
17分間の人生と、テニスコートで交わされた不安——国境は誰のためにあるのか
2026/8/28
「飛行機を降りたとき、みんなにこう言いました。『生まれたばかりだ。私の人生は始まったばかりで、まだ17分しかたっていない。30歳ではなく、17分なんだ』と」。8月26日、パリのロワシー=シャルル・ド・ゴール空港に降り立ったガザ地区出身のウィサームさんは、出迎えの音楽に包まれながらそう語った。ガザから避難した44人のうちの一人だ。詩人のアラー・アル=カトラウィさんは、空爆で4人の子どもを失った経験を持つ。「毎日が地獄です。今この瞬間にも、瓦礫の下には犠牲者が残されている」と話しながら、それでも「不可能だと思っていた」フランスへの到着を涙とともに喜んでいた。
数カ月にわたる不確かな待機の末に、44人はようやく国境を越えることを許された。その先には列車があり、新しい滞在先があり、そしていつか故郷に戻れるかもしれないという願いがある。この一つの到着だけを見れば、フランスという国家は「移動する人を守る」側に立っているように見える。
ところが同じ週、パリのローラン・ギャロス会場では、まったく違う響きの「移民」をめぐる言葉が飛び交っていた。経営者団体Medefの年次集会だ。大統領選候補7人が経済政策を語るこの場で、ヴィエンヌ県で建設会社を営むカトリーヌさんは、極右・国民連合(RN)の政策が自社で働く移民出身の従業員に何をもたらすのか分からないと訴えた。「滞在許可や国内で働く許可が更新されるのかどうか分からないということは、従業員にとっても企業そのものにとっても不安を生みます」。彼女が口にした「不安を生むのは、見通しが立たないこと」という言葉は、経営の論理から出てきたものだが、その根にあるのは、国家がある日突然、目の前で働いている人を「合法」から「非合法」へと線引きし直すかもしれないという恐れである。
ここで見過ごされがちなのは、この二つの場面が対立する物語ではなく、同じ問いの表と裏だということだ。ガザから来た44人を迎え入れたのと同じフランスで、すでに何年もこの国で働き、税を納め、企業を支えてきた移民出身の従業員たちの法的地位が、政治の風向き一つで揺らぎかねないと経営者自身が案じている。国境の「入り口」で誰を保護するかという決定と、国境の「内側」ですでに暮らしている人をどこまで社会の一員として扱い続けるかという決定は、別々の問題のようでいて、実は同じ国家観から発している。
その国家観のもう一つの姿が、隣国ドイツで露わになっていた。旧東ドイツのザクセン=アンハルト州マクデブルクでは、外国にルーツを持つドイツ人経営者らが合計150店舗を閉め、9月の州議会選挙で勝利が予想される極右政党AfDに抗議した。トルコ生まれでドイツに30年暮らすスーパーマーケット経営者サメトさんは「こんなことは珍しい」と語り、広告会社を営むディランさんは「失業、予算削減、家賃の上昇、年金の減少といった、この国で起きているすべての悪いことの責任が私たちにあるわけではない」と訴えた。ザクセン=アンハルト州難民評議会の報道官は、移民が経営する企業がすでに襲撃を受けていると明かしている。AfDが掲げる「再移民」という言葉は、すでに国民として、あるいは長年の生活者として国境の内側にいる人々を、あらためて外側へ押し出そうとする発想だ。RNをめぐるフランスの経営者の不安と、AfDをめぐるドイツの移民出身経営者の抗議は、驚くほど似た構図を描いている。極右勢力が伸長するとき、真っ先に法的地位の不安にさらされるのは、すでにその社会の一部になっている人たちなのだ。
では、なぜフランスとドイツでこれほど似た緊張が同時に表面化しているのか。ここから先は推測になるが、一つの手がかりは、両国とも移民を「労働力」としても「保護すべき人道上の存在」としても同時に必要としながら、それを一つの一貫した制度や物語として説明できずにいることだろう。ガザからの避難民を人道的に受け入れる決定と、国内で働く移民労働者の滞在許可を政治の駆け引きの材料にすることは、フランスという同じ国家機構の中で、まったく別の論理で動いている。経営者たちが「大きな不透明感」と呼ぶものの正体は、まさにこの、国家が移民に対して抱く二つの顔——迎え入れる顔と、選別し追い出す顔——が、どちらも同時に強まっているという現実そのものではないか。
日本の読者にとって、この構図はやや遠く見えるかもしれない。日本では一般に、難民認定や在留資格の制度がより限定的に運用され、移民を「すでに社会を構成している人々」として公に語る回路が弱いとされることが多い。フランスのように、国境の外から来た人道上の避難者と、国境の内側で長年働いてきた移民労働者の権利が、同じ週の同じニュースサイクルで政治的争点として並び立つという光景自体が、日本の公共の議論にはまだ十分に定着していないと言えるだろう。それは良し悪しというより、移民を受け入れてきた歴史の厚みの違いを映しているのかもしれない。
アメリカについても、国境管理がしばしば連邦政治の分極化を象徴する争点として語られることが多いとされる。今回のニュースにアメリカの国境政策そのものへの言及はないが、ネパールとチベットの国境地帯で起きた氷河崩壊による土石流の際、米国務省がネパールへの支援を発表し、国連やEUが地図作成や物資の動員で応じたことは、示唆的だ。行方不明者には127人のネパール人旅行者に加え、517人もの外国人観光客が含まれ、その中にはフランス人4人、米国人65人、インド人178人などが並ぶ。国境というものが、平時には管理と選別の線であっても、災害という非常時には、国籍を問わず「そこにいる人」を助けるための調整の線に変わりうることを、この出来事は示している。EUが域内の移動の自由を重んじながら域外の国境管理を強めているという緊張も、根っこにあるのは同じ問い——国家は「境界線」を守るのか、それとも「境界線の中にいる、あるいは境界線を越えようとする人」を守るのか——なのだろう。
この問いに、フランスもドイツも、そして日本も、まだ一貫した答えを持っていない。RNやAfDの伸長は、少なくとも当面、「境界線を守る」側の論理を強めていくとみられる。一方で、ガザからの避難民を迎え続けるという決定や、Medefの経営者たちが移民労働者を手放したくないと考えている事実は、「境界線の中の人を守る」論理が経済や人道の現場から突き上げてくることを示している。この二つの力がどちらも弱まらない限り、国家は今後も、迎え入れる顔と選別する顔を同時に見せ続けることになるだろう。
あなたの暮らす社会が、ある日突然、境界線の内側にいる誰かを「もう歓迎しない」と告げたとしたら、それは誰の責任で、誰が異議を唱えるべきなのだろうか。