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火災のあと、再建に差がつく社会
editorial

火災のあと、再建に差がつく社会

2026/7/29

オード県サン=ローラン=ド=ラ=カブレリスで、火災から1年が過ぎた。
災害は誰の家にも同じように襲う。だが、その後の時間は平等には流れない。

屋根も窓もない、黒く焼け焦げた壁だけが残る家の前で、ジャン=ロワック・ヴィラは静かにこう言った。

「この土地は私が買った。私のものです。自然の力で焼けてしまったけれど、ここに家を建て直したい。私たちは大地から生まれ、大地へ帰るのです」

2025年8月の火災から1年。彼の家は、まだ時間が止まったような状態にある。被害額は少なくとも50万ユーロ。だが保険会社は、いまだ工事費の見積もりすら出していない。彼は近隣で仮住まいを続けている。

数キロ先では、別の1年が過ぎていた。

オリヴィエ・ロドの家では、断熱パネルの取り付けと最後のペンキ塗りが終わり、21万ユーロの工事が完了したところだった。

「骨組みも屋根も外壁も何も残っていなかった。でも私たちにとってはもう過去のこと。確実に、未来へ向かって再出発しました」

同じ火災。同じ地域。そして、家を失ったという同じ経験。
それでも、一方は保険金を受け取り再建を終え、もう一方は見積もりを待ち続けている。

災害の被害は、炎が消えた時点で終わるわけではない。保険契約の内容や保険会社の処理の速さが、その後の暮らしを大きく左右する。再建とは、家を建てる力だけではなく、制度にたどり着く速さにも左右される営みなのかもしれない。

焼けたのは、建物だけではない

火災は住宅だけでなく、生業も奪う。

ブドウ農家のローラン・リニェールは、19ヘクタールの畑と、農業機械27台を収めていた格納庫を丸ごと失った。生産量の5分の1に相当する損失だという。

「機材を買い直すことができ、作業にも間に合わせることができました。自然は止まらず、待ってくれないからです」

けれども、焼けた区画にブドウを植え直しても、ワインの醸造を再開できるのは少なくとも6年後だ。今後6年間、その分の収入がないまま事業を続けなければならない。

住宅の被害は、見積もりと工事という流れで語られやすい。だが農家にとっての損失は、建物や機械だけでは測れない。失われるのは、収穫を待つ時間であり、収入の見通しである。自然を相手にする仕事では、再建の時計は人間の都合で早められない。

支援制度の厚みと、届き方の違い

こうした物語は、一つの村だけの話ではない。

ジロンド県では今年、4万2,000ヘクタールが焼失し、年初来の焼失面積は全国で11万6,000ヘクタールを超えた。経済学者シルヴァン・ベルサンジェは、この火災の経済的コストが数億ユーロ、場合によっては数十億ユーロに達しうると分析している。

避難した住民は6万人。フランス商工会議所は、この人々の多くが部分失業給付を受けられず、テレワークにも移れないと指摘した。

政府は支援策を打ち出している。SMIC(最低賃金)で働く人には賃金の100%、それ以外の労働者には総賃金の60%強を保障する。自営業者への支援は最大2,000ユーロだ。

フランスは、社会保険や公的支援の仕組みが比較的厚い国として知られる。部分失業制度や被災企業向けの支援金、地方自治体の対応もある。日本で語られがちな「自己責任」一辺倒の社会とは、違って見える場面もあるだろう。

それでも現場では、住宅所有者と賃借人、給与所得者と自営業者、そして保険会社ごとの査定の違いによって、再建への道筋が分かれていく。制度があることと、それが同じように届くことは別の問題だ。

大きな組織は、リスクを分けられる

同じフランスのなかで、気象上の混乱による損失を別の形で吸収できた主体もある。

国鉄SNCFは今年上半期、純利益11億8,000万ユーロを計上し、前年から19%増えた。冬の嵐や5月からの熱波、気象上の混乱によって1億ユーロを超える売上機会を失ったにもかかわらず、TGVの利用者数は過去最多の8,340万人に達した。全体の増収が損失を吸収した。

個人の被災者は、一件の火災による損失を自ら引き受けることになる。対して大きな組織は、多くの利用者や多様な路線網にリスクを分散させられる。

同じ「気候変動によるコスト」という言葉でも、その重みは一様ではない。家を失った人、畑を失った人、雇用を失いかねない人、そして損失を全体で補える組織。気候の変化は、もともと社会にあった違いを、よりはっきり映し出す鏡にもなる。

日本にもある、災害後の分かれ道

日本の読者にとっても、これは遠い国の話ではない。

日本にも被災者生活再建支援金や地震保険、自治体独自の支援策がある。一方で、住宅の再建や事業の継続を最終的に支えるのは、個人の貯蓄や家族・地域の相互扶助である場合が多いと一般に言われる。

持ち家か賃貸か。会社員か自営業か。保険にどこまで入っていたか。
被災前からあった違いが、復旧後の差として現れる構造は、フランスと重なる。

アメリカでは、民間保険への加入可否や保険料そのものが復旧を大きく左右するとされ、高リスク地域から低所得層が事実上締め出されつつあるという指摘もある。国によって制度の厚みは異なる。それでも、「誰が、どれだけ早く、元の生活に戻れるか」が、本人の努力だけでは決まらないという現実は共通している。

火災や熱波が「異常気象」ではなく「毎年の出来事」になっていくとすれば、保険会社はリスクの高い地域への引き受けを渋るようになるかもしれない。そのとき問われるのは、焼ける前の状態へ戻す「原状回復」だけではなさそうだ。

危険な土地から移ること。失われた生業から別の仕事へ移ること。そうした選択を支える制度も必要になるのかもしれない。

ジャン=ロワック・ヴィラのように、「大地から生まれ、大地へ帰る」と言い切れる人ばかりではない。災害のあと、元の場所に戻ることが希望になる人もいれば、戻らない選択を必要とする人もいるだろう。

隣人の一方は新しい家で暮らし、もう一方は見積もりを待ち続ける。
その差を、ただ「運が悪かった」と呼ぶのか。それとも、災害のあとに誰が立ち上がりやすい社会になっているのかを考えるのか。

炎が去ったあとに残るものは、焼け跡だけではないのかもしれない。

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