
扇風機のない避難所で、誰かが「大丈夫か」と聞きに来るまで
2026/7/27
7月27日の日曜日、ジロンド県ソーモスで発生した山火事から逃れてきた高齢者施設(Ehpad)の入居者たちが、ボルドー見本市会場に身を寄せていた。フランスインフォの取材に応じたフナデパ(高齢者施設・サービス管理者団体連盟)ジロンド県支部代表アレクサンドラ・プナン氏は、「今夜、かなり具合が悪い入居者もいます」と語ったと報じられている。点滴が必要な人もいる中、次の避難先はコレーズ県ユゼルシュやドゥー=セーヴル県など、車で3時間以上かかる場所しか見つからなかったという。行政はこの火災で、住民を「安全な場所」へ移すことには成功した。しかし、要介護の高齢者にとって「安全」とは、涼しく、医療的ケアが途切れないことも意味する。この二つの「安全」の間にある溝を、誰が埋めるのかは、火災が鎮火してもすぐには答えの出ない問いのように思える。
避難計画というものは、たいてい「自分で歩いて移動できる平均的な住民」を想定して作られている。だからこそ、要介護者や高齢者施設の入居者のように、平均から外れた人ほど、制度の設計そのものから漏れ落ちやすいのではないか。これは災害時に限った話ではない。
同じ週、ヴァール県で数年前から行方不明になっていた二人の軍人、ジャック・パケソさんとマイク・ジネストさんの遺骨が、ブーシュ=デュ=ローヌ県で発見された骨のDNA鑑定によって本人のものと確認されたと、トゥーロン検察が7月27日に発表した。捜査によれば、ある一家の5人が人身取引と組織的監禁の容疑で正式捜査の対象となり、うち3人は殺人容疑もかけられている。さらに7人の海外領土出身の軍人が、同じ家族のもとで身分証明書や決済手段を奪われ、暴力や監禁を受けたと訴えていたことも明らかになった。検察は太平洋諸島出身の他の被害者がいないか、今も情報提供を呼びかけている。
なぜ、若い軍人たちが軍という国家組織に属していながら、民間の一家に生活の面倒を見てもらう必要があったのか。本土から遠く離れた土地出身で、身寄りも土地勘もない若者にとって、住居や生活の世話をしてくれる「親切な家族」は、制度の隙間を埋めてくれる存在に見えたのかもしれない。しかし、その隙間こそが、支配と搾取の温床になった。軍という巨大な安全網の中にいながら、彼らは個人として孤立し、誰にも気づかれないまま消えていった。これは、火災から逃げた高齢者が制度の想定外に置かれたのと、根っこの部分でよく似た構造ではないだろうか。
孤立はもっと遠い場所でも起きる。日光で2018年に観光中に行方不明になったティフェーヌ・ヴェロンさんについて、兄のダミアン・ヴェロンさんが今も捜索を続けていると、RFIが報じている。事件はすでにナンテールのコールドケース部門に引き継がれているが、それでも家族は8年にわたり、警察でも憲兵でもない立場で、日本とフランスの双方から情報を集め続けているという。異国で消えた家族を探すとき、頼れるのは二国間の捜査協力の枠組みだけではなく、家族自身の執念でもあるという現実がそこにはある。国境をまたぐ失踪事件では、どちらの国の制度も「自国内で完結する仕組み」を前提にしていて、その外側に落ちた人を拾い上げる仕組みが薄いのではないか。
一方で、7月27日にパリのクリシー門で起きた事件は、また別の角度から同じ問いを投げかける。刃物を持った男に女性3人が襲われ、うち2人が重傷を負ったこの事件で、容疑者を取り押さえたのは非番のパリ警視庁職員だったと報じられている。内相ロラン・ニュネス氏はその職員の「勇気」を称えたが、裏を返せば、その場に居合わせたのがたまたま非番の警察官だったから救われた、とも言える。制度としての警戒体制ではなく、個人の偶然の勇気が事態を左右した。誰かが見ていてくれるかどうかは、しばしば運に左右される。
こうして並べてみると、火災から逃げた高齢者、搾取された海外領土出身の軍人、異国で消えた旅行者、そして通りすがりの襲撃事件は、まるで無関係な出来事に見えて、実は同じ一点を指しているように思える。国家や制度が用意する安全網は、平均的な、声を上げられる、周囲に頼れる人を想定して張られている。そこから外れた人――要介護者、孤立した若者、海外にいる自国民、たまたまその場に居合わせただけの通行人――は、網の外に落ちたとき、家族の献身や職員の偶然の勇気といった、制度化されていない善意に救いを求めるしかなくなる。
同じ週に公開されたドイツ映画「Home Stories」も、遠回りながらこの問いに触れている。エーファ・トロービッシュ監督が描くのは、旧東ドイツの町で暮らす一家族の物語だが、劇中で叔母のカティは「歴史とは何か、それを語るのは誰か」と問いかける。国家が自国の歴史を語る物語と、家族の一人ひとりが自分自身について語る物語は、しばしばずれる。同じように、「誰が見つけるべきか」という問いにも、国家の答えと、実際に探し続ける家族の答えの間にずれがあるように思える。
日本でも、地域包括支援センターや民生委員による見守りなど、孤立した高齢者を発見するための仕組みは整えられてきたと言われる。ただ、個人情報保護の壁や、家族が責任を引き受けることを前提とした制度設計のために、身寄りのない人や外国にルーツを持つ人ほど見えにくくなる、という指摘は日本でもしばしばなされる。米国では、福祉、警察、医療がそれぞれ別の制度として存在し、地域によって連携の濃淡が大きいために、支援を求める側に一定の知識や交渉力がないと、そもそも網に引っかからないことがあるとされる。欧州では近年、ケアを権利として拡充しようとする動きがある一方、担い手の不足や、移民・周縁地域出身者への偏見が、その理念を現場で骨抜きにしているとも言われる。どの国も、程度の差こそあれ、同じ壁にぶつかっているように見える。
災害は今後も増え、単身世帯や高齢化はさらに進み、国境を越えて移動する人も増えていくだろう。そうなれば、制度の想定から外れる人の数は、これからも増え続けるはずだ。だとすれば必要なのは、危機が起きたときだけ慌てて名簿を作ることではなく、平時から、本人の意思を尊重しながら誰がどこにいるかを緩やかに把握し、家族・行政・警察・支援団体が責任を押し付け合わずに分担できる仕組みではないかと考えられる。
助けを求める声を上げられない人を見つけ出す責任は、家族の献身に委ねられたままでいいのだろうか。それとも、社会がもっと引き受けるべきものなのだろうか。あなたの町で、もし誰かが静かに消えていたら、それに気づく仕組みは、はたして存在しているだろうか。