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誰の一票が「普通」なのか——マルセイユの街角から見える、フランスという共同体の境界線
社会

誰の一票が「普通」なのか——マルセイユの街角から見える、フランスという共同体の境界線

1983年10月15日、マルセイユのある街角から、一つの行進が歩き出した。目的地はパリ。参加者たちは「平等と反人種差別」を掲げて歩き続け、やがて全国を巡ってパリにたどり着いた。メディアはこの行進を「Beursの行進」と呼んだ。「Beurs」とは、マグレブ系移民の子どもたちを指す当時の俗語だ。その行進から40年以上が経った今も、当時の参加者の一部は現役で活動を続けているという。RFIの報道が伝えるこの事実を知ると、ふと思う。あの行進は、いったい何に対する異議申し立てだったのだろうか。

答えの手がかりは、同じ報道の中にある。マルセイユはフランス第2の都市であり、前回の市長選挙では決選投票でRassemblement National(RN)の候補が12万票を集めた。そしてこの街には、アルジェリア戦争の記憶が深く刻まれており、1973年以降、広範な人種差別や暴力、殺人が起きたと報じられている。つまり、1983年の行進は、特定の暴力の連鎖への異議申し立てだった。そして2026年の今、フランスは再び、マグレブ系出身の有権者の投票が次期大統領選の鍵になるかもしれない、という議論の只中にいる。

ボルドー政治学院の政治社会学教授ヴィンセント・ティベールジ氏(Centre Émile Durkheimの研究者でもある)は、著書『La droitisation française, mythes et réalités』の中で、この投票をめぐる三つの問いを立てている。それは他の有権者の投票と同質なものなのか。特定の政治的争点に紐づく「特別な」投票として扱われるべきなのか。そして、現実に「反マグレブ票」というものが存在するのか。これらの問いに明確な答えは出ていない、とRFIは報じている。

ここで立ち止まって考えたいのは、この「不明確さ」そのものが持つ意味だ。ある集団の投票行動が「特別な争点」として語られるとき、その集団はすでに「普通の市民」の外側に置かれていないだろうか。右派も左派も、時にこの投票を「ムスリム票」と単純化して利用する、とRFIは指摘する。だとすれば、マグレブ系の人々は、政策について考える有権者である前に、まず「マグレブ系」として分類される存在になってしまう。1983年の行進が訴えたのは、まさにこの「分類される前に、同じ市民として見てほしい」という願いだったのではないか——これは記事の事実から読み取れる、一つの解釈にすぎないが。

フランスという共同体の境界線は、移民の背景を持つ人々の個人史にも静かに刻まれている。たとえば俳優パトリック・ミルの父親は、アルジェリア戦争への徴兵を望まず、1960年代にポルトガルへ移住した人物だ。ミル自身はポルトガルの風景の中で幼少期を過ごし、その後サラザール独裁体制に耐えられなくなった一家とともにパリへ戻っている。彼は今、フランス映画で「悪役」を演じることに喜びを見出す俳優として知られているが、その背景には、フランス国家が国民に何を求めるかという問いから逃れた家族の軌跡がある。また、ロシアの映画監督アンドレイ・ズビャギンツェフは、2022年のウクライナ侵攻を受けてフランスへ移住した。「自分の国がしたことと、いかなる形でも結び付けられたくない」という彼の言葉は、国籍と国家への帰属が必ずしも一致しないことを静かに示している。共同体への帰属は、血統や国籍だけで決まるものではなく、本人がどこに「居場所」を感じるかという選択の積み重ねでもある——これもまた、報道された個々の事実から導かれる見立てだ。

こうした緊張は、フランス特有のものではない、と言われることが多い。日本でも、標準語や国民史を軸に据えてきた教育や制度の中で、アイヌや琉球、あるいは在日外国人の記憶がどのように位置づけられるのかは、繰り返し問われてきた論点だとされる。アメリカでは多文化主義が制度の言葉として根付いている一方で、歴史教育や記念碑のあり方をめぐる対立が各地で表面化しやすいとも言われる。いずれの社会でも、「私たちの文化」「私たちの歴史」という言葉を使うたびに、誰かがその「私たち」の外側に置かれる可能性がある、という構造は共通しているのかもしれない。ただし、これは一般的な傾向として語られることであり、フランスの事例のような具体的な数値や制度の詳細までを、日米について断定することはできない。

フランスが他の社会と異なるのは、共和国の理念そのものが「普遍主義」を掲げている点だ。出自や宗教に関わらずすべての市民を平等な個人として扱う、という建前は、一見すると排除を防ぐ装置のように見える。しかし皮肉なことに、この普遍主義は「特定の集団の投票」を語ること自体を居心地の悪いものにしてしまう。マグレブ系の投票行動を分析すること自体が、「本来は存在しないはずの区分」を可視化する行為になりかねないからだ。ティベールジ氏の研究が、この投票を「争点」なのか「幻想」なのかという問いの形で提示しているのは、まさにこの居心地の悪さの表れだろう。

この先、フランスの政治はどう動くのか。マルセイユという、アルジェリア戦争の記憶とRNの一定の支持基盤が同居する都市は、今後の大統領選でも注目され続けるはずだ。1983年の行進の参加者たちが今も活動を続けているという事実は、40年前の問いが過去のものになっていないことを物語っている。投票が「普通」のものとして扱われる日は来るのか、それとも「特別な争点」であり続けるのか——その答えは、誰が「フランス人」を定義する権利を持つのか、という問いと表裏一体のまま、しばらく宙づりになりそうだ。

最後に、読者への問いを残しておきたい。あなたが「私たちの文化」「私たちの歴史」と口にするとき、その「私たち」から、無意識のうちに誰かを外してはいないだろうか。マルセイユの街角から40年前に始まった歩みは、今もどこかで続いているのかもしれない。

出典

  • franceinfo (titres):PORTRAIT. "J'éprouve beaucoup de jubilation à jouer les méchants" : à l'écran comme sur les planches, Patrick Mille a la boulimie du jeu (2026/10/11)
  • franceinfo (titres):"Amadeus" revient au théâtre Marigny : dans la tête de Salieri, "l'assassin" de Mozart (2026/10/10)
  • franceinfo (titres):"Minotaure" : à travers l'histoire d'un couple en crise, Andreï Zviaguintsev scrute la Russie de Poutine, et plus largement un monde perdu livré aux monstres (2026/10/10)
  • RFI France:Carrefour du Maghreb - Le vote maghrébin, enjeu ou fantasme de la prochain présidentielle en France? (2026/10/10)
  • franceinfo (titres):"Ni vue, ni connue", "Ton animal maternel", "Butterfly Jam" ...Quels sont les films à voir (ou pas) cette semaine au cinéma ? (2026/10/10)

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