AntenneFrance

郵便受けに届いた9ミリ弾――フランスの市長たちは、なぜ今「民主主義との戦争」を口にするのか
editorial

郵便受けに届いた9ミリ弾――フランスの市長たちは、なぜ今「民主主義との戦争」を口にするのか

2026/7/23

郵便受けに9ミリ弾が2発。塀には落書き。そして、自宅前に爆発物を積んだ車がある疑いが浮上した夜、フランス国家警察の特殊部隊RAIDが人口4万6,000人の地方都市アレスの市長を緊急避難させた。

クリストフ・リヴァンク市長が標的となった理由は、彼が何か特別な権力を握っているからではない。むしろその逆だ。麻薬密売組織DZマフィアの支配地域を広げさせまいと、検察や警察と連携して摘発を続けた結果、「作戦をやめなければならない」という脅迫文を受け取った。脅し文句の背景にあるのは、南仏マルセイユを拠点に勢力を拡大するDZマフィアで、フランス通信(AFP)の報道によれば、2025年夏以降にアレスにも進出し、地元の密売組織に取って代わろうとしているとされる。

アレスだけではない。グルノーブル近郊エシロルのアマンディーヌ・ドモール市長は、麻薬取引に汚染された建物を閉鎖させた後、今年1月に自宅前の車を放火された。franceinfo(フランスアンフォ)の取材に対し、ドモール市長は「真夜中に爆発音で目を覚ました。バルコニーに出ると、車が炎に包まれていた」と語っている。オワーズ県ヴィレール=サン=ポールでは治安担当副市長の車が爆破された。マルセイユ市副市長のアミン・ケサシ氏は兄2人を密売組織に殺害され、現在は毎日約10人の警察官に守られながら職務を続けていると報じられている。同氏がfrancinfoに語った言葉は端的だった。「私はこの国で大統領に次いで最も身を守られている人物です」。

これは比喩でも誇張でもない。フランスで今、最も身近な公職者である市長や地方議員が、組織犯罪の直接的な標的になっている。

「共和国の公選職を攻撃することも、もはやためらわない」

なぜ市長なのか。この問いはそのまま、フランスの地方自治の構造に突き当たる。

フランスの市長は、行政サービスの最前線に立つ存在であると同時に、地域の秩序と安全に責任を持つ公職者でもある。自治警察を指揮し、都市計画を決め、公共空間のあり方を左右する。言い換えれば、麻薬密売組織が「縄張り」として支配したい地区を統治しているのが市長だ。アレス市の検事正アブデルクリム・グリニ氏がAFPに説明しているように、地元の密売人が摘発されて生まれた「空白」を埋めようとマルセイユから勢力が流入してくるとき、それを阻む最前線にいるのが市長であり、地元当局だ。

だから市長を脅す。作戦をやめさせれば、縄張りを守れる。あるいはもっと単純に、「逆らえばこうなる」という見せしめとして、最も可視的な公職者を狙う。ケサシ副市長がfrancinfoの取材で語ったように、「彼らは何も恐れず、共和国の公選職を攻撃することも、法の支配そのものを直接攻撃することも、もはやためらわない」。

ここで見過ごされがちなのは、数の問題だ。フランス内務省も市長会も、麻薬取引に関連して政治家が標的となった件数の正確な統計を持っていないとfrancinfoは報じている。一方で、政治家全般への侵害行為は広がっているとされ、この犯罪形態自体は「新しく、なお限定的」と当局は表現している。つまり、統計的に把握するには事態が動きすぎており、かつ現象として確実に広がっていることは分かっているが、その全体像はまだ捉えきれていない、という二重の意味で、今まさに変化の途上にある問題だということだ。

一方で、ヴィエンヌ県ブークスでは別の暴力が起きている。人口数百人の小さな村の町長、トマ・ブレ氏が火曜日午後、市庁舎内で目出し帽をかぶった2人組に襲撃された。ポワティエ検察が発表したところによれば、市長は顔を殴られて机に倒れ、床に投げ飛ばされ、侮辱と脅迫を受けた。アレスやエシロルとは別に、地方公職者への暴力という問題の広がりを示している。ブレ市長はfrancinfoの取材に、「選挙で選ばれた公職者を襲うことは、自由、そして何よりも共和国を傷つけることでもある」と語った。

これら複数の事件が重なって浮かび上がるのは、「市長であること」が身体的危険を伴う仕事になりつつある、という現実だ。

フランスのこの状況を、日本の読者はどう受け止めるだろうか。日本でも首長や地方議員への威圧や嫌がらせはあり、近年は選挙に関連した事件が注目を集めることもある。しかし、麻薬密売組織が特定の地区を支配するために自治体首長を組織的に脅迫し、市長を自宅から退避させるという構図は、少なくとも日本の報道では可視化されにくい。これは社会構造の違いを反映しているかもしれない。フランスの市長は地域の治安政策に直接関与するが、日本では警察組織が都道府県単位で国家の管轄下にあり、市長が捜査や摘発の前面に出る機会がそもそも少ない。「市長が麻薬対策の旗手になる」という構図が生まれにくい制度設計だとも言えるし、それゆえに市長が標的になりにくいとも考えられる。

アメリカに目を向けると、地方公職者への脅威は別の様相を帯びているとされることが多い。政治的分極化やSNSを介した脅迫、さらには銃社会という文脈が組み合わさって、地方公職者が脅威を感じる状況が広がっていると一般に言われる。フランスの麻薬組織による脅迫とは動機も手段も異なるが、「住民に最も身近な公職者が安全に職務を果たせなくなる」という点では共鳴する問題がある。

個人の警護で民主主義は守れるか

モンペリエ市長のミカエル・ドゥラフォス氏は、francinfoの取材に対して「恐怖に屈してはならない」と語っている。ドゥラフォス市長自身も2025年に脅迫を受けているとされており、その言葉には体験に裏打ちされた重さがある。

市長たちが求めているのは個人警護の強化だけではない、という点は重要だ。ケサシ副市長が10人の警察官に守られながら職務を続けるコストは、麻薬密売組織との闘いの一側面にすぎない。密売組織が現金で商店の賃借権を買い取り、24時間営業の店舗を通じて資金洗浄を行うという構造を断ち切らなければ、市長を守っても問題の根は残る。アレス市の事例でいえば、摘発を強化するほど「空白」が生まれ、そこに別の組織が入り込むというイタチごっこが起きているとされる。

こう見てくると、「市長への脅迫」という問題は、個人への犯罪という次元を超えていることが分かる。脅迫が成功し、市長が作戦をやめれば、組織は縄張りを維持できる。あるいは市長が辞職すれば、次の候補者は「市長になると命が危ない」というメッセージを受け取る。多様な市民が地方政治に参加する回路が、少しずつ塞がれていく。

市庁舎で覆面の人間に殴られた村の町長も、RAIDに退避させられた南仏の市長も、同じ言葉で自分たちが守ろうとしているものを表現した。選挙で選ばれた公職者への攻撃は、理念への攻撃だ、と。この「共和国」という言葉は、フランスでは単なる国家の呼称ではなく、自由・平等・博愛という理念を体現する政治体制を指す。

しかしその言葉の力だけでは、郵便受けに届いた銃弾には対抗できない。

資金洗浄の摘発、司法の迅速な対応、住民との連帯、そして「市長になっても安全だ」という社会的保証。これらが揃わなければ、民主主義の最前線は少しずつ後退していくかもしれない。そして最終的に問われるのは、当事者である市長たちだけでなく、住民の側の問題でもある。地方の公職者が脅される社会で、住民は地方自治を「自分自身の安全の問題」として引き受けられるだろうか。アミン・ケサシ氏が言う「民主主義との戦争」の前線は、実は市庁舎ではなく、住民一人ひとりの関心の中にあるのかもしれない。

フランスメディアの関連記事