食卓、ガソリン、通販の倉庫、そして子ども――戦争が「日常」に侵食するとき
2026/7/24
ホルムズ海峡付近のケシュム島で爆発音が響くなか、アジアの市場が開く頃にも原油価格は高止まりした。ホルムズ海峡は世界の原油輸出量の約2割が通過すると一般に言われる咽喉部だ。そこで何かが起きるたびに、遠く離れた日本のガソリンスタンドでも価格表示が変わる。戦争とは、前線だけで起きているものではない。
今週、一見バラバラに見えるニュースが三つ並んでいる。ガザ地区で5歳未満の子どもの60%が栄養支援を必要としているとWFPが発表したこと。ウクライナがロシアの「アマゾン」と呼ばれる電子商取引大手ワイルドベリーズの倉庫をドローンで攻撃し少なくとも8人が死亡したこと。そして米国では、イランとの戦争が長引くなかでガソリン価格が2カ月で30%上昇し、中間選挙の最大の争点が「生活費」になりつつあるとフランスのメディアが伝えていること。三つは別々の戦争、別々の地域の話に見える。しかしこれらをひとつの問いで貫くことができる——国家の安全保障は、食べること、移動すること、子どもが守られることを、どこまで犠牲にしてよいのか。
ガザ南部のただ1か所だけが開いている
世界食糧計画(WFP)が7月23日に発表した報告書によると、ガザ地区では2025年10月の停戦合意以降、食料・栄養支援は「大幅に」増加した。2026年5月だけで食料配給が約150万人に届き、現金支援が約70万人に提供されたとPAMは説明している。5歳未満の子どもの60%が栄養支援の対象となったという数字は、改善の証拠であると同時に、いまも60%が支援なしには栄養状態を維持できないという現実でもある。
なぜなら、支援物資のために開いている通過地点はガザ南部の1か所だけだからだ。国連の人道支援部門責任者トム・フレッチャーはすべての通過地点の開放と「イスラエルによる必需品搬入制限の即時解除」を求めているとfraneceinfoは伝えているが、それが実現していない以上、150万人への食料配給という数字は達成ではなく、制約の中での最大値にすぎない。医療機器、衛生システムの交換部品、燃料——これらが「軍事的理由」で制限されているとき、その代償を最初に払うのは子どもであり、高齢者であり、自力では動けない人たちだ。
安全保障の論理からすれば、物資の流入を制限することは「敵勢力への利益を断つ」行為として正当化される。しかし同時に、それは子どもの栄養を人質にとることでもある。フランスを含む欧州には、人道支援を安全保障の一部として位置づける政治的伝統があると一般に言われる。それでもガザへの制限が続いているという事実は、その原則が実際の外交判断の前でいかに後退しやすいかを示しているかもしれない。
「ロシアのアマゾン」が燃えるとき
ウクライナがワイルドベリーズの倉庫を標的にしたのは、単純な「報復」ではないとfraneceinfoは報じている。チャタム・ハウスのオリシア・ルツェビッチは「経済が戦争遂行のために動員されることで、軍事目的のために正当な標的とみなされる対象のリストが広がる」と指摘している。ウクライナのゼレンスキー大統領はXへの投稿で、標的となった物流施設が「ドローンや航法機器の生産に使われる制裁対象の部品を供給していた」と説明した。ウクライナ国防省の元顧問セルヒー・クザンはBBCに対し、ワイルドベリーズのプラットフォームがトランシーバーやドローン部品、防弾チョッキなどの購入に利用されていると語っている。
しかし、倉庫が燃えたとき、実際に被害を受けたのはロシア軍の補給担当者だけではなかった。モスクワ・タイムズは、この攻撃によって在庫を失い経営危機に陥った複数の個人事業主の声を伝えている。
ここで見過ごされがちなのは、「民間インフラの軍事利用」という論理が一度成立すると、その境界がどこまでも拡張されうるという点だ。Eコマースの物流網は現代経済のほぼあらゆる部分と接続している。ワイルドベリーズの研究者ウルリック・ブナが「供給に問題が生じ、物流網が停滞し、インフレが起きる」と予測しているように、攻撃の経済的波及は軍事目標をはるかに超える。一方で、ロシアがウクライナの郵便サービス「ノバ・ポシュタ」を攻撃し、7月16日にも被害が出たと国連は報告している。物流を標的にするという戦術は双方が行使しており、それが意味するのは、市民の「移動できること」「届けてもらえること」という日常的な権利が戦争の消耗品になっているということだ。
ガソリン価格が選挙を動かす国
米国の話は少し異なる角度から、しかし同じ問いを照らし出す。franeceinfoのルポルタージュによれば、ジョージア州ゲインズビルでは、建設業者のジョンがガソリン価格の上昇を認めながらも「イランは最終的には屈服する」と断言し、「あと1、2カ月で終わる」と話している。一方、ケナンという人物は給油口の表示金額を写真に撮りながら「これほど愚かな国であることに驚いている」と吐き捨てた。
イプソスとワシントン・ポストが7月に実施した調査では、米国人の69%がトランプ政権のイラン戦争対応を「支持しない」と回答しており、68%がこの戦争は始める価値がなかったと考えているとfraneceinfoは報じている。にもかかわらず、MAGA支持層の77%は戦争を「良い考え」だと答え続けている。この矛盾はどこから来るのか。ジャン・ジョレス財団のリュドヴィーヌ・ジリが指摘するように、MAGA支持者は「戦争への支持」と「トランプへの忠誠」を切り離して考えていないからかもしれない。
3月のインフレ率は前年同月比3.5%へと加速したとfraneceinfoは報じており、「最大の争点は生活費だ」という現実が選挙戦を規定しつつある。燃料価格と大統領支持率の相関は強く、それは「ガソリンの値段が政治を決める」という粗雑な話ではなく、戦争のコストが最終的に市民の食卓と財布に転嫁されるとき、安全保障への信任が問い直されるという構造の話だ。
日本にとってこれは他人事だろうか。日本はエネルギー輸入と海上物流への依存が大きいと一般に言われており、ホルムズ海峡付近での緊張が高まるたびに、エネルギーコストと物価は直接的な影響を受けうる。フランスのメディアが中東の戦争をガソリン価格と中間選挙の問題として読み解こうとしているのと同様に、日本でもこれは「遠い紛争」ではなく「光熱費と食料価格の問題」として受け止める視座が必要になるかもしれない。
「日常」は交渉できない
三つのニュースを並べると、一つのパターンが浮かび上がる。安全保障の論理は常に、民生コストを「一時的な犠牲」として括弧に入れようとする。しかし、ガザで栄養支援を必要としている5歳未満の子どもにとって、ロシアで在庫を失った個人事業主にとって、米国でガソリン代に苦しむ中間層にとって、その「括弧」の中身はとうに限界を超えている可能性がある。
チャタム・ハウスのルツェビッチはfraneceinfoに対し、こう語っている。「ある意味で、プーチンの考えは、戦争中もロシア社会が比較的普通の生活を送ることでした。しかしロシア人は今や、紛争が自分たちのもとまで来たことを理解しています」。これはロシア社会だけの話ではないだろう。戦争が物流を壊し、物価を上げ、通過地点を封じ、子どもの食事を奪う——そのどれかひとつでも「許容できる代価」として扱う社会は、何を守るために戦っているのかを、問い直さなければならない。
食べられること、移動できること、子どもが保護されること。これらはいつから、安全保障の「外側」に置かれるものになったのだろうか。