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「ここには危険はない」と男は言った――気候災害の時代、土地を使う自由は誰が支えるのか
editorial

「ここには危険はない」と男は言った――気候災害の時代、土地を使う自由は誰が支えるのか

2026/7/24

炎が迫るなか、芝生に水をまき続ける人がいた。

7月23日木曜日の夕方、ジロンド県レージュ=カップ=フェレのある住宅地で、憲兵から避難を促された一人の男は、「私は逃げていない。ここには危険はない」と語った。フランスインフォによれば、炎は数軒先のフェンスのすぐ裏まで迫っていたという。

15年かけて自分の手で整えた庭と家を守ろうとする姿は、簡単に非難できるものではない。住まいは資産である前に、日々の記憶が積み重なった場所だからだ。

しかし、気候災害が頻繁になる時代には、個人が土地にとどまる選択が、公的な安全判断とぶつかる。フランスでこの夏に起きていることは、その衝突が一軒の家を超え、森林、水、観光地、農地へと広がっていることを示している。

バカンスの半島を襲った炎

ジロンド県の火災を語るうえで、カップ・フェレの存在は大きい。アルカション湾に突き出す細長い半島であり、フランスでも人気の高い夏の観光地のひとつだ。

常住人口は約8,000人だが、夏には数万人の観光客が訪れると報じられている。その地で7月23日、195棟のシャレーが避難対象となった。フランスインフォによれば、24時間で住民と観光客を合わせて約2万人が、自宅やキャンプ場、バカンス村を離れた。カップ・フェレからアルカションへは、約30隻の船が動員された。

同じ日、フランス南東部ヴァール県では、歴史的な村コティニャックも炎に脅かされていた。ミストラルと低湿度が重なり、午後だけで再燃箇所は50か所から100か所に増えたと、ヴァール県知事はRFIの報道で述べている。約50軒の住宅が被害を受け、そのうち25軒が全焼した。

ランド県のビスカロッス近郊でも火災が発生し、5,000人以上が避難したと伝えられている。

対応はフランス国内だけでは完結しなかった。マクロン大統領はEUの市民保護メカニズムの発動を要請した。クロアチアのカナデア機、ポルトガルのエア・トラクター機、チェコとスロバキアのブラックホークヘリコプターが、フランスの消火活動に加わる見通しとなったとフランスインフォは報じている。

欧州の衛星観測システム「Effis」のデータをAFPが分析したところ、今年の焼失面積はEU全体でここ20年間で2番目に多い水準に達している。フランスにとっては過去最悪の年となっているという。気候学者グループ「World Weather Attribution」は、化石燃料の燃焼による気候変動が、現在の干ばつをより深刻にしていると結論づける研究を発表した。

火だけでなく、水もまた争点になる

炎が広がる同じ7月23日、別の場所では水をめぐる判断が下された。

ポワチエ行政裁判所は、シャラント=マリティーム県の農業用貯水池「バシーヌ」4基について、3年以内の撤去と原状回復を命じたとフランスインフォは報じている。この施設は農業者団体が灌漑目的で整備したものだった。しかし環境団体の訴えにより、許可の瑕疵と地下水の無許可取水が問題視された。

農業者側は「水の供給安全保障と食料主権」を掲げ、控訴すると表明している。

山火事と農業用貯水池。一見すれば、別々のニュースに見える。だが両者は、乾燥と熱波が恒常化しつつある社会で、土地、森林、水を誰がどのように使うのかという共通の問いにつながっている。

水を貯めて農業を守ろうとすること。森林に近い住宅地で暮らし続けること。夏の海辺や森で休暇を過ごすこと。それぞれには生活の事情があり、経済的な意味もある。けれども、その選択が社会全体の安全や資源の配分と交わるとき、個人や一つの業界だけでは決めにくい問題になる。

休暇の権利と、避難の現実

カップ・フェレにいた人々は、単なる旅行客ではない。

フランスでバカンスは、長い時間をかけて「権利」として制度化されてきた。有給休暇制度のもと、海岸や森で過ごすことは幅広い層の生活文化に根づいている。VVF(バカンス村)のような施設は、その大衆化を支えてきた。

今回、避難を告げられた子どもたちの親は、「休暇が少し早く終わってしまう」と語ったとフランスインフォは伝えている。この言葉には、予定の変更への戸惑いだけではないものがにじむ。休暇はぜいたく品ではなく、生活のなかで守られてきた時間でもある。

だからこそ、火災が観光地を襲うと、避難の規模は大きくなる。そこには定住者だけでなく、観光客、別荘保有者、キャンプ場の滞在者がいる。

今回、県は公共バスを手配し、船を動員し、公民館を開放した。住民が自発的に消防隊への物資輸送も担ったという。こうした対応には、災害を個人だけの問題にせず、社会で引き受けようとするフランスの公的介入の姿勢が表れている。

ただし、その前提は揺らぎ始めているのかもしれない。

火災リスクが高まる地域で、保険料をどう設定するのか。危険地での新規建設をどこまで認めるのか。観光シーズンのピークと気象リスクの重なりを、どう考えるのか。農業用貯水池をめぐる判決のように、水資源の公的管理と農業利用が衝突したとき、何を優先するのか。

問われているのは、自由に滞在し、居住することに伴う費用を、誰がどう分担するかという問題でもある。

国境を越える連帯は、何を守るのか

日本でも、危険地への居住は身近なテーマだ。ハザードマップの整備や防災インフラの充実は重要な対応手段とされてきた。一方で、「危険な場所に住む選択」は、個人の判断として扱われやすい面もある。

観光と居住が季節的に重なる地域では、なおさら複雑になる。たとえば熱海の土石流被害のあった地域や海沿いの旅館街では、災害対策だけでなく、土地利用全体をどう組み替えるかという議論が必要になる場面もあるだろう。

米国では、カリフォルニアなど山火事リスクの高い地域で保険会社の引受撤退が相次ぎ、富裕層が保険を確保できる一方で、中低所得層が危険地に取り残される構造が問題になっているとされる。市場原理が前面に出やすい文脈では、「どこに住めるか」が所得によって分断されやすい。

これに対し、今回のEU市民保護メカニズムの発動は、災害を国境を越えた共同課題として扱う欧州の姿勢を映しているように見える。クロアチアの飛行機がフランスの森林を守る。フランスの裁判所は、シャラント=マリティームの農業水利に判断を下す。

もちろん、連帯があればすべてが解決するわけではない。水を守りたい農業者、自然環境を守りたい住民や環境団体、観光地で休暇を過ごしたい人、住み慣れた家を離れたくない人。それぞれの思いは、しばしば同じ場所でぶつかる。

それでも欧州では、その衝突を行政、裁判所、自治体、そしてEUの枠組みを通じて、公の議題として扱おうとしている。その試み自体が、気候危機の時代における「連帯」の意味を問い直しているともいえる。

見えなかったリスクを、どう受け止めるか

レージュの住民パトリック・マルティノーさん(69)は火災を前に、「6年前にここを買ったとき、火災のリスクなど考えていなかった」とAFPに語った。「少し怖いし、現実のことだと受け止めるのも難しい。まるで現実とは思えない」。

この言葉は、気候リスクをめぐる問題の難しさを表している。

土地を取得した時点では、危険が見えにくい。けれど時間が経ち、環境条件が変わると、その土地の意味も変わってしまう。昨日まで穏やかな夏の滞在先だった場所が、避難経路や消火活動の対象になる。豊かな農地を支える水が、地下水の利用をめぐる対立の中心になる。

政府の報告によれば、1月以降の出火件数は1万2,500件を超え、焼失面積はすでに2022年を上回っているとフランスインフォは伝えている。2022年には約5万人がジロンド県で避難を強いられた。そして同じ地域が、今年また燃えた。

気候リスクが日常の条件になっていくとき、住むこと、休むこと、育てることは、これまでと同じ意味では続けられないのかもしれない。

「ここには危険はない」と言った男の言葉を、私たちは単なる頑なさとして受け取るべきなのだろうか。それとも、自分が守ってきた場所を手放せないという感覚は、誰にとっても遠い話ではないのだろうか。

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