AntenneFrance

中立という名の沈黙は、誰を守っているのか
editorial

中立という名の沈黙は、誰を守っているのか

2026/7/26

学校は、誰にとっても安心して学べる場所であるはずだ。だが現実には、性的指向や性自認を理由に傷つく子どもや若者がいる。

この問題は、フランスだけの話ではない。日本でも、学校が「特別な問題を持ち込まない場所」と見なされるほど、困難を抱える人の声が見えにくくなることがある。

フランスの差別対策担当相オロール・ベルジェ氏は、国民教育省の幹部――校長や視学官――のほぼ全員を対象に、反LGBT+差別に対応するための研修を実施すると発表した。さらに、2027年秋までにはすべての学校で対応の手引きを使えるようにするという。

注目したいのは、研修の対象が教員個人にとどまらず、校長や視学官といった学校運営に関わる人々に及んでいる点だ。差別を、誰か一人の偏見や不用意な発言の問題としてではなく、教育現場全体の課題として扱おうとしている。

反LGBT+差別は、都市の一部だけで起きる現象ではない。日本でいえば地方の公立小中学校に当たるような場所も含め、あらゆる学校で起こりうる。今回の発表には、そうした現実を正面から見ようとする姿勢が表れているように見える。

学校ではしばしば、「政治的・社会的な問題には中立であるべきだ」という考え方が語られる。けれども、差別を受けている人がいる場面で何もしないことは、本当に中立なのだろうか。沈黙は、ときに現状を保つ力になる。

フランスの取り組みは、教育が何を教える場なのかを問いかけている。知識を伝えるだけでなく、異なる立場の人が同じ空間で暮らすための条件を整えることも、学校の役割に含まれるのかもしれない。

日本の学校でも、誰かを傷つけないために何ができるのか。そして、見えないままにされている声はないか。フランスの動きは、そんな問いを私たちにも残している。

フランスメディアの関連記事