Photo: © Philippe Quaisse / UniFrance

ハッピー・バースデー 家族のいる時間

どんな家族でも、やっぱり恋しい。
個性豊かな家族が繰り広げる、愛おしくもほろ苦い人間ドラマ。
大女優カトリーヌ・ドヌーヴ×俳優&監督セドリック・カーン。
フランスを代表する豪華キャストが勢ぞろい

STORY
70歳になったアンドレアは、夫のジャン、孫のエマとフランス南西部の邸宅で優雅に暮らしている。
そこへ、母の誕生日を祝うため、しっかり者の長男ヴァンサンと妻マリー、二人の息子、
そして映画監督志望の次男ロマンが恋人ロジータを連れてやってくる。
家族が揃い、楽しい宴が始まったそのとき、3年前に姿を消した長女クレールが帰ってくる。
アンドレアは娘をあたたかく迎え入れるが、他の家族は突然のことに戸惑いを隠せない。
案の定、情緒不安定なクレールは家族が抱える秘密や問題をさらけ出し、大きな火種をつくりだす。
やがてそれぞれの思いがすれ違い、混乱の一夜が幕を開ける――。

監督:セドリック・カーン 
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベルコ、ヴァンサン・マケーニュ、セドリック・カーン
2019年|フランス|101分|5.1ch|ビスタ|カラー 原題:Fête de famille 英題:HAPPY BIRTHDAY
提供:東京テアトル/東北新社 配給:彩プロ/東京テアトル/STAR CHANNEL MOVIES
©Les Films du Worso 公式サイト:happy-birthday-movie.com

1月8日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

■どうして監督が長男のヴァンサン役をやったのでしょうか?

自分が演じるとしたらヴァンサンの役しかなかったんです。
家族の中で一人だけ外に居るような立場なんです
全てをオーガナイズして俯瞰しているような人物で、
監督としての役割とよく似ている部分がありました。
監督と俳優を同時にやるとしたらヴァンサンの役が最適でした。

彼は意地悪な人では無いのです。
損な役回りに居るのです。
お金がない家族の中で一人だけ稼いでいるし、
家族の中で一番責任を取らなければならないのです。
一番難しい立場にいます。

自分の家族の中では私は責任のない次男の立場なので、
ヴァンサンに関しては優しいまなざしを向けています。

■ロマン(次男)は映画監督なのですが、監督は自分を投影されているのでしょうか?

ええ。もちろん。
ロマン役は実際の自分に近いかもしれません。
自分と重なる部分があります。
でも、映画の登場人物として皮肉なまなざしを込めて、彼を扱っています。

彼は映画作家なのですが、ちょっと気取ったところが有って、
家族の中ではそんなに尊敬されていないのです。

■ロマンが家族から言われたように
「本当の映画」を撮っているのか?
のようなことを言われたことはあるのですか?

私は「本当の映画」を撮っているので、さすがにあの質問は出てこないのですが、私の家族は私の映画を馬鹿にしたりします。
家族というのは難しい観客です。

私も早く成功した方ですが、なかなか家族からのリスペクトを得られないのです。

■作中に小津監督の名前が出ていますが、オマージュがあるのですか?

いえ、全ての小津監督の映画を見ているわけではないのですが、
これはオマージュというわけではなくて、
ユーモアでこんな出し方をしています。

ロマンというのは、映画作家なのですが、
外国映画である日本映画をリファレンスとして出して、
気取っていてインテリっぽく振る舞っています。

でも実際の所はちょっとしたルポルタージュしか撮ったことがないという、
そういうユーモラスな状況を作っています。

■フランスにおける日本映画は、ちょっと芸術的なフランス映画っぽいイメージがあるんですか?

そう、おんなじですね。
日本の若い映画作家が、ちょっと気取ってフランス映画を語る。
そういうニュアンスです。
スノッブな感じです。

ロマンはスノッブなところが有るのですが、
あの家族はみんなスノッブなところが有るんです。

■親の世代はお金があったけれど、今はお金がなくなってしまったという家族なんでしょうか?

そうなんです。
前の世代、つまり、お母さんの世代がブルジョアだったということを示しているんです。
子孫達が、アーティストでお金を稼いでいなかったりして、
子ども達が昔の遺産を食い潰しているという設定です。

ですから、立派な家などは表面的でしかない。
その表面の裏側では、全てがもろくなってしまっているのです。
全員がお金を必要としているので、家族が集まってもお金の話をしているのです。

■ショパンの幻想即興曲を所々に使われていますが、この意味は?

曲調から選んだんです。
ライトな曲調とメランコリーな曲調であるというところから選んだんです。
ライトであるというのが偽物の軽さということなんです。
本当に軽いわけでは無いという感じです。

■最後に大げんかするシーンで、
長女が精神的におかしくなっていると分かるのですが、
ココに焦点を当てたのはなぜでしょうか?

家族が、特にお母さんが自分の娘が病気であるということを認める、
受け入れるということが大事なんです。

お母さんが家族を守るという意志で、普通であるかのようなフリをしているのですが、
とうとう娘はケアが必要なんだと認めたということです。

ポジティブなメッセージでは、家族がお誕生日に再会することで、
子ども達が家族を維持しているということです。

■最後のビデオのシーンは、いつのシーンなのでしょうか?

あのシーンは、パリでのシーンです。
ちょっとトリッキーなのが、
最後の食事のシーンではお姉さんが気がおかしくなって
マットレスと窓から投げてしまったと、言っていましたが、
あのシーンを見ると映画を撮るためにやっているように見えるのです。
どっちの話が本当なんだろうっていうことですね。