
「米国の犬ではない」――ガソリンスタンドの列と、地中海の漁船が語る戦争の請求書
2026/9/17
地中海沿岸のどこかの港で、漁船が石油貯蔵施設の前に並び、出港をやめて封鎖に加わっている。彼らが求めているのは政治的な主張というより、もっと切実なものだ。燃料を積まなければ漁に出られない。漁に出なければ生活が成り立たない。フランス政府はこの光景を、2018年に燃料税をきっかけに始まった「黄色いベスト運動」の再来として警戒している。9月16日、エマニュエル・マクロン大統領は閣僚会議で、燃料の供給確保と価格抑制に向けて政府に「全面的な動員」を求めた。政府報道官モード・ブレジョン氏によれば、フランス国内では約10%のガソリンスタンドで、少なくとも1種類の燃料の供給が滞っており、その大多数はトタルエナジー系列の店だという。
なぜ今、フランスのスタンドで燃料が足りなくなり、価格が2022年以来の水準まで戻ってしまったのか。答えは国内の物流ではなく、遠く離れた中東の海峡にある。9月16日時点で原油価格は1バレル108ドルを超え、2022年6月以来の高値をつけた。直接のきっかけは、8月30日以降に再燃した米国とイランの敵対行為だ。イラン革命防衛隊は9月10日、ホルムズ海峡で米国の無人海上機を攻撃したと発表し、前日には米国への反応として約20隻の船舶を標的にしたとされる。戦争前、世界の炭化水素資源の5分の1がこの海峡を通っていた。追い打ちをかけたのが、イエメンの武装組織フーシ派とサウジアラビアの緊張だ。フーシ派はサウジの石油関連インフラを攻撃し、紅海とアジアを結ぶバブ・エル・マンデブ海峡への支配を強めた。サウジは9月11日、ホルムズ海峡を迂回する要のパイプラインを一時閉鎖している。さらに9月16日には、サウジ側がフーシ派によるメッカへのドローン攻撃を非難し、フーシ派側はこれを「使い古されたうそ」と否定するなど、対立は聖地の安全という別の次元にまで広がっている。専門家がフランス・アンフォに語ったところでは、「紛争が解決されないまま一日が過ぎるごとに、石油の需給バランスは逼迫し、価格は上昇する」。ウクライナによるロシアの製油所攻撃も一因ではあるが、専門家の見立てでは、中東からの精製石油製品の不足の方がはるかに大きな要因だという。
ここで立ち止まって考えたいのは、フランスという国が燃料価格の問題をどう扱っているかという点だ。マクロン大統領が動いたのは、市場価格の異常を是正するためというより、地方で車に頼らざるを得ない人々の「移動する権利」と、漁業のように燃料なしには成り立たない職業の存続を、国家が守るべき責任として受け止めているからだ、と読むことができる。政府は欧州レベルの製油所規制を緩和する検討まで始めている。これは、燃料価格の上昇を単なる市場変動として静観するのではなく、社会契約の一部として国家が介入すべき問題だとみなす政治文化があることを示している。黄色いベスト運動という記憶が、政府にそう行動させているのだろう。
この構図はフランスだけのものではない。原油高の波は世界中で似た怒りを生んでいる。シリアでは燃料価格が約40%上昇し、ダマスカスの通りで女性たちが静かに抗議した。あるシリア人参加者は「私たちは米国の犬ではない。飢え死にしかけている私たちの石油を、米国に渡すためにいるのではない」と語ったという。インドネシアやフィリピンでは、政府がすでに大規模な補助で価格上昇を抑えてきたが、備蓄は底をつきつつある。ニュージーランドでも抗議が起き、あるマオリの参加者は顔を黒い液体で覆いハカを披露した。興味深いのは、これらの抗議に共通するのが「テヘランとワシントンの戦争が長期化する代償を、なぜ自分たちが払わねばならないのか」という問いだという点だ。国際紛争の当事者ではない市民が、ガソリン代という形で戦争の請求書を受け取っている。
アメリカに目を向けると、その立場はやや複雑だ。ドナルド・トランプ氏は、燃料価格を押し上げているのは中東での戦争ではなく、ウクライナによるロシアの製油所攻撃が主因だとしてキエフを批判し、ウクライナとロシアが互いのエネルギーインフラを攻撃しないことで合意したと述べている。だが市場はこの約束に懐疑的だ。専門家によれば、ディーゼル市場の均衡回復には多少役立つとしても、価格上昇の本質的な要因である中東の精製品不足を解消するものではないという。つまり米国は、自らも対立の当事者でありながら、価格高騰の責任を他国の戦争に振り向けようとしている、とも読める。原油生産国としての影響力を持つ大国が、負担の所在をめぐる語りそのものにも関与している構図だ。
日本の場合、燃料や電力の多くを輸入に頼っているため、こうした国際紛争による価格変動の影響を強く受けやすいと一般に言われる。今回のニュースに直接の言及はないが、フランスのように地方の生活権や特定業種の存続という枠組みで燃料価格を論じるより、家計への負担軽減策や省エネの呼びかけという形で問題が語られることが多いとされる。抗議という形で怒りが可視化されるフランスと、価格補助という行政措置に落とし込まれやすい日本とでは、同じ「戦争由来のコスト」への向き合い方が違って見えるかもしれない。
この冬に向けては、燃料だけでなくガスの備蓄も懸念材料だ。ロワール=エ=シェール県シュメリーにあるフランス最大の地下貯蔵施設では、地下1000メートルの多孔質岩盤にガスを注入する作業が「通常の範囲」で進んでいると施設長は説明する。しかし全国16カ所の貯蔵施設の充填率は76%にとどまり、前年同時期の90%を下回っている。運営会社ストレネジーのCEOは「未来を予測することは決してできない。しかし現在の水準であれば、比較的、確信を持っている」と述べるにとどめた。ドイツやオランダの備蓄はさらに目標から遅れており、業界団体の会長は「供給に問題があるわけではない。あるのは、今後6カ月間のガス価格が通常より高くなるということだ」と説明している。北米の新たな液化天然ガスターミナルが稼働すれば2027年末には価格が下がると業界は見込んでいるが、それまでの間、誰がこの高い冬を乗り切る費用を負担するのかという問いは残ったままだ。
戦争は遠くの海峡で起きているのに、その代償は地中海の漁船やパリ郊外のガソリンスタンド、そしてダマスカスの路上に届いている。国家が価格に介入すべきなのか、それとも市場に委ねるべきなのか。移動が生活の一部である地方の住民と、都市で公共交通を使える人とでは、同じ値上がりでも受け止め方はまるで違うはずだ。あなたなら、この「戦争の請求書」を、利用量や所得、あるいは職業の公共性に応じてどう配分するのが公平だと考えるだろうか。