
キャベツが縮み、狩りが止まり、氷が溶ける――気候危機の請求書は誰に届くのか
2026/9/14
バ=ラン県リマースハイムの畑で、ギヨーム・ルッツはザワークラウト用キャベツを前にため息をついている。「必要な水準より30%少ない」。気温が28度を超えるとキャベツは成長を止め、生き延びることだけを優先する。例年の3倍、計3回もかん水したのに、それでも足りなかった。「今年はキャベツで確実に赤字になると思う」と彼は言う。
この一言に、今フランスで起きていることの縮図がある。気候変動は遠い未来の統計ではなく、アルザス平野のキャベツ一玉一玉の重さとして、すでに現れている。
今季、早生品種の収量は前年比で20〜30%落ち込んだ。加工業者のセバスチャン・ミュレールによれば、1日に工場へ運び込まれるキャベツの量は通常の50〜75トンから40トン程度に減る見込みだという。同じ人数の従業員で、より少ない量を処理する。当然、トン当たりのコストは上がり、ザワークラウトの店頭価格はおよそ15%値上がりする見通しだ。アルザス名物の酸っぱいキャベツが、気候変動の値札を貼られて食卓に並ぶ日は、もう遠くない。
業界はすでに次の手を打とうとしている。高温に強い新品種を10種類ほど試験栽培し、3年がかりで結果を見極めているという。技術顧問のロバン・セスマは「どの品種も、いずれは別の品種に置き換えられる」と話す。ここで印象的なのは、生産者たちが「元の気候に戻る」ことを前提にしていない点だ。彼らは適応そのものを、当たり前の農業サイクルの一部として組み込み始めている。
この適応の負担は、キャベツ畑だけにとどまらない。9月13日、フランス各地で狩猟が解禁されたが、夏の森林火災に見舞われた地域では、焼けた区域での狩猟が禁止された。野生動物が回復する時間を確保するためだ。ヴァール県ではフランス生物多様性局の職員が焼けた山地を巡回し、禁止が守られているかを監視している。ハンターのマエリス・ジョリは「たとえ禁止されていなくても、焼けた場所に狩りに行くことはなかったでしょう」と語る。
一方でコレーズ県の環境保護活動家カリーヌ・カロンは、猛暑の影響で野生動物の出生数が昨年より少ないと感じ、「一時的に延期すべきだったのかもしれない」と疑問を投げかける。禁猟という保護の網の外にいる動物たちにも、暑さの爪痕は残っているかもしれない――彼女の言葉は、規制がまだ現実に追いついていない可能性を示唆している。
そしてこの週末、パ=ド=カレー県ポルテルの海岸では、直径20〜40センチの油塊が打ち上げられた。市長は「大規模なマリ・ノワールではなく、局所的な汚染」と説明し、商船からの排出物である可能性が高いと結論づけた。気候変動そのものとは別の話に見えるかもしれないが、海水浴という地域の日常の営みが、外部からもたらされる汚染によって一時的に止められたという点で、これもまた「暮らしと環境のあいだの摩擦」の一形態だと言えるだろう。
こうした個々の摩擦を、フランスの論壇はどう受け止めているのか。週刊誌『Le Point』は今夏の熱波について、1976年の大干ばつや2003年の干ばつに匹敵する事態だと振り返りつつ、政府がまとめた10億ユーロ規模の緊急対策の先にある「本当の、唯一の問題」は、温暖化にフランスの農業をどう適応させるかだと指摘する。ここで浮かび上がるのが、水をめぐる対立だ。農業最大労組のFNSEAは大規模な貯水施設の整備を長年求めてきた一方、別の労組コンフェデラシオン・ペイザンヌは「集約型農業のモデルそのものを問い直さないまま、貯めるために貯めても意味はない」と反論している。これは単なる技術論争ではなく、気候適応が既存の農業のやり方を延命させるための投資なのか、それとも農業のあり方自体を変える転換なのか、という価値観の対立だと読める。
日本でも、米や水産物、山林の管理が気候変動の影響を受けているという指摘は一般によく聞かれる。ただ、フランスの事例のように、特定の地域文化と結びついた食品の値段が、気候政策をめぐる争点として具体的な数字とともに語られる場面は、相対的に少ないように見える。ザワークラウトの15%値上げという数字が、農家の赤字や品種改良の努力と一続きの物語として報じられることで、読者は「気候変動対策のコストは結局誰が払うのか」という問いを、抽象論ではなく生活実感として受け取ることができる。
この負担の配分をめぐる問題は、フランス国内の農地や海岸線だけでなく、北極圏という far away な場所でも姿を変えて現れている。EUはフィンランドで首脳会議を開き、北極圏戦略の見直しを進めている。国際パートナーシップ担当欧州委員のヨゼフ・シケラは「2021年の戦略は主に気候変動に焦点を当てたものだったが、地政学をより考慮しなければならない」と述べた。ロシアは鉱物・石油採掘や軍事基地整備を通じて北極圏での存在感を強め、米国のドナルド・トランプ氏はグリーンランドの鉱物資源に関心を寄せ、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長も先週グリーンランドを訪問した。さらに中国は、氷の融解によって可能になった北極圏の新航路開設に乗り出している。
ここで見過ごされがちなのは、この戦略転換そのものが、気候変動の進行を前提として成り立っているという事実だ。氷が溶けたからこそ航路が開け、資源へのアクセスが現実味を帯び、大国間の競争が始まる。つまり北極圏では、気候変動への「適応」が、そのまま地政学的な争奪戦の舞台を作り出している。アルザスのキャベツ農家が品種改良で生き延びようとしているのとは対照的に、北極圏では気候変動がもたらす変化そのものが経済的・軍事的な機会として捉えられている。同じ「適応」という言葉が、暮らしを守る営みにも、覇権を争う口実にもなり得るという二重性が、ここには表れている。
こうした構図を米国について見るとき、資源開発と環境規制の対立が政治の分断と結びつきやすいと一般に言われる。今回のニュースで具体的に確認できるのは、トランプ氏がグリーンランドの資源に関心を示しているという事実だけだが、それでも北極圏をめぐる大国間の関心の高まりが、環境保全とは別の論理――安全保障や経済的利益――によって動かされていることは読み取れる。
これから、フランス国内では新品種キャベツの試験栽培が続き、水の貯蔵をめぐる労組間の対立も長引くだろう。狩猟をめぐる規制も、野生動物の回復状況を見ながら、今後さらに厳格化される可能性がある。北極圏では、EUの新戦略が来年以降どこまで「気候」から「安全保障」へと重心を移すのか、加盟国間の温度差も含めて注視する必要がある。
地域の伝統や産業を気候変動から守るための公的支援は、キャベツの新品種開発のように、変化を受け入れる方向に条件づけられるべきなのか。それとも、まずは既存の暮らしを守ることを優先すべきなのか。読者のみなさんは、この配分の線引きを、どこに引くべきだと考えるだろうか。