「避難」は誰にとっても同じではない――ジロンド県の山火事が映した非常時の格差
2026/7/28
体育館の通路を、一人の男が歩いている。ベッドとベッドの間を進みながら、被災者の表情を見て回る。視線が泳いでいないか。笑顔が消えていないか。
臨床心理士のマルク・ジャブロンスキーがいたのは、ジロンド県ギュジャン=メストラの避難所だった。多くの人が携帯電話を見つめていた。待っているのは、自宅が無事だったという知らせだ。しかし、その知らせがいつ届くのかは、誰にもわからない。
2022年7月、フランス南西部のジロンド県とランド県を大規模な山火事が襲った。避難を強いられた人は22万人を超えた。数万ヘクタールの森林が焼けた。けれど、被害は森や建物だけにとどまらない。避難所で過ごした人々の記憶にも、精神にも、火事は痕跡を残していく。
「少し途方に暮れ、よりどころを失ったように感じます」と話す女性がいた。6歳で自閉症の特性がある息子を連れた母親は、パニックを起こさせないよう、「煙を吸わないために出発する」とだけ伝えた。家が燃えるかもしれない、ということは口にしなかった。
避難命令は、皆に同じ言葉で届く。しかし、その先にある現実は一人ひとり違う。この火事が問いかけたのは、まさにその差だった。
支援の仕組みと、その内側にある差
火災発生から間もなく、フランスの経済相は、住宅が実際に燃えていなくても、避難したすべての人に仮住まい費用を払い戻すよう保険会社に約束させたと発表した。
通常なら、火が自宅に到達しなければ適用されない補償である。損害申告の期限も、通常の5日間から少なくとも8月末まで延長された。
災害を個人だけの不運にせず、社会として引き受けようとする姿勢は、フランスらしい連帯のあり方にも見える。森林火災はフランスの自然災害制度の対象外であり、住宅保険の火災補償という民間契約の枠組みで処理される。それでも政府が保険業界に特別対応を約束させたことは、市場だけに委ねない意志の表れと読むこともできるだろう。
ただ、補償があれば誰もが同じように再出発できるわけではない。補償の上限や免責金額、支払われる金額は、加入している契約によって変わる。敷地の草木を刈り払っていなかったことが延焼につながったと判断されれば、5,000ユーロの追加免責金額が科される可能性もある。
保険は被害を支える制度である一方、契約時点での経済力や情報量の違いを引き継ぐものでもある。同じ火事に遭っても、どの保険に入っていたか、日頃から予防的な手入れをする余裕があったかによって、再建までの時間は変わってくる。
ペットを連れて逃げられるか
非常時に見えにくくなりがちなのは、人間以外の命でもある。
ル・ポルジュでは175軒の住宅が焼けた。自治体のフェイスブックには、飼い主とはぐれた猫や犬を探す投稿が相次いだ。動物保護NGOのYouCareは急きょ600人のボランティアを集め、救助と捜索にあたった。
創設者のトマ・モローは、「家が燃えなくても、犬は煙で中毒死することがある」と警告する。
避難用のケース、薬、数日分の食料。こうした準備をあらかじめ整えられるかどうかは、飼い主の生活にどれだけ時間的、経済的な余裕があるかとも関わっている。ペットを置いて逃げざるを得なかった人と、備えを持って避難できた人。その差は、災害が始まる前から存在していた生活の条件を映しているのかもしれない。
連帯を支える人々の危険
避難する人を支える側にも、大きな代償がある。
ブーシュ=デュ=ローヌ県では、消防用タンク車を運転していた38歳の消防団員が、補給に向かう途中の事故で命を落とした。フランス全土では、わずか2週間余りで4人の消防士が死亡したという。
火を消す仕事だけではない。予防態勢を維持し、物資を運び、危険な現場を支える。危機の裏側には、こうした「見えない仕事」がある。連帯という言葉は温かく聞こえるが、それは誰かの労働と身体の上に成り立っている。
誰が最も危険を引き受けているのか。その問いもまた、非常時の社会を考えるうえで欠かせない。
焼けなかった場所にも残る損失
気温が再び上昇し、ラカノーのキャンプ場から新たに4,000人が予防避難を命じられた。キャンプ場経営者組合の会長は、「観光シーズンは終わった」と漏らした。
施設が焼けていなくても、避難措置による損失は残る。誰がそれを負担するのか、彼自身にも見通せないという。
経済・財務省の推計では、この火災で13万人の労働者が働けなくなった。一時帰休制度の活用が検討されているとはいえ、収入の空白をどこまで埋められるかは、雇用形態によって差が出やすい。
観光業や日雇いに近い働き方をする人々にとって、避難は安全を守るための措置であると同時に、生活を支える収入が止まることでもある。家が焼けたかどうかだけでは、災害の影響を測れない理由がここにある。
日本の避難所にもつながる問い
この構図は、日本にとっても遠い話ではない。
日本では、避難所運営や災害時の要配慮者支援の制度が整備されてきたと言われる。一方で、高齢化が進んだ地域では、個別避難計画をどこまで実効性のあるものにできるかが課題として指摘されることが多い。
独居の高齢者を誰が車で迎えに行くのか。ペットとともに避難できる場所を、誰が確保するのか。制度が紙の上にあることと、実際に機能することの間には、しばしば大きな距離がある。
アメリカでは、保険に加入していない世帯や、気候リスクの高まりで保険料が高騰し契約を維持できない世帯が増えていると一般に言われる。所得格差が被災後の再建格差に直結しやすい社会構造だとすれば、フランスの対応は対照的にも見える。
とはいえ、フランスでも補償の仕組みは完全に均一ではない。国家が介入し、保険会社が対応を約束しても、暮らしの条件の差まで消えるわけではない。
気候変動によって山火事や熱波が「例外」ではなく「季節の一部」になっていくなら、避難や補償を、健康、障害、ペット、雇用、住居と切り分けて考えることは難しくなるだろう。
同じ避難命令の下で、最も重い代償を払うのは誰なのか。
自分の街で同じことが起きたとき、その差は見える形になっているだろうか。