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警察を調べるのは誰か――重傷の写真家と「破壊者警官」の噂が突きつける、証拠という物差し
社会

警察を調べるのは誰か――重傷の写真家と「破壊者警官」の噂が突きつける、証拠という物差し

25歳の写真家アハメド・Bは、10月17日のパリのデモで大腿動脈を負傷した。告訴状によれば、彼はデモ参加者の手で救急車まで運ばれ、3時間を超える緊急手術を受けて「間一髪で命を救われた」。報道の時点でも集中治療を受けており、脚の機能が保たれるかどうかは分かっていない。弁護士のアリエ・アリミは、傷の原因は警察の「投擲弾の発射」だと主張している。さらに「警察は助けず、歩道で血を流したままにした」とも述べた。

ここで押さえておきたいのは、これが現時点では弁護士の主張だということだ。誰が、どの状況で撃ったのか。それを確かめる手続きが、いままさに動き始めている。

「警察を監視する警察」と、予審判事という二つ目の目

パリ検察局は10月24日、この件についてIGPN(国家警察監察総監部)に委ねる捜査を開始したと発表した。容疑は「公道でのデモ中、公権力を担う者による暴行が行われ、身体の切断または恒久的な障害を伴った」というものだ。franceinfoはIGPNを「警察を監視する警察」と呼んでいる。

注目したいのは、検察の捜査と並行して、弁護士が予審判事の筆頭判事に対し、民事当事者としての参加を伴う告訴も行っている点だ。検察局はこの並行を、「証拠が失われるのを防ぐ」ためだと説明した。警察の行為が疑われる事案では、証拠の保全そのものが最初の争点になる。検察局の説明はそう読める。

ラ・ローラン・ニュネス内相(記事の表記ではニュニェスとも)は前日の金曜日、10月17日と18日の事案でIGPNの捜査がすでに8件始まっていると述べている。ところが同じ24日、内相はヴァンセンヌで警察官らに向けて、「皆さんが法令の枠内で行動していることを知っているし、皆さんの行動はすべて比例原則に沿っていると分かっている」と語った。

ここからは私の解釈だ。士気を支える言葉として、内相がこう語るのは理解できる。ただ、同じ週に8件の捜査が開かれているのに、すべての行動が比例原則に沿っていると「分かっている」と述べるなら、その確信はどこから来るのか。比例原則に沿っていたかどうかを最終的に判断するのは、内相でも現場の指揮官でもなく、手続きと証拠のはずだ。内相の発言が誤りだと言いたいのではない。ただ、この発言が捜査の結果とは別の層で発せられていることは、読者も意識しておいてよい。

同じ物差しは、放火事件にも当てはまる

公権力を疑う話だけをしていると、記事は偏る。同じ10月17日の動員に関連して、リモージュでは市庁舎で火災が起きた。検察局は24日、逮捕された男性2人が予審判事による正式な捜査対象となり、未決勾留されたと発表した。34歳の男性は「すでにSファイルに登録されている極左活動家」とされ、66歳の男性は木曜早朝にクルーズ県で身柄を拘束された。容疑には「公権力を担う者に対する殺人未遂」や「人に危険を及ぼす手段による、組織的な他人の財物の損壊」が含まれる。

ルコルニュ首相は現地で、市庁舎を「元どおりに」再建し、地元の納税者に「1ユーロたりとも」負担させないと約束した。

写真家の負傷と市庁舎の放火。一方は警察が疑われる側、もう一方は抗議の周辺で暴力を振るった側だ。そして両方とも、司法の捜査という同じ回路に乗っている。私はここに、この国の統治の基本的な考え方を見る。秩序を守る側の行為も、秩序を乱した疑いのある側の行為も、まず独立した手続きにかけて評価する。もちろん、その手続きが実際にどれだけ独立し、公正に機能するかは別問題で、結果を見るまで評価はできない。

250万回再生された動画は、何を証明したのか

検証の問題は、司法の外でも起きている。デモの周辺では、私服警官が「破壊者」を装って器物損壊や投石をしているという疑惑がSNSで広がった。franceinfoは複数の動画を専門家に尋ねて検証している。

たとえば、パリで目出し帽の男2人がごみ箱に火をつける動画は、Xで250万回以上再生された。投稿者は「警察官だ」と説明したが、記事によれば裏付けはない。パリ検察局は、この件について告訴や通報を把握しておらず、捜査も始めていないと答えている。社会学者のセバスティアン・ロシェ(CNRS研究ディレクター)は、こうした映像は常に解釈の余地があり、「動画だけでは事実関係を文脈の中で理解できない」と語る。

しかし、噂がすべて空想だったわけでもない。メスで撮影された動画では、顔を覆った黒ずくめの4人のうち1人が、脇道で地面に向けて物を投げていた。メス検察局の検事は、この人物たちが「私服警官」で、制服警官の指示のもとで治安維持活動として動いていたと確認した。ランスの高校生のデモでも、目出し帽の男が物を投げる映像が撮影され、県庁は彼をBAC(犯罪対策部隊)の私服警官だと説明した。県庁の説明では、男は催涙手りゅう弾を投げていた。

記事が紹介する内務省の国家計画によれば、逮捕などの治安維持任務にあたる私服警官は、警察の腕章と識別番号RIOを着用する義務がある。治安維持にあたる警察官が目出し帽をかぶることも禁じられている。メスの検事は、この件で「問題を確認していない」としつつ、腕章を着けていないことは「疑問を生じさせうる」と認め、関係職員への指示が改めて伝えられたという。

整理するとこうなる。「警察官が意図的に暴力をあおった」と証明できる動画は、記事の検証では見つかっていない。一方で、「私服の警察官が投擲を行った」ことは確認された。法的な枠内だと検事が判断した場面でも、識別表示の欠如は疑念の種になっていた。事実の層が違うのだ。franceinfoによれば、内務省はこの記事の問い合わせに回答しなかった。

疑惑にも噂にも、同じ検証の基準を

ここで冒頭のテーマに戻ろう。写真家の負傷は、「警察への疑惑」を司法が検証する例だ。「破壊者警官」の動画は、「警察をめぐる噂」を報道と専門家が検証する例だ。二つは性質が違うように見えて、求められる基準は同じだと私は考える。誰が、いつ、どこで、何をしたのか。それを裏付ける証拠は何か。

この基準は、警察を疑う側にも、警察を擁護する側にも等しく課される。記事に出てくる専門家は、警察への不信が強いほど根拠の不確かな告発が広まりやすい、という趣旨の指摘をしている。この指摘は、噂を広める側への戒めであると同時に、警察側への注文でもあると読める。腕章を着けない、説明をしない、問い合わせに答えない。そうした振る舞いが続けば、疑念は自然に育つからだ。

「デモ全体」ではなく「暴力を振るう人」を見るという発想

ドイツの警察活動を紹介した記事も、この問いに別の角度から光を当てている。ベルリン自由大学の社会学者シモン・トイネは、ドイツには「非常に平和的なデモ文化」があり、衝突は例外的で、街頭設備の破壊や投擲はすぐに非難されると述べた。同時に、フランスの警察戦略を「強硬さを基礎とした対応」と評し、手や目を失った若者の映像によって、警察が敵対的な存在に映ると指摘している。ただしこれはトイネ個人の見立てであって、検証済みの事実ではない。

ドイツ刑事警察の専門職団体の代表ディルク・ペーグローは、対話と緊張緩和を重視すると説明する。暴力を振るう人々を拘束する特別訓練の部隊も配置するが、デモ全体ではなく、行進の周辺で実際に暴力を振るう人々を対象にすることが不可欠だという。平和的に集会を開く権利は憲法で強く保障されているとも述べた。

私が興味深いと思うのは、この発想が「誰が検証するか」という問いとつながっていることだ。デモ全体を一つの危険として扱えば、個々の行為が埋もれ、検証もしにくい。暴力を振るう個人に狙いを絞る考え方は、行為と責任を結びつけやすい。ただしこれは、一般的な優劣の議論ではない。ドイツの警察が実際にどう運用されているかを、今回の記事だけで断定することはできない。

裁判所と欧州評議会という、さらに外側の目

24日のデモの前には、行政裁判所も検証者として動いていた。マルセイユの行政裁判所は、ブーシュ=デュ=ローヌ県の人口1万人超の自治体でのデモを一律に禁じた県庁命令を一部停止した。リモージュでも、10人を超える集会を禁じる命令と、特定の通りの夜間外出禁止令を停止した。一方で、パリのデモの新ルートに対する申し立ては退けられ、他の都市についてはデモ禁止が一部正当と認められている。つまり裁判所は、当局の判断を一律に退けたのでも、一律に追認したのでもない。

欧州評議会の人権委員マイケル・オフラハティも、平和的に集会する権利を守り、警察の対応が人権を尊重するよう確保することを、各国に呼びかけた。警察の行為を誰が検証するかという問いに、一つの答えはない。検察、予審判事、行政裁判所、国際機関、報道、そして市民の記録が、それぞれの層で重なり合って機能する。これが記事から読み取れる構図だ。

日本の読者として考えること

日本でも、警察の説明をどう検証するかは、同じ問いとして成り立つだろう。ただし今回の素材には日本の制度や事例に関する材料がないので、ここで具体的な比較は避ける。比べるなら、「疑いが生じたとき、誰が、どの証拠で、どの順序で確かめるのか」という問いの形で見るのがよいと思う。米国についても、今回の記事に具体例がなく、制度の優劣は論じない。

これからの焦点

今後を、あくまで推測として書く。第一に、IGPNと予審判事の捜査が、写真家の負傷の経緯をどこまで明らかにするか。第二に、腕章や識別番号をめぐる運用が、実際に改められるか。第三に、リモージュの捜査と合わせ、司法が抗議の周辺で起きた暴力を一つの基準で扱っていると、社会から見られるかどうか。この三つが、警察への信頼と、抗議に参加する人々の権利の双方を左右する。

逆に、結果が見えないまま時間が過ぎれば、動画の再生回数が事実の代わりになる状況が続きかねない。記事によれば、疑惑が広がる土壌には、警察への不信がある。


あなたは、警察に向けられた疑惑と、警察をめぐる噂とを、同じ証拠の基準で見られているだろうか。信じたい話ほど、一度立ち止まる価値があるのかもしれない。

出典

  • franceinfo (titres):Une enquête de l'IGPN ouverte concernant un photographe blessé à Paris par une grenade policière lors d'une manifestation du 17 octobre (2026/10/24)
  • franceinfo (titres):Incendie de la mairie de Limoges : les deux suspects mis en examen et placés en détention provisoire (2026/10/24)
  • franceinfo (titres):"Une culture de la manifestation fortement pacifiée" : en Allemagne, la police mise sur la communication et la désescalade (2026/10/24)
  • franceinfo (titres):VRAI OU FAUX. Existe-t-il vraiment des "policiers casseurs", en civil et infiltrés dans les manifestations, qui commettent des dégradations ? (2026/10/24)
  • franceinfo (titres):DIRECT. Manifestations du 24 octobre : "Je sais que tout ce que vous faites est proportionné", lance le ministre de l'Intérieur Laurent Nuñez à ses troupes, avant la mobilisation (2026/10/24)

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