息子のようだった」と振り返り、彼女が人脈を使って住居を探すために闘ってくれたと語っている。
ここで気づかされるのは、この団体がやっていることの多くが、本来なら家族が担うはずの機能だということだ。仕送り、進路の相談相手、行政手続きの付き添い――それらを、親でも親族でもない他人が、1年以上という時間をかけて肩代わりしている。5年間で50都市、7500人という規模は、こうした「代わりの家族」を必要とする若者が、決して例外的な少数ではないことを示している。
この構図は、もっと重い場面でも繰り返し現れる。オート=ソーヌ県ジーで起きた事件はその一つだ。別居手続き中だった42歳の父親が、6歳と10歳の息子、そして74歳の祖母を殺害した後、自ら命を絶ったという見方が捜査当局によって有力視されている。司法解剖では、2人の子どもがそれぞれ背中に近距離から銃撃を受け、祖母は3回の刺傷に加え首を絞められた痕跡も確認されたという。父親自身は憲兵隊に電話をかけ、子どもを殺したと自ら通報していた。家庭という最小単位の中で、保護すべき存在を保護する側が奪う側になったとき、社会はその境界線にどう介入できたのか――捜査は続いており、答えはまだ出ていない。
モゼル県のケースは、家族に代わって公的に子どもを預かる仕組み、つまり里親制度そのものの中で起きた。1990年代初めから約50人の子どもを自宅で受け入れてきた夫婦のうち、夫は1997年から2016年にかけて強姦や性的暴行を加えた疑いで、妻は虐待を通報しなかった疑いで、それぞれ正式に捜査対象となった。聞き取りを受けた元未成年者約50人のうち26人が被害を訴え、検察官は「未成年者の一つの世代全体が関わっている」と述べている。捜査のきっかけは2022年、成人したばかりの女性が声を上げたことだった。夫婦はいったん未決拘禁されたが、控訴院の判断で釈放され、現在は司法監督下にある。家族が果たせない、あるいは果たさない保護の機能を公的に代替するはずの制度が、逆に長期にわたって暴力の温床になっていた可能性がある、という事実は重い。
そしてもう一つ、国境をまたぐケースがある。ナントの母親クロエ・ムリエールは、フランスとルーマニアの両方で単独親権を認める判決を得ていながら、2024年に元夫に連れ去られた息子を取り戻せずにいる。ルーマニアでは「あそこに置いておけ、どうせ取り戻せない」と言われ、警察に腕から子どもを引き離されたという。父親のアルノー・パリは、米国へ連れ去られた双子の娘をめぐり、ハーグ条約に基づく返還手続きの遅れに抗議して33日間の断食を行った。彼が協力する団体の推計では、フランスでは1日に4人の子どもが親による連れ去りの被害に遭うといい、フランス司法省は専門の調停窓口を設けたものの、現在扱っているのは189件にとどまる。条約という国際的な約束事があっても、それを実際に動かすのは各国の司法と外交の実務能力であり、そこに大きな隙間があることを、この証言は浮き彫りにしている。
奇妙なことに、同じ週にフランスの映画館では、家族内の暴力や制度の機能不全を扱う作品が相次いで公開されている。性暴力の加害者とされる兄をかばうか被害者を助けるかで揺れる妹を描く『The Good Sister』、服役を終えて戻った虐待的な父親と再会する姉弟を描く『La Frappe』、退職後も白衣を脱げない医師を通じて医療現場の崩壊とドメスティックバイオレンスを重ねる『La Dernische Patiente』――こうした作品が同時にスクリーンにかかっていること自体は偶然かもしれない。だがフィクションが繰り返しこのテーマに戻ってくるという事実は、家族という制度への信頼が、フランス社会の中でどれほど揺らぎながら意識され続けているかを、間接的に映しているようにも見える。
ここで見えてくるのは、一つの共通した問いだ。家族が扶養し、保護し、育てるという役割を果たせない、あるいは果たさないとき、社会はどこまでそれを引き受けるのか。リヨンの団体は、家族の代わりに継続的な伴走者を用意することでこの問いに答えようとしている。里親制度は、本来その答えの一つであったはずなのに、モゼルのケースではむしろ制度そのものが子どもを傷つける場になってしまった。国境を越える連れ去りの問題では、答えを出すべき主体である国家同士の連携が、条約の存在にもかかわらず機能していないことが露呈している。そしてジーの事件は、家族の内部で起きる暴力を、外部の誰も止められなかったという、最も痛切な形での問いかけだ。
日本の読者にとって、この一連のニュースはどこか遠い国の話には聞こえないかもしれない。日本でも家族が扶養や保護の第一の担い手だとされることは多く、困窮した若者や虐待の被害を受けた子どもが、家族という単位の外側で継続的な支援にアクセスし続けられる仕組みは、必ずしも十分ではないと言われることがある。フランスの学生支援団体のように、赤の他人が「もう一つの家族」として1年以上寄り添う仕組みが社会に広く根づいているかと問われれば、答えに詰まる人も少なくないだろう。もちろん、フランスの里親制度が抱える課題や、国境を越えた連れ去りをめぐる外交の限界を見れば、公的な仕組みを整えることが万能の解決策ではないことも同時にわかる。制度があっても、それを運用する人と資源がなければ、保護は絵に描いた餅になる。
これから先、フランスではモゼルの捜査が里親制度の監督体制そのものを問い直す契機になるかもしれないし、司法省の調停窓口が拡充されるかどうかが、連れ去られた子どもを持つ親たちにとっての実質的な分かれ目になるだろう。ジーの事件は、別居や離婚の過程にある家庭に対して、社会がどこまで踏み込んで見守るべきかという議論を再燃させる可能性がある。いずれの場合も、鍵になるのは、保護を受ける本人――子ども自身、支援を必要とする若者自身――の意思と、その後の生活基盤をどう長期的に支えるかという視点だろう。
家族が安全や扶養を果たせなくなったとき、あなたの暮らす社会は、赤の他人がその隙間に入り込むことをどれだけ許し、後押ししているだろうか。そしてもし自分がその隙間に落ちたとしたら、頼れる制度は、頼れる人は、果たしてそこにあるだろうか。