
「なぜ私はここから移らなければならないのですか」――秩序の名のもとで、誰が個人を守るのか
2026/8/14
2026年8月13日の朝6時過ぎ、パリ13区のジャン=バティスト・ベルリエ通り。子どもの声が響く。「パパ、見て。警察がいるよ」。約100人の機動隊(CRS)に囲まれた群衆の中を、少年が父親と歩いていく。ここはパリ市社会救急サービス(Samu social de Paris)の本部前で、子ども150人を含む450家族が1カ月以上にわたって寝泊まりしていた場所だ。妊娠5カ月の妻とともに「ほぼ1カ月」ここで過ごしていたシラ(氏名は変更されている)は、住まいを探して毎日「返事のない電話」をかけ続けていたという。県庁が示した受け入れ枠はわずか100人分ほど。ある女性は職員に問いかけた。「なぜ私はここから移らなければならないのですか」。答えは、返ってこなかった。
この光景だけを見れば、単なる一都市の福祉行政の失敗に見える。だが同じ週、フランスの報道を横断的に見渡すと、奇妙な既視感を覚える出来事が並んでいた。ニースでは、2024年に一家7人が焼死した放火事件で、拘置所の房から犯行を遠隔指揮したとみられる26歳の男が予審判事に送致された一方、実行犯とみられる人物と依頼者とみられる人物は国外にいながら、フランスとアルジェリア、フランスとギニアビサウの間に身柄引き渡しの協定がないという理由だけで、国際逮捕状の対象でありながら手が届かない。ヨルダン川西岸では、パレスチナ人の住宅がイスラエル人入植者に包囲され、駐イスラエル米大使という、入植政策そのものを支持してきた立場の人物が「テロ行為」と非難する事態になった。マリでは、スパイ容疑で禁錮20年の判決を受けたフランス人が軍事政権トップの恩赦で釈放されたが、条件は「即時国外退去」。そしてイランでは、フランスを含む約30カ国が死刑執行の停止を求める声明を出したにもかかわらず、弾圧は7カ月経っても続いている。
これらはニュースの分野としてはまったく別の出来事だ。国内の治安事件、中東の占領地紛争、サヘル地域の外交交渉、イランの人権問題、パリの住宅政策。しかし並べてみると、共通する一つの構造が浮かび上がってくる。それは、「秩序」「主権」「外交」という言葉が使われる場面では、個人の権利を守るはずの仕組みが、驚くほど簡単に機能を止めてしまうということだ。ニースの事件では、国家間に二国間協定さえなければ、確定した容疑者であっても正義の手が届かない。西岸では、入植者の行動を止められるのは軍でも国際社会でもなく、最大の同盟国からの「要請」だった。マリの拘束者は、外交上の取り引きの材料として釈放され、恩赦の実現に協力した国名さえ公表されない。イランに対する30カ国の非難声明は、道義的な圧力にはなっても、処刑を止める力は持たない。そしてパリでは、住まいを持たない家族を守るはずの行政サービスの前で、その行政自身が警察力を使って家族を排除した。
ここで見過ごされがちなのは、こうした「壁」の多くが、誰かの悪意によって作られたわけではないということだ。二国間の身柄引き渡し協定は存在しないから機能しないのであり、国際的な人権声明は主権国家の司法実務を直接是正する権限を持たないから効かないのであり、パリ県庁は冬季の追加宿泊施設1,200床を継続しないと決めた結果として、代替の受け入れ枠が足りなくなっただけかもしれない。むしろ問題は、こうした制度的な空白や優先順位の変更が起きたとき、それを「誰が、どう止めるのか」という仕組みがどこにも用意されていないことにある。パリの現場で、CGTの組合員が「国家は犯罪的な政策を実行している」と断じたのは、まさにこの空白への異議だった。県庁職員が「ここでは話し合いは行わない」と会話を打ち切ったことも、同じ空白を象徴している。
フランス社会の際立った特徴は、この空白を黙って受け入れないことだ。支援団体のUtopia 56や労働組合のCGTは、行政の担当者の目の前で、公然と国家の責任を問う。記者や政治家、活動家がキャンプの前に集まり、退去の過程そのものが記録され報道される。ニースの事件でも、検察官が経過を公表し、司法手続きの節目ごとに市民に説明がなされる。国家の決定は、常に誰かに見られ、名指しで批判される対象になる。これは、治安維持や秩序回復という国家の役割そのものを否定しているわけではない。むしろ、その役割を担う国家に対して、常に説明責任を要求し続けるという文化的な態度の表れだと見ることができる。
日本の読者にとって、この落差はどう見えるだろうか。日本では一般に、治安を維持する制度への信頼は比較的高いと言われる。警察や行政が現場で強制排除を行う場面が公然と報道され、当事者と行政の担当者が路上で直接言葉を交わす映像が広く流れる、というパリの光景そのものが、日常の風景としては馴染みが薄いかもしれない。その一方で、住居を失った人や、外国人として身柄の扱いに宙ぶらりんの状態に置かれた人の権利がどれほど可視化されているかは、フランスの事例と並べて考える価値がある論点だろう。声を上げる主体と、声を受け止める公共の場が、どちらの社会にどのように存在しているのか——それ自体が一つの比較対象になる。
アメリカの視点を挟むと、この構図はさらに複雑になる。駐イスラエル米大使が入植政策の支持者でありながら、特定の入植者の行動を「テロ行為」と呼んだという事実は、治安・主権・外交という三つの言葉が、同じ国の中でも矛盾しながら使われることを示している。連邦・州・自治体に権限が分散する仕組みは、地域や立場によって「誰の安全を守るか」の答えが変わりうる構造を内包していると考えられる。
これらの出来事が今後どう転がるかは、まだ見えない部分が多い。ニースの事件は、捜査当局によれば「今後数か月以内に」捜査が終了する可能性があるとされるが、逃亡中の2人には国際逮捕状が出されたままだ。パリでは、退去させられた家族の多くが、次にどこへ向かうのか分からないまま散っていった。イランへの非難声明は、これまでのところ処刑数の減少という結果には結びついていない。共通して言えるのは、安全や秩序を理由にした強い措置が、それを検証し、必要なら止める独立した仕組みと結びついているかどうかが、社会がその措置をどれだけ受け入れられるかを左右するという点だろう。
治安を守るための制度が、最も弱い立場にある人の権利を傷つけたとき、それを止めるのは誰なのか。国家自身なのか、国際社会なのか、それとも路上で声を上げる市民なのか。あなたの社会では、その答えを持っている人は誰だろうか。