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530万ドルの船と5億ユーロの火災、そして「電気ヒーターは損じゃなくなる」制度変更が同じ夏に起きた理由
エコロジー

530万ドルの船と5億ユーロの火災、そして「電気ヒーターは損じゃなくなる」制度変更が同じ夏に起きた理由

2026/8/29

8月末、モンブランの麓では2500人のランナーが号砲を待っていた。ウルトラ・トレイル・デュ・モンブラン(UTMB)、174キロ・累積標高差1万メートルという過酷なレースだ。ところが主催者は金曜17時45分の予定を19時45分に延期した。理由は雷雨。気象機関メテオ・フランスの予報を踏まえ、コース最高地点であるピラミッド・カルケールを通らないルートに変更してまで、危険な稜線を「雷雨のピークが過ぎた後」に通過させるよう組み替えた。6月には同じ山塊のマラソン競技が雷雨で中止になり、スタッフ2人が軽度の感電を負っている。

この話だけ聞けば「山のレースは天候に左右されるものだ」で終わる。だが同じ週、フランスでは保険協会が今夏の山火事の損害額を約5億ユーロと発表し、政府は住宅のエネルギー性能診断(DPE)の計算式を書き換える政令を官報に載せた。遠く離れたインドネシアでは500万人以上が森林火災の煙にさらされ、パナマ運河では1隻の船が「早く通してくれ」と530万ドルを積み増した。一見バラバラなこの5つの出来事は、実は同じ問いを別の角度から突きつけている。気候リスクの費用は、誰が、いつ、どうやって払うのか、という問いだ。

フランスが今、値札を貼り始めている

フランス保険協会(France Assureurs)によれば、ジロンド県・ランデス地方・ヴァール県を襲った大規模山火事の損害請求は8月中旬時点で約2万5000件、金額にして約5億ユーロにのぼる。個人の財産被害が2万1000件を占め、仮住まい費用を含むケースも多いという。比較として2022年夏の山火事は全国で約2000件・総額約8000万ユーロだったというから、今年の規模がいかに突出しているかがわかる。しかも申告期限は8月31日までとされており、この数字はまだ増える可能性がある。

興味深いのは、この「損害の値札」がほぼ同時に住宅政策にも波及していることだ。政府は2027年1月から、DPEにおける電気とガスの換算基準を見直す。これまで電気暖房はガス暖房よりエネルギー損失が大きいと見積もられ、不利に扱われてきたが、新基準ではほぼ同等になる。結果として、主たる居住用住宅30万戸、賃貸住宅12万5000戸が「エネルギー浪費住宅(passoire thermique)」の分類から外れる見通しだ。政府はこれを電化・脱炭素化を後押しする措置だと位置づけるが、改修推進団体「ルノヴォン」は、実際の断熱改修を伴わないまま「評価の低い住宅の数を人為的に減らすごまかしだ」と批判している。

ここで見過ごされがちなのは、この二つのニュースが同じ制度的な悩みを共有している点だ。山火事の損害は「起きてしまった費用」を誰が肩代わりするかという事後の話であり、DPEの改定は「これから起きる費用」をどう予防するかという事前の話である。フランスは今、事後の補償と事前の投資という両輪を、保険会社と住宅政策という別々の窓口で同時に回そうとしている。住宅相のヴァンサン・ジャンブラン氏が今夏、DPEに「夏の暑さへの快適性」を測る指標を加えるべきだと訴えたのも、同じ流れの延長線上にある。現在、いわゆる「熱のやかん」と化した住宅は3軒に1軒を占めるとされ、断熱は冬の暖房費だけでなく、猛暑の生存条件にも関わる問題として扱われ始めている。

日本は「復旧」に強く、「予防投資」の値札は見えにくい

この記事の性質上、日本の制度について具体的な数値や事例を挙げることはできないが、フランスの動きと並べたときに一つの構造的な違いが浮かび上がる。フランスでは、山火事の保険損害額が「5億ユーロ」という具体的な数字として集計され、公表され、次の政策議論の材料になる。つまり、気候被害は最初から「誰かが支払うコスト」として可視化される回路を持っている。

一方で、災害後の対応や自治体の役割が重視される社会では、被害からの立て直し、つまり復旧そのものへの関心が強くなりやすい、と一般に言われる。復旧は目に見える成果を生みやすく、政治的にも支持を得やすい。だがその裏側で、「次の被害を減らすために、今どれだけ予防投資をしておくか」という問いは、復旧の陰に隠れて後回しにされがちだ、とも言われる。フランスの保険損害の集計や、DPEという住宅の断熱性能を数値化する制度は、まさにこの「予防投資の値札」を強引にでも可視化しようとする試みだと読める。これは日本にとって、対比として考える価値のある視点ではないだろうか。

アメリカでは「保険が撤退する」という別の答え方がある

この記事で扱える範囲を超えるが、気候リスクへの備えを社会が引き受けるか個人が引き受けるかという問いに対して、保険市場そのものが答えを出してしまう、という現象が一般に語られることがある。つまり、リスクが高まりすぎた地域から保険会社が引くという形で、市場が「もう共同で背負いきれない」と意思表示するケースだ。フランスの5億ユーロという損害額は、まだ保険会社が支払う側に留まっている段階の数字だが、この規模の損害が毎年のように積み上がっていけば、いずれ同じ問いに突き当たるかもしれない。

遠く離れた場所のコストが、あなたの食卓とバケーションに乗る

パナマ運河の話は、一見この文脈から浮いているように見えるかもしれない。だが韓国企業SK Gasが液化石油ガスを積んだ船の優先通過のために530万ドルを支払ったのは、エルニーニョ現象による水不足で運河の通過本数が9月3日から36件から34件、さらに32件へと削減されるからだ。気候変動由来とされる水位低下が、世界の海上輸送コストに直接跳ね返っている実例である。インドネシアの森林火災も同様に、強いエルニーニョ現象が拡大を招きやすい状況を作っているとされ、500万人以上が煙にさらされ、7月と8月だけで約1万3500人が呼吸器感染症の治療を受けた。年初からの焼失面積はジャカルタの約3倍、20万ヘクタールを超える。

これらは地理的にはフランスの山火事やDPEとは無関係に見える。だが構造は同じだ。気候由来のコストは、船の通過料という形で消費財の物流費に乗り、住宅のDPE等級という形で家賃や資産価値に乗り、山火事の保険損害という形で保険料に乗る。UTMBのスタート時刻を2時間ずらすという一見小さな判断でさえ、「危険を承知で走らせるか、コストをかけてでも安全側に倒すか」という同じ天秤の上にある。

これから数年、フランスではDPEの基準がさらに書き換えられ、山火事の損害額が政策論争の材料になり続けるだろう。パナマ運河の通過料はエルニーニョの動向次第でさらに高騰するかもしれないし、インドネシアの煙は近隣国との外交案件であり続けるだろう。それぞれの国が、事後の補償と事前の投資のバランスをどう取るかによって、10年後の保険料も、住宅の価値も、食料品の値段も静かに分かれていくはずだ。

あなたなら、今年の夏の山火事や煙害のニュースを、遠い国の災害として読み流すだろうか。それとも、来年の家賃や保険料、あるいは輸入品の値札の中に、すでに織り込まれ始めているコストとして読むだろうか。

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